第99話 視線

 歓迎祭が無事終わった。


 それからしばらくはてんやわんやだった。


 上級生からの質問攻めに、同期達からの嫉妬の眼差し。さらに、魔術院や教会関係者(ヴィオラではなかった)、さらには山奥で魔術の研究をしているとかいう男まで、とにかく色んなところから声をかけられまくった。


 だが今の俺にそういう進路は興味がない。

 この学院で世界にノアの名が轟けばきっとシェーラの課題も達成だろうし、そうなればまたきっと次の課題がある。


 今回の歓迎祭で達成か? と思われたが、所詮新入生の中で最強ということが認められたな過ぎない。


 生意気にも目立った一年を絞めてやろう何人かの2年生からは決闘を挑まれたが、わざわざ語る必要もないほどあっさりと返り討ちにした。


 まぁでも、少なくとも課題達成の第一歩を踏み出せたのは間違いない。


 そして今回俺の力以上にある意味注目されていた帝国の皇女アイリスは、満面の笑みで俺に抱きつき、当然の如く周りからの非難轟々だった。


 国際問題だ! 何を考えている! 羨ましい! 

 夥しい罵声の数々。


 とはいえ、アイリスも立場はわきまえているようで、それ以上のことは(あの助けた時のような……つまりキスだ)人前でするようなことはなかった。


 アイリスは歓迎祭が終わると帝国へと粛々と戻っていった。


「また会いましょう! 次は2人きりで!」


 そう言い残して。


 そうして騒がしい歓迎祭の空気も徐々に落ち着き始め、2週間もした頃にはすっかり日常の空気に戻っていた。変わったことといえば、授業の際の俺への視線がえげつないことくらいだ。


 同じクラスはもちろん、二年生まで見にくることもあった。まあ手の内を明かすこともないからそれなりに流してはいるが、気が散るからどっか行ってほしいのが正直なところだ。まだ最初の頃の突っかかってきた2年生の方が対人訓練になってよかったよ。


 そして最近不可解なのが、もう一つの視線――。


「じ~~~……」

「…………なんすかね」

「はぁ!? なにがよ! はぁ!? 見てないんですけど!?」

「いや、そのセリフが既に見てる奴のような気がするんだが」


 そう、クラリスである。

 

 A級冒険者にして同じクラス。

 実力はトップクラスだ。今回はリオが相手だったから仕方なかったが、もし俺とクラリスのカードが逆だったら、決勝で戦っててもおかしくはなかった。まあレオもいるから簡単ではないが。


 そのクラリスが、なにやら歓迎祭以降様子がおかしいのだ。


 ボケーっと俺を見つめたり、かと思えば慌てて離れたり。魔術の訓練をじーっと見たり、独り言をぶつぶつと「いや、あんな魔術が……でもあの人言ってたし……」となんか言ってるし。


 俺の魔術から何かを吸収しようという感じでは無いが、なんだかとにかく視線が突き刺さるのだ。


「おいおい、ノアよ。クラリスちゃんに何かしたのか?」

「してねえよ。俺が聞きてえ。……でもやっぱ様子変だよな?」

「ありゃあ……恋だな」

「んなわけねえだろ……」


 俺は呆れて溜息をつく。


「まあ確かに恋って感じの雰囲気じゃねえな。というより……値踏みしているというか……」

「なんなんだろうなあ」

「歓迎祭で思う所があったのかもしれねえぜ? 冒険者っていうプライドを持ってるんだ、負けたのが相当応えたから、今までぞんざいに扱っていたノアの魔術をもっとよく見たいけどプライドが許さない……みたいなジレンマに陥ってるのかもな」

「なんかそれらしい推測だな。アーサーらしくもねえ」

「はは、俺もたまにはまじめになるのよ!」


 

 そして時は過ぎ、放課後――――。


 思いしない場所で、思いもしない遭遇を果たす。


「……こんな時間に何しにきたんだよ、最近なんか変だぞ」

「……ちょっと話が……」


 夜。既に誰も出歩いていない時間。

 髪を下ろしたクラリスが、髪の毛をくるくると指に絡めながら、恥ずかしそうに俺にそう言う。


 なんだ一体…………はっ!


 わかってしまった。


 俺はなんて無神経だったのか。

 そうか、そりゃそうだ。クラリスもそういう奴だった。


 そりゃクラリスからいうのは恥ずかしいよな。ある意味アーサーの言ってることは間違いではなかったってことか。


「……リックに悪いから場所移そうぜ」

「うん」


 俺たちはとりあえず場所を移し、広場のベンチに腰掛ける。


「…………」

「…………」


 少しの沈黙。


「なあクラリス。お前が何言おうとしてるか、何となくわかるぜ」

「えっ……!?」

「一緒にいればわかるさ、そんくらいはな」

「そ、そんな……態度に出てた?」

「当たり前だろ、わかるっての」


 クラリスは少し恥ずかしそうに頬をかく。


「じゃあ、伝わってるっていうの?」

「当然よ」


 俺は改めてクラリスの方を見る。


 クラリスもそれを見つめ返す。


「お前は……」

「うん」


「――――歓迎祭で戦えなかった分、個人的に戦おうって言うんだろ?」


「――は?」


 想像以上に間の抜けた声が漏れる。


「お前のプライドじゃ言えねえよな、わりい。しっかり戦って白黒つけたいと――」

「ち、ちがあああああうう!!」


 クラリスは絶叫すると勢いよく立ち上がる。その顔は真っ赤だ。


 俺はあまりの声の大きさに耳を塞ぐ。


「んだよ……声でかっ、夜だぞ……」

「んんんん!! わかってないじゃない!」

「違うのかよ」

「違うわよ! 分かってるくせに私に意地悪して……!!」

「意地悪してねえよ!」

「――はぁ。……ううん、でも今のではっきりした。待ってなさい、必ず引き摺り出してやるから、私の力で! 覚悟ってやつが決まったわ!」


 そう言ってクラリスはフンフンと鼻息を荒くして女子寮へと駆けて行く。


 何だったんだ、よくわからん……。


 多感な時期だからな、何かあったのかもしれん。


 こうして夜は更っていった。

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