第100話 手紙
「みんなも知っていると思うけど」
教壇に立つ担任の黒髪女性――エリス・ノースバーンは、俺達を見回しながらそう切り出す。
「今週末から長期休暇よ。実家に帰ったり、用事を済ませたり、いろいろ自由にするといいわ」
年に二回ほどあるうちの一つ。
例年、ほとんどの生徒が寮から離れ、貴族は自分の領地へ、平民は地元へ帰ると言う訳だ。
このクラスも、ざわざわと陽気な空気が広がる。
なんやかんや年中色んな問題やらで騒がしいこの学院が、唯一静かになる時期だ。――とは、アーサーやニーナの言葉だ。俺はついさっきまでこの休暇の存在を知らなかった。
「と言う訳で、各自寮を出る人は申請を忘れないでね。それと、各授業から課題が出てることもあるから、忘れない様にね」
そうして休暇の説明は終わり、エリスはそのまま教室を後にする。
「くぅ~長期休暇来たなあ!」
隣の席でアーサーがグッと伸びをしながら言う。
「そうだね。まとまった休みは本当久しぶりだね」
「ニーナちゃんは実家に?」
「うん。毎年戻ってこいって言われてるからね。本当はかなり億劫だったけど……歓迎祭で悪くはない結果が残せたし、少しは気が楽かな」
「はは、そうだろうな。ニーナの強さは絶対伝わってるよ」
「うん!」
ニーナは嬉しそうに笑う。
最初の頃の親に対する複雑な感情は、大分緩和したようだ。
「アーサーも帰るのか?」
「おう、俺の武勇伝を実家にも教えてやらねえとな!」
「何か武勇伝なんてあったか?」
「そりゃあ……キマイラを倒したり、皇女様を助けたり、歓迎祭優勝したり――」
「それはノア君でしょ!」
「あっれー……そうだっけ?」
アーサーはヘラヘラと笑いペロッと舌を出す。
「お前が舌出しても可愛くねえぞ」
「う、うるせえ! ――で、ノアはどうすんだ?」
「俺? 俺は――」
「もちろん、僕の家に来るよね!」
と、突然ひょっこりと机の影から現れたのは。
「リオ・ファダラス!?」
ツインテールの僕っ子、リオ・ファダラスだ。
「あぁ? 誰に向かって話しかけてるのかな? 僕はノアに話してるんだけど」
「す、すみません……」
リオは俺に駆け寄るとニコニコと笑みを浮かべ腕に抱き着いてくる。
「またお前か……はあ」
「ちょ、なに抱き着いて……!」
ニーナはその光景にアワアワと目を見開く。
「何か知らんが、最近……というか歓迎祭終わりからこうなんだよ。何とかしてくれ」
「な、なんで……」
「僕強い人、好き」
「別にそんなつもりなかったんだけどなあ」
「ねえ、僕の家来るでしょ?」
「行かねえよ」
「ええええ」
リオはがっくりとした表情でウルウルとこちらを見つめてくる。
これがあの不遜なリオ・ファダラスとは……。ギャップありすぎだろ。
「行く意味ねえだろ。……いいから、授業始まるぞ? 早くクラス戻れよ」
「えー。僕にあの授業はまったくレベルあってないからつまらないしー」
「いいから、そんなんじゃいつまでも俺に勝てねえぞ」
「そのうち勝つし!」
「はいはい。じゃあちゃんと授業受けて学んで来いよ」
「ちぇーわかったよ。またね、ノア」
そう言って嵐のようにリオは帰っていく。
俺はその背中を眺め、深くため息をつく。
「……凄い光景だったな……」
アーサーは苦笑いを浮かべながら言う。
「変わってくれるかアーサー」
「お、俺にはさすがに相手しきれないぜ……下手したら顔潰されちまう」
「女好きだろお前」
「お子様はNG」
と、どこか誇らしげにアーサーは胸を張る。
同年代だろうが……。
「――で、結局ノアは休みどうするんだ?」
「そうだ、気になる!」
「んー、とくには決めてねえけど」
「じゃあさ、休みの後半出かけねえか!? 実家に顔だせばその後暇だしよ、せっかくの休みどっかで楽しもうぜ」
「なるほどな、ニーナは?」
「私も平気だよ!」
「クラリスは――」
と、クラリスがさっきまで座って居た方の席を見ると、いつの間にかいなくなっていた。
「あれ、クラリスは?」
「そういやどうしたんだろ」
ついこの間まではクラリスから死ぬほど視線を感じていたんだが、最近は逆に前以上に視線を感じない。どこか張り詰めているというか、何か気を張っている様子だ。
「……まあクラリスなら心配ねえか」
「クラリスちゃんは強いからな、何かあるんだろ。で、肝心のノアはどうなのよ」
「あーまあ俺も多分空いてるし、出かけてもいいぜ」
「そうこなくっちゃ! 海の方行こうぜ!」
「どこ行くかは任せるわ。俺正直そういうの詳しくねえし」
「任せとけ! じゃあ確定はニーナちゃんとノアでいいよな!? いい旅行プラン立ててやるぜ!」
「ふふ、お願いねアーサー君」
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、すぐさま休みの時期はやってきた。
普段は騒がしい寮もこの静けさ。
外の鳥の鳴き声なんかが聞こえてくる。
いつもは隣のベッドで本を読んでいるリックも居なく、そのベッドは綺麗に整えられている。
アーサーもニーナもクラリスも、休みが始まると同時にさっと帰っていた。
一応食堂ではいつも通りご飯が出るので、俺はそれを食べながら本を読んだり訓練場で魔術の動作確認をしたりとそこそこ有意義に時間を過ごしていた。
「静かだなあ」
俺は中庭のベンチに座りながら空を見上げ、久しぶりにのんびりと自然を感じる。
シェーラと居た頃はよく自然を感じていたが、この辺はそういう場所が少ない。
「おう、帰っていなかったのか?」
振り返ると、そこには胸元をばっと開いた大男が。
「ドマ先輩も帰ってなかったんすか」
「俺はこれから用があってな」
「用っすか」
「ああ。血沸き肉躍るってやつだ。久しぶりにワクワクしている」
確かに、いつもの勢いだけの雰囲気ではない。
どこか内に秘めた何かを抑え込んでいるような、そんな感じだ。
「俺は必ず進化して戻ってくるだろう。その時、お前は……きっと戦いたくて仕方なくなるはずだ」
「はあ……」
「まあ、待っているが良い。この休み、お前も修行をしておけ! 俺に突き離されんようにな!」
そう言って、ドマはニヤリと笑みを浮かべながら去っていく。
俺はただその背中を眺めていた。
相変わらず暑苦しい先輩だ。まあ、そこそこ強いんだろうがな。いつかは戦ってみたいが。
そうして夜。
俺は自分の部屋で本を読んでいた。
すると、コンコンととノックの音がする。
「はい」
「アーシャよ」
ドア越しから声がする。
この寮の管理人、アーシャさんだ。
「手紙が来てたわ。ここに置いていくわね。さすが歓迎祭の優勝者ね」
「? ありがとうございます」
ドアの下の隙間から、すーっと手紙が差し込まれる。
そして、管理人さんはパタパタと足音を立てて去っていく。
俺は本を閉じると、その手紙の元まで歩いて行き、すっと拾い上げる。
手紙には"ノア・アクライト様へ"と書かれていた。
そして、手紙をひっくり返すと。
「はぁ。あれマジの話だったのかよ……」
そこには、"クラフト・ローマン"の文字が書かれていた。
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