第97話 来訪者

 誰だ……ニーナ……じゃないよな。

 まあ出ない必要もないか。


「………はい」 


 俺の声を聞き、ノックの主が部屋へと入ってくる。


 ローブを身に纏った、黒い長髪の男がそこに立っていた。

 一瞬女――かと思ったが、よく見ると男だ。


 ミステリアスな雰囲気を纏った、不思議な男。年齢は三十代と言ったところか。


 この学院で見たことは無い。教師、と言う訳でもなさそうだ。

 ということは、今日の歓迎祭を見に来た人物ということか。


 男は俺を見つけると、フッと笑みを浮かべる。


「いやあ、五体満足。なんら問題なさそうだ」

「……ええ、まあ。あんた誰っすか?」

「あぁ、そうだね。先に名乗るべきだったか。――おっと、警戒態勢は解いてくれ。いきなり雷を食らったんじゃさすがの私もびっくりするからね」


 どうやら俺の警戒心を察していたようで、男は軽快な口調で言う。

 俺が魔術を放っても一応は対処できる用意があるようだ。


 ということは、半端な魔術師ではないな。冒険者か……?


「すみません。で、あんたは?」

「私はクラフト・ローマン。聞いたことはあるだろう?」

「……いや、ないですけど」

「――ははっ。大分浮世には疎いと見た。私としても珍しい経験だ」


 と、クラフト・ローマンは腕を組みほうっと唸る。


 よほど有名人らしい。

 曰く、この歓迎祭で目立った生徒は何かしら声を掛けられることがあるらしい。その類だろうか。


「何かの勧誘ですか?」

「うーん、近いが、ちょっと違うな」


 クラフト・ローマンは近くの椅子を引っ張り、俺の横に置くと長い脚を組んで座る。


「私は"六賢者"、その一柱を担うものだ」

「六賢者……!」


 六賢者。それは魔術界の中心と言っても良い。


 魔術を扱う者にとって、その名は知らぬ者は居ない。権力、武力――そういった"力"を持った六人の魔術師の集まり。


 冒険者ギルドの上、騎士団の上、魔術学院の上。立場としては最上位に近い、魔術界最高の集団。


 名前だけは聞いたことがある。

 たまにシェーラから話を聞くことがあった。どうやらシェーラとは犬猿の仲……というか、シェーラは目の上のたん瘤だと嫌っていたようだが。


 そんな人物が、一学生の俺に一体なんのようだ。


「ただの学生ですよ。六賢者様がわざわざ俺に会いに来るような事情もないでしょ」

「雷帝」

「…………」


 こいつ……。


「おっとだから警戒はよしてくれ。私は何も君の匿名学院生活を脅かそうとしに来たわけじゃないさ、ヴァン」

「その名はやめてください」

「はは、これは失礼。だが、少なくとも私の目はごまかせないさ。私の前でやり過ぎたと言う訳だ」


 クラフト・ローマンのエメラルドに輝く瞳が俺を覗き込む。


「やり過ぎと言う程の魔術は使ってませんけど」

「君基準では、ね。知ってるかね、あのリオ・ファダラスという少女は魔術院も目を付けている十年に一人の天才魔術師だ。その彼女が放った魔術を、いとも簡単に破壊して見せた。君は十分に規格外と言う訳だ。そして私は、それが可能な人物を一人知っている」

「……それが俺って訳ですか」

「YES」


 まあバレることはそこまで気にしてはいなかったが……こうも簡単に言い当てられると何だか……。


「まあ、安心したまえ。君とヴァンを結び付ける者は多くない。知っているかい? ヴァンは死んだ、という噂が一部で流れていることを」

「はあ!?」

「はは、知らなかったかな。君が冒険者を休業したという事実は公表されていない」

「なんでそんな……」

「そりゃ、S級冒険者というのは抑止力だからさ。君の名を出すだけで悪事が勝手に止まっていく。そのレベルだ。それをむざむざ休んでいるから今は動きませんよ、なんて公表する訳がない。その結果といえる」

「なるほど……理屈はわかりますけど」

「なに、さほど気にする必要もないだろ? 冒険者ギルドは代わりに君の目撃情報を適当に流しているんだ。一部では死んだと思われ、一部では活動していると思われている。そう簡単に結びつかないさ」


 ……ってことはカマかけられた?

 俺が黙ってりゃ確定じゃなかったのかよ……くそ、こいつうぜええ!


「はは、まあまあそう睨まないでくれ。――それで本題だが」


 と、クラフト・ローマンの空気が変わる。


「わざわざ君の元に来たのは明確な理由がある。それは、とある依頼をしたいんだ。ノアではなく"ヴァン"にね」

「俺は休業――」

「おっと。"余程緊急の要請があれば、招集に応じる"。確かに君がそう言ったとコーディリアから聞いたんだがね?」

「……余程緊急、なんですか?」

「あぁ。何人かメンバーを私の方で選出しているところでね。君を見つけられたのは運が良い。是非依頼を受けて欲しい。おっと、断る権利はあまりないとだけ言っておこう。私は六賢者だ、君を好きに出来る権限がある」

「なんつー大人だよ……」

「ははは! だから私は権力を得たのさ。何でも融通が聞くからね。悔しかったら偉くなると良い」


 クラフト・ローマンはニヤニヤと笑いながら俺を挑発するように見る。


「詳細は後日追って知らせる。それまで準備だけしておいてくれ」

「はあ……まあ断れないなら一応は目を通しますけど」

「それでこそ最強の冒険者と呼ばれた"雷帝"だ。楽しみにしているよ」


 そう言ってクラフト・ローマンはローブを翻し、颯爽と出口へと向かっていく。


「それじゃあヴァ――ノア君。また会おう」


 嵐のような男は、そうして俺の元から去って行った。


 まったく、厄介なことになったなあ……。


「はぁ……」


 俺は部屋に木霊するほど大きなため息をついた。


 と、一瞬物音がした気がして、俺はすぐさま出口の方を見る。


「――?」


 しかし、少しまっても何も反応はない。クラフト・ローマンだったのかもしれない。


 まあいい、その任務とやらが厄介なものでなければいいが。


◇ ◇ ◇


 医務室の前の廊下を、一人の少女が走っていた。


 はあ、はあと息が上がり、その目は信じられないと言った様子で見開かれている。


「何よ……何よ何よ何よ……!」


 口から出る言葉は、少女の意識とは相反してこぼれ出る。

 訳も分からず、ただ逃げるように走っている。


 今しがた聞いた事実が、彼女の頭で整理できないでいた。


 ただ、見舞いに来ただけなのに。

 タイミングが悪いと言うべきか、良いというべきか。


 金髪を靡かせ、身体を揺らして少女は走る。


「ノアが……ノアがヴァン様……!?」

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