第15話 プライドと疑い

「さすがノア君!」

「おいおい……ノア、お前……まじか」


 ニーナとアーサーが、戦いが終わったとみて俺の方へと歩いてくる。


「そりゃあ、平民で俺と同じ下克上の同胞だなって言ったけどよ……」


 アーサーは倒れ動けないルーファウスを見て、息を飲む。


「どっちが下克上だって感じじゃねえか……! なんださっきの戦い! とても平民出身で魔術の戦いに不慣れだったとは思えねえぞ……!!」

「まあ、一応師匠みたいな人は居たからな。超スパルタの」

「だとしてもこれは流石に……俺の家庭教師より強いんじゃねえか、お前……」


 そう言ってアーサーはもう笑うしかないという感じで乾いた笑いを漏らす。


「どうだかな。戦ってみないと分からねえな」

「いや、戦ってみたらわかると思えるお前がすげえよ……。つうか、ニーナちゃんは驚いてないのな。あのアンデスタ家だぜ!? 氷魔術では五本の指に入るレベルの超名家! それをこんな一方的に……ビビるだろ普通!?」

「あはは。ノア君は私を助けてくれた時も凄かったし、試験でもあのガンズさん相手に凄い魔術見せてたからね。ノア君が強いのはわかってたし」

「はあ…………てっぺん目指すって入学式の時ノアと話したけどよ……ノアレベルの魔術師が上級生――もしかしたら同級生にも居るかもしれないと思うと少しだけ不安になってきちまったぜ……」


 そう言ってアーサーはしょぼんと肩を落とす。


「不安になる必要はねえよ。俺レベルなんてそこまで居ないだろ。ま、いてくれた方が俺は嬉しいけどな」

「相変わらずの自信だけど、さっきの戦いを見せられるともうその言葉すげー説得力あるぜ……」


「うっ……」

「ルーファウスさん……」


 痺れが取れてきたのだろう、ルーファウスはゆっくりと身体を起こし、座ったまま壁にもたれ掛かる。


「…………あーくっそ……」

「いい勝負だったな、ルーファウス」

「ふざけるな……! 侮辱しているのか……この俺を」


 自分でも力の差を理解してしまったのだろう。あれだけ威勢の良かった様子は、今は見受けられない。


「別に誰もお前が弱かったとは言ってねえぜ? その年にしちゃかなり上位の実力だろうしよ」

「同じ年の貴様に言われても何も嬉しくなどない……! 平民のゴミの癖に……貴族で名家のこの俺より……!!」


 余程悔しかったのか、ルーファウスは握りこぶしを地面に叩きつける。


「おいおい、ルーファウスよう。ノアに負けたんだ、もう平民のゴミとか言うのはやめにしようぜ?」

「そうですよルーファウスさん。これで試験が不正だったなんて嘘だってことがわかったですよね? 誤解が解けたならいいじゃないですか」

「ちっ……貴様らには貴族・名家としてのプライドがないのか……!!」

「私は別に……公爵家といえども凄い人には敬意を払うべきだと思いますけど……」

「だよなあ? ま、俺だって名家だけどほぼ平民と同義だしな」

「話にならん……」


 そう言ってルーファウスは立ち上がろうと身体に力を入れる。

 が、上手く立ち上がれず少し態勢を崩してよろける。


「立てるか?」


 俺はルーファウスに手を差し出す。


「余計なお世話だ……。俺は……俺はお前を認めていない!」


 そう言ってルーファウスは俺の手を払いのけると、自力で立ち上がり出口の方へと歩いていく。


「おいおい、俺は気にしてねえぜ? 平民なのは事実だしな。だから、俺に負けたからってそんな気を落とさなくていいぜ。別にお前に対して怒ってる訳でもねえしな。――まあ、これで俺が不正行為しただとか、退学しろとか言うのはめんどくせえからやめて欲しいが」


 ルーファウスは頭だけをこちらに向け言う。


「……不正だと疑ったのは謝ろう。だが、これで勝ったと思うな。俺はこの学院で学び必ず貴様に追いつく。精々今はそうやって勝ち誇って余韻にでも浸っているが良い」

「別に勝ち誇ってるつもりはないんだけどな」

「必ず貴様にほえ面をかかせてやる。この屈辱は倍にして返す。ノア・アクライト……覚えていろ。平民はいつまでも平民だと分からせてやる……絶対だ!」


 そう言ってルーファウスはゆっくりと訓練場を後にした。

 

「最後までプライドが高い奴だったな。負け惜しみにしか聞こえなかったけどよ」

「そうだな。でも、これで面倒な絡みをされなくなるなら十分さ」

「どうだかねえ。これでより一層ノアに執着するんじゃねえか?」

「いや、それは勘弁して欲しいが……」


 あの手のプライドが高い奴は何考えてるかいまいちわからねえからなあ。魔術師としてのプライドが高いか、貴族としてのプライドが高いか……。


 まあどちらにせよ、数日間は平民に負けたと言う事実でろくに寝れねえだろうな。自業自得だが。


「でも良かったよ。これでノア君が退学なんてことにならなくて。ま、私は信じてたけどね」

「ニーナちゃんは完全にノアのファンって感じだよなあ。さっきも自分のことの様に誇ってたし……」

「ち、違うよ!? 私はただ、ノア君の実力を皆も分かって貰えて嬉しいというかなんというか……」

 

 ニーナは恥ずかしそうにブンブンと首を振る。


「助けて貰ったし、まあ確かに憧れ的な部分はるかもしれないけど……もちろん魔術師としてね。それに、ほら、同期でもある訳だし友達だし、それを誇らしいと思うのは当然と言うか――」

「いや、テンパり過ぎだから……」

「ご、ごめん……」

「はは、謝る必要ねえよ。まあニーナとは付き合い長いからな、俺もニーナが活躍してくれたら嬉しいしな。もちろんアーサーも。楽しみにしてるぜ」

「へへ、あんなの見せられちゃあさすがにやる気が湧いてくるってもんだ。見に来て正解だったぜ」

「そうだね、ルーファウスさんがちょっと心配ではあるけど……もちろん自業自得だけど……」


 するとアーサーはやれやれと肩を竦める。


「まったく、ニーナちゃんは優しいな。流石公爵家、慈悲深いねえ」

「そういうんじゃないけど……ルーファウスさんは一応前からの知り合いだからね。これで折れないで改心して頑張ってくれるといいんだけど……」

「負け惜しみ言うくらいだから折れては居ねえとは思うけどな。素質は悪くねえし、できればもっと成長して欲しいけどな。強くなってくれればそれだけ俺の訓練にもなる」

「はあ~なんか俺も負けてられないな……! 絶対俺も強くなってトップを目指してやる! 勝負だぜ、ノア!」

「あぁ、楽しみにしてる」


 こうしてルーファウスとの戦いは終わった。

 アーサーとニーナは一足先に寮へと戻った。俺は少し魔力を使って昂った精神を鎮めるため、夜の訓練場の周りをゆっくりと歩き始める。


 学生としての強さが見れはしたが……俺の敵ではなかったな。これならモンスターを狩ってた方がまだ魔術の力が伸びるだろう。シェーラに言われて対人戦を磨くために入学したはいいが……――いや、まだ決めつけるのは早いか。他にも強い奴は居るかもしれない。


 特に気になるのはクラリス・ラザフォード……A級冒険者の女。少なくとも俺と一年違いでA級に昇格する実力。俺に肉薄しないまでも、少なくとも他の学生よりは頭一つ以上は抜きんでているだろう。


 同じクラスになったことだ、奴と手合わせするのもそう遠くないだろう。

 一体どんな魔術を――


「ノア・アクライト……」


 不意に俺は後ろから声を掛けられる。


 この時間に……?

 学生なら既に寝ていてもおかしくない時間。誰だ……?


 俺は振り返る。


「誰だ?」


 そこに立っていたのは、一人の少女だった。

 

 小柄で金のミディアムヘア。

 小柄なのにも関わらず、主張の激しい胸。


 こいつは――。


「お前は……クラリス・ラザフォード」


 A級冒険者にして、同じクラス。そして、俺の大ファン。


「なぜ私の名前を?」

「あっと……それは――」


 おっと、まずい。そうだ、こいつはヴァンとは会っているが、ノアとは会っていないんだった。俺がクラリスの名前とこいつの顔が一致していること自体おかしいのだ。


「やっぱり……あなた、さっきの戦い見ていたわよ。とんでもない雷魔術」


 やっぱり……? 俺が名前を知っているのではと思っていたのか?

 まずいな、こいつ俺とヴァンを結び付けたか? くそ、面倒だな……どうする、否定して簡単に信じてくれるなら楽だが……。


「……それがどうかしたか? 勝手に覗くなんていい趣味してるじゃねえか」

「私の目はごまかせないわ」

「何?」


 やはりこいつ……。


「あなた……"雷帝"」

「いや、俺は――」

「"雷帝"ヴァン様の弟子なんでしょ!?」

「…………は?」

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