第107話 クラリスの目的

 リンキッド辺境伯領、オーキッド。


 国境にほど近いこの地域で一番大きな都市だ。

 城郭都市で、その守りは堅牢。


 戦争の際には前線として活躍し、多くの血が流れてきた都市でもある。


 しかし、ここ最近この辺りは戦争が起こっていない。

 その結果、この辺りには多くの“荒くれ者”が集まってきていた。


 罪を犯した冒険者、稼ぎを求めてやってきた山賊や盗賊、裏社会の住人達。


 それは、この地域の特色がそうさせていた。


 まず、ここの領主であるリンキッド辺境伯は非常に柔軟な男だということ。

 善悪の区別があまりなく、金に目のくらんだ男。


 ワイロという形で、この都市での犯罪はある程度は見逃されてきた。


 次に、立地。

 少し行ったところには港町、南にはコーザ皇国。頻繁に他国から逃れてきた悪党が入り込んできていた。さらに、王都との道の間には巨大な渓谷が立ちはだかる。オーキッドから次の大きな都市までは馬車でも四日かかる。逃げ込むには最適な場所だった。


 そんなわけで、この都市には非常に悪党が多い。


 派遣されてくる騎士も、最初は熱心に仕事をするが、すぐに洗礼を受けこの都市に染まる。


 既に国から見放された悪辣都市オーキッド。


「わかったか、兄ちゃん。死にたくなかったら帰んな」


 髭面の老人は、酒場で失った右足を撫でながら俺達にそう言葉を締めくくる。


「つまり、クズ共の巣窟ということね」


 クラリスは呆れて深くため息をつく。


「かっかっか! 威勢がいいガキだ。見た所学生か? 悪いことは言わねえ、この都市では見て見ぬ振りをするんだな」

「爺さん、話はそれだけか?」

「おうよ。こんな酒一杯じゃこんなもんだ」

「そうか、邪魔したな」


 俺とクラリスは古びた酒場を出る。


 この都市から情報が王都に伝わることは滅多にない。

 確実にこの都市にはヴェールの森について情報が転がっている。


 そう結論付けて、俺達はこのオーキッドへとやってきた。


 とりあえず酒場を巡り、情報を集める。

 しかし今のところまともな話をしてくれたのはさっきの爺さんくらいのものだった。


「嫌になっちゃうわ、まったく。汚いし暗いし、どうなっているのよこの都市は」


 クラリスはまた溜息をつきながらそう愚痴を零す。


「仕方ない。受けた依頼だ、まっとうにこなすしかないだろう」

「ヴァ、ヴァン様……! すみません、愚痴って……」


 クラリスは気恥ずかしそうにそう身体をくねらせる。


「好きにしろ」

「……あ、そうだお昼食べませんか? まだ食べてないですよね」

「そうだな。アリスは別行動だし、俺達だけで食べるとしよう」

「はい!」


 俺たちはメインストリートへと出る。

 比較的まだ平和な地区だ。


 そこで適当な飯屋を見つけ。


 客層を見るだけでも、目つきの悪い奴が多い。

 中には普通の冒険者や旅人なんかもいるが、王都の賑わいと比べるとどこか下卑たものを感じる。


 クラリスの尻や胸に男達の視線が集まり、下品な笑い声が聞こえる。


 俺は角の席をみつけ、クラリスを壁際に座らせる。

 多少は壁になるはずだ。


「本当下品な都市ですね。辟易します」

「そうだな。さっさと調査を終わらせたいところだ」

「ですね。何食べますか?」

「そうだな……」


 俺は適当にメニューを眺め、肉系の料理を注文する。


「私もそれで」


 クラリスも俺にならって同じものを。

 そう言うのもあせたいという感じなんだろうか。


 俺が言うのもなんだが、クラリスは何かおかしい。


 それは、ファン過ぎて行動が奇妙とかそういうものではない。むしろ逆だ。


 王都で俺が冒険者の休業を申し出た日、クラリスはファンですとテンパりながら挨拶してきた。


 学院では、俺がヴァンの弟子だというと羨ましくしょうがないと言った様子で悶えていた。


 ――だが、この依頼で再会してからというもの、その狂信的な姿勢はあまり見られていない。


 だが、その羨望の眼差しは感じるし、言葉の端々にそういう空気を感じることはある。だが、大人しすぎる。


 何か遠慮しているのか、あるいは何かを探っているのか……。


 俺はなんとなく、ローマンの奴のせいじゃないかと踏んでいる。

 この依頼に来たのも俺を縛り付けるための役割だった。なら、クラリスにローマンが何かを吹き込んでいる可能性は十分にある。


 などと考えていると料理が運ばれてくる。


 薄く切られた肉。野菜が少々。


 俺はそれをフォークに刺すと、口へと運ぶ。


 ――が、その時。鋭い視線を正面から感じる。


「……なんだ」

「あっ、いえ……! その……」

 

 クラリスがじっと俺の食べる様を見つめていたのだ。

 なんだいったい……。


「何か気になるか?」

「あの……!」


 意を決したようにクラリスは言う。


「その仮面は……食べる時も付けているんですか?」

「…………あぁ」

「外したりは……」

「しないな」

「そ、そうですか……」


 クラリスはがっかりした様子で項垂れる。


 ……なんだ、もしかしてこいつ、俺の素顔をしろうとしている……?

 なんだ、何が狙いだ?


 もしかして……そういえば学院で俺が弟子だと名乗り出たとき、仮面の下はイケメンだとか言っていたな。それが見たかったのか? やれやれ、面倒なところで女をだしてくるなこいつ。


「仮面を取ることは無い。必要ないからな」

「そうですか、出過ぎたことを言ってすみません」

「気にするな、同じ依頼を受ける仲間だ」

「ヴァン様はソロのイメージでしたけど、今回はパーティになったのは何か理由があるんですか?」

「ローマンの野郎のせいだ。君もそんなところだろ?」


 すると、クラリスはぶんぶんと首を振る。


「私は……ヴァン様がもっと知りたくて」

「何?」

「もちろん国を助けたい気持ちはあります! それが冒険者になった理由でもあるので。ただ……ちょっと確かめたい事実があって……」


 そういってクラリスはちらりと俺を見る。


「……そうか、知れるといいな」

「はい!」

「食べよう、冷めるぞ」


 そうして俺たちはもくもくと昼食を食べるのだった。

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