第16話 クラリス・ラザフォード
「だから、あなたヴァン様の弟子なんでしょ?」
クラリスは自信満々な表情でそう言い切る。
「……何を根拠にそんな。別に雷魔術を使う魔術師なんて他にもいるだろ。たまたま俺の術式も雷魔術だっただけだ」
「師匠がいるって言ってたじゃない。私聞いたわよ」
「そりゃ言ったけど」
「それに、私の名前を知ってるっていうのが決定的。あなたと会話したこともないのに名前と顔が一致しているとか、私がヴァン様に挨拶した時の話を聞いていたとしか思えない」
面倒くさいところを突くな……。丁度こいつのことを考えていたから反射的に名前が出てしまった。俺としたことが……。
「いや、だったら名前は知ってても顔を知ってるのはおかしいだろ。話だけを聞いてたならお前の顔なんか知らないはずだ」
「そんなのいくらでもこじつけ出来るわ。私が挨拶した時にそばにでもいたんでしょ。ヴァン様はローウッド支部所属なのに王都に来てた……もちろんS級になったからってのもあるんでしょうけど、あの日は学院の試験をしてた。タイミングもぴったりだわ。それに、たとえ違ったとしてもあなたが私の顔と名前が一致している事実は変わらない」
こいつ、完全に決めつけてるな……。まあ俺自身がヴァンなんだからあながち間違いではないんだが……。
どうするかな。でも考えようによっちゃあ俺の師匠ってことにしておいた方が楽か? 雷魔術関連で俺とヴァンが同一人物ではないかと言及されても、師匠ってことにしておけばバレることはねえ。
厳密には同一の魔術なんてのは同一人物か同じ家系でしかありえないんだが、ほとんどソロで冒険者をやっていたヴァンの魔術を詳しく知っている奴は居ない。"雷帝"という名前と雷魔術を使うという程度しか認知されていないはずだ。それならば俺の魔術からヴァンだと確定は出来ないはず。同一系統を使う者として弟子入りしていると言えば納得させられるはずだ。
何より、こいつにヴァンだとばらしてしつこく付きまとわれるのも面倒だ。
同い年の師匠ってのも何か変な感じだが、まあそこに目を瞑れば問題ないか。
ローウッドから来てるってのも説得力増すしな。ここはこいつの勘違いに乗っておくか。師匠ってことにしてこいつに口止めさえしておけば問題ない。恐らくこいつ以上に同級生で俺をヴァンだと疑う奴は居ないはず。こいつさえ丸め込めばこれ以上の心配はいらない。
こいつは恐らくヴァンへの憧れで見切り発車で俺に話しかけてきたんだろう。のちのち詳しく観察された後に俺とヴァンを結び付けられるより、今の頭ガバガバなうちに師弟関係ってことを刷り込んでおけば変に疑われることもなくスムーズに行くはず。まあ、悪くないな。
俺は諦めた風に溜息をついて見せる。
「――そこまでばれているなら仕方がないな」
「じゃあやっぱり!」
クラリスの顔がパーっと明るくなる。
「あぁ。出身が同じだからな。使う魔術系統も似ていたこともあって、ヴァンから数年間教えられた」
「~~~!!! 羨ましすぎるっ!!」
クラリスは天を仰ぎ、感嘆の声を零す。
「そうか?」
「もちろん! 私ヴァン様のファンなのよ! あんな凄い人は居ないわ!」
「まあ凄いな。最強の魔術師と名高いからな」
「そうなの! 最年少でA級、そしてS級! 仮面のせいでその正体は一切不明だけど――」
クラリスはヴァンについて語り始める。
よっぽど好きなんだな。何か可哀想なことしてる気がするが、まあいいだろ。
「仮面の下は実はイケメンらしいわ。それに凄い物腰穏やかで、紳士的。困っている人が居たら無償で依頼を受ける善意の人なのよ!」
……何か話がぶっ飛んでるな。どこの誰だ? 俺の知ってるヴァンか?
後半の感じが全然違うんだが。
「……本当にそれヴァンか?」
「そうよ! あんた師匠のこと何も知らないのね」
「ま、まあ冒険者としての仕事の話は特に聞かなかったらからな」
「はーん、その様子だとヴァンはあなたの前では厳しい人だったのね。さすがだわ。弟子の為ならそういう一面も見せられるのね……」
そう言って勝手に一人納得し、クラリスはうんうんと深く何かを噛みしめるように頷く。
なるほど、この性格の差異がこいつに俺とヴァンが同一人物ではなく、弟子ではないかと思わせたのか。ある意味こいつが大ファンで誤解しててラッキーだったな。
正直俺がヴァンだとバレるのはガンズの例同様に、そこまで厳密に隠し通す必要のあるものではないんだが……クラリスくらいには言ってもいいんだが、この様子だと夢を持たせて黙っててやる方が良さそうだな。
「そんな人の元で修行してたなんて……そりゃアンデスタの坊ちゃんなんか相手にならないわよね」
「へえ、お前もあいつのこと知ってるのか」
「そりゃね。一応あんなでも貴族だし。魔術でも結構有名みたいだから」
「らしいな。氷魔術では五本の指に入る家だとか」
「ふーん……ま、私達冒険者に敵う訳ないけどね」
「私達って、俺は冒険者じゃないんだが」
「ヴァン様の弟子なら冒険者みたいなもんでしょ。人間より強いモンスターと日々戦ってる私達が、狭いコミュニティでどこの家が強いとか弱いとかやってるだけの魔術師連中に後れを取る訳ないじゃない」
クラリスはきっぱりと言い切る。
こいつはこいつで冒険者の魔術師が最強ってスタンスね。まあニーナとかもS級冒険者の魔術師が憧れだって言ってたし、あながち間違いではないんだろうが……。
「そんな慢心してたら足元掬われるぜ?」
「な、何よ! あんただって散々負ける気がしねえみたいなこと言ってたじゃない!」
「それは事実だからな。俺は自分の実力を良く知っている。その上であいつと比較しても負ける要素がないとわかってたからな。ま、平たく言えば俺が最強だ」
「ヴァン様が最強に決まってるでしょうが! 何師匠差し置いて最強名乗ってるのよ!」
クラリスはキレ気味に突っ込む。
「あーまあ……同じくらいだ」
「ない! 百パーセントない! 弟子でも言って良いことと悪いことがあるわ!」
「……厄介ファンだなお前……」
「厄介言うな!」
「まあどっちでもいいけどよ……。お前もA級冒険者なんだろ? 強いのか?」
「ふん、当然よ。ヴァン様を目指して修行したからね。この学院の温室育ちの坊ちゃん魔術師なんかに負けないわ」
余程自信があるようだな。まあそれくらいじゃなきゃ困る。
「そうか、じゃあ楽しみだな。明日からの授業が。お前の力見せてくれよ」
「……あなた、ヴァン様と違って何か態度デカいわね……」
いや、まあ俺がヴァンなんだが……。
「まあいいわ。私もヴァン様の弟子の力がどれほどか見てみたいし。楽しみにしているわ。今日の戦いを見る限り、あなたも
「A級冒険者にそう言ってもらえるのは光栄だね」
「わかってるじゃない。――じゃあね。私はもう帰るわ。女の子が一人で出歩いてたら危ない時間だわ」
「……危ないのはお前に出くわした側の人間だろ……」
「何か言った?」
「いや何も。送って行こうか?」
「何、師匠の真似事? ま、方向一緒だし断る理由もないわ。さっさと帰りましょ」
「あっと、クラリス」
俺はクラリスを引き留める。
クラリスは何よ、と振り返る。
「一応俺の師匠がヴァンだというのは黙っておいてくれ」
「何でよ、誇らしいことじゃない。羨ましい」
「なんせあの人は超有名人らしいからな。下手な詮索をされると面倒だ」
「ふーん……まあそうね。ヴァン様に近づきたくてあなたに取り入ろうとするやつも居るかもしれないし」
……ここはお前だろとは言わない方がいいか。
「頼む」
「わかったわ。じゃあさっさと戻りましょう。明日も早いわ」
こうして俺たちは寮に戻った。
今日はいろいろあった一日だったな……。明日から授業か、どんなもんかな……楽しみだ。他の魔術師達も気になるし。
俺はベッドにもぐりこみ、そんなことを考えながら目を瞑る。
――あ、ルーファウスに様付で呼ばせるの忘れてた。
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