第101話 話

 王都ラダムス。


 カーディス帝国からの訪問者が居た頃とは違う、落ち着いた上品な賑わいが広がっている。それでもやはり王都というだけあり人の数は凄い。


 ひんやりとした室内とは裏腹に、窓から見える外はかなり暑そうだ。


 現に、さっきまでその下の通りを歩いてきた俺はそれを肌で感じている。夏は暑いのだ。


 俺はそんな外の人々を眺めながら、少し高価そうな果実の味がする冷たい飲み物をごくりと飲み込む。


「そんなに外が気になるかい」


 椅子に座る黒髪の男は、ニヤニヤした顔でこちらを見ながら言う。


「確かに今日は暑い。私も暑いのは苦手でね」


 そう言って、長いローブの胸元をパタパタと扇ぐ。


 六賢者、クラフト・ローマン。


 俺は彼の手紙に書かれたこの高級宿の一室へと出向いていた。


 一体何の話があるのか。

 ……まあ、あの歓迎祭の最後にこの男から言われた"とある依頼"の話だろうけど。


「ローマンさん」

「何かな?」

「前置きはいいんで要点だけ話してください」

「おや、もしかして私のこと嫌い?」

「まあ、他の人よりは」

「あはは、正直だね。まあ私も嫌われるのには慣れてるさ。それも仕事のうちだからね」


 そう言ってローマンは少し楽しそうに笑う。


 なんか胡散臭い感じがして嫌なんだよなあ、この人。


「で、依頼ってなんすか? 俺なんか呼ばなくても他のS級とか呼べばいいんじゃないですか」

「大分消極的だね」

「そりゃそうですよ、俺だって暇じゃないんすから」


 そう、俺も暇ではないのだ。

 シェーラにも久々に近況報告したいし、ニーナやアーサー達との約束もある。それに、シェーラの課題として対人戦をメインにしていきたい俺としては、今更任務で魔物を相手にする気もそんなにない。


 六賢者の一人が直々に俺に依頼をしに来たということは、それだけデカい山だということだ。面倒くささは今まで受けてきた任務の比じゃないだろう。だが、冒険者業を休業している俺を引っ張り出してこないと駄目なほど切羽詰まっているというのなら、それは冒険者ギルドとしての限界だ。任せられる人材がいないということだ。その事実の方が俺はよっぽど問題だと思うが。


「その顔で言いたいことはなんとなくわかるさ。なにぶん、機密性の高い任務で、信頼のおける人物にしかこの話は出来ないんだ」

「仮面をつけてる俺を信頼できるんすか」

「信頼とは何も素性を明かしているからといって得られるものじゃないさ。ローウッドの支部長さんや、受付嬢、気味の活躍を見てきた多くの冒険者たち……彼らの話を聞けば、君がいかに信頼できる人物かということは見えてくるものさ」

「…………」

「ただまあ、確かに君は休業中の身だ。私もそれに無理を言って強引に参加させる力はない。あくまで君の意思を尊重するさ。やる気のないメンツを揃えても目的は達成できないからね」


 ローマンはヘラっと笑みを浮かべ、挑発するように俺を見る。

 そして、ローマンは俺に向かって二本の指を立てる。


「なんですかその指は」

「二つ、私は君が動くであろう情報を持っている。一つは君の責任感に、一つは君の優しさに訴えかける物だ。まあ正直一つ目だけでも君は動いてくれるだろうけれどね。二つ目は保険さ」


 優しさと責任感……付け入られてる気がして気に食わねえな。

 なんだか無性に俺はこいつがむかつく! たとえ皇女様の護衛だろうが、ドラゴンの討伐だろうが断ってやるからな!


「それを聞いても嫌だったら?」

「それなら諦めるさ。成功率は下がるだろうが、信頼できる優秀な人材はいない訳じゃない」

「そうですか。じゃあ聞かせて貰えますか、その情報とやらを」

「いいだろう。一つ目は、単純に今回の依頼内容についてだ」


 そう言って、ローマンはローブの内側から一つの紙を取り出して俺に差し出す。


 俺はそれを手に取る。

 そこには、黒い靄のような、不気味な絵が描かれていた。


「これは?」

「それが今回の依頼……つまりターゲットだ」

「これが?」


 靄……いや、霧か?

 こんな魔物は見た事がない。


 俺はかなりの種類の魔物を討伐してきたという自負がある。その俺が見たことのない魔物なんて……。


「"白き竜"。という存在を知っているかな?」

「? 確かリーフィエ山脈に住まうドラゴンですよね?」

「さすがに知っているか」

「あれは誰でも知ってますよ。SS級の災厄、現存する最強の魔物じゃないっすか」

「その通り。あれを討伐するのは骨がいる。まずそもそも奴の戦闘力が桁外れに高い。よって討伐難易度は上限突破。加えて、あれは高度な政治的な存在であるという点も見逃せない。奴がいることでこの国と帝国は不可侵でいられるとも言える」

「でしょうね。で、それが何か関係あるんですか?」


 するとローマンは、パチンと指を鳴らす。


「大ありだ。なんせ、その紙に描かれた魔物は同じくSS級の災厄にカテゴライズされている存在だからだ」

「なっ、これが……?」


 これが……SS級の災厄!?


「通称"黒き霧"。聞いたことはあるかな?」

「いや……」

「ヴェールの森に古くから言い伝えられている伝承でね。いずれ現れると言われてはいたが、ずっとその姿を見せなかった魔物だ。これを放置するのは非常にマズイ。あの一体は死の土地になる」

「そりゃ……やばいっすね……」


 おいおい、まじかよ。想像以上にヤバイ相手じゃねえか。

 そりゃ六賢者直々にメンバーを選定しているのも頷ける。


「どうだい、責任感が刺激されただろ? 君のような実力者の手を借りたい状況という訳だ」

「…………」


 確かに、これを聞かされて放置できる程俺は他人に無関心じゃない。

 SS級の災厄が相手となれば、まさに危機的状況だ。俺の力は、こういう時の為にあると言っても良い。


「休業中で悪いとは思っているけどね。私もこの国の為だ、学生といえど冒険者最強と名高い君を何としてでも任務に連れて行きたいのさ。それが私の仕事だからね。何せ六賢者とはいえ私の戦闘力はさほど高くない。自分で戦えないのは心苦しいが、まあ許してくれ」

「ちなみに、犠牲者は?」

「ヴェールの森で生態調査を行っていたパーティが丸々。我々がその事象を認知するまでに森を訪れた幾人か……これは人数はわかっていない。現在は森への立ち入りを禁止している。"黒い霧"はまだ森を出ようとしていないから、被害はそこまで広まっていないね」


 ローマンはやれやれと肩を竦める。

 どうやら、時間の問題のようだ。


「……わかりました。そう言う状況なら俺も力を貸します」

「おお、来てくれるか!」

「それ程の災厄が相手なら俺だって見て見ぬ振りは出来ませんよ、さすがに。それに、俺が行ったほうが確実に仕留められる」

「さすがは"雷帝"、自信もたっぷりという訳だ。君を偶然歓迎祭で見つけられて良かったよ」


 正体が見つかってしまったのは癪だが、こんな状況ならかえってよかったかもしれない。久しぶりの"ヴァン"での活動という訳だ。


「いやあ、いいね。予想以上の正義感と責任感、そして自信だ。こんなことなら、二つ目の情報は要らなかったかな」

「優しさにってやつですか? なんだったんすか?」

「いや、大した話じゃないんだけどね。君の友達でA級冒険者であるクラリス・ラザフォード君もこの討伐依頼に志願してきていて、メンバーに選出されているというだけの話なんだけど」

「へえ、クラリスが…………クラリスが!?」


 おいおいおい、まじか!?

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