五章 黒い霧
第98話 霧
「はあ、はあ、はあ……!! はあ、はあ……!!」
ヴェールの森、深部。
青い髪をした男が、息も絶え絶えに駆け抜ける。
木々を身体で押しのけ、死に物狂いで前へ進む。
右腕は血にまみれだらんとぶら下がっている。
その腕を抱えるようにしながら、男は後ろをチラチラと確認しながら必死の形相で前へ前へと走る。
「ち……くしょう……!! なんだありゃあ!! 聞いて……ねぇ……!!」
A級冒険者、ジャック・ローズ。
簡単な任務のはずだった。
国から依頼されたヴェールの森の生態調査。
リーダーはモンスター研究の権威でもあるA級冒険者だった。いつもの依頼。ジャックは長年彼とタッグを組んで冒険者活動をしていた。
しかし、それも数分前に終わった。
リーダーは突如"謎の霧"に飲み込まれ、そして死んだ。
同行した他のB級冒険者たちも、同様に消えて行った。
冒険者をやってきてあんなものは見た事がなかった。ジャックの手のひらは震え、歯はがちがちと音を鳴らす。
モンスターかどうかさえ分かる間もなく、ジャックを除く十三名の冒険者は跡形もなく消えた。
一人逃げのびたジャックは、ただひたすらに"ヴェールの森"の出口を目指し走る。
魔力はとうに尽きていた。
そもそもジャックは体力に自信のある方ではない。
しかし、"死"という恐怖がジャックの脚を突き動かしていた。
「ありえねえ……!! ありえねえありえねえありえねえ!! はぁはぁはぁ!! ジャック様だぞ……! A級冒険者、ジャック! その俺が……こんな醜態晒して……――」
――――ゴォォ。
「――――」
背後から聞こえる、不気味な音。
森が喉を鳴らしたかのような、低く響く音。
――あれだ。
ジャックの額に汗がにじみ出る。
体力の限界で出た汗ではなく、恐怖と混乱で噴き出した冷や汗。
だが、止まることは出来ない。
ここで止まれば、確実に死ぬ。それだけはわかっていた。
「くっそおおおお!! こんなところで死ねるかよおおお!!」
最後の力を振り絞り、全力で腕を振る。
血が流れ既に動かなかった右腕さえ、強引にふり、血を振りまきながら走る。
しかし、その振った手が霧に触れる。
「――――ッ!」
まずは右腕、そしで左足。
右足、左腕。
身体が徐々に迫りくる"霧"に飲まれ、そして――――。
「ぐっ……あぁ……!!」
ドプン。
っとまるで水に落ちていくように、ジャックは霧に沈んでいく。
その場には、何も残っていない。
ヴェールの森、最奥。
A級冒険者二人を擁した実力派の調査隊は、黒い謎の"霧"によって全滅した。
その知らせが王都に届くのは、まだ先の話だ。
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