第14話 VSルーファウス

 ルーファウスは慌てて立ち上がると、困惑した表情を浮かべ、恥ずかしさからか僅かに顔を赤くする。


「くっそ……くっそ! 何が……ッ!?」


 と、不意にルーファウスは苦い顔をして左足を僅かに引きずる。


「おいおい、今何が……ルーファウスの奴が一人で勝手に転んだ……?」

「違うよ、ノア君がやったんだよ」

「何を?」

「雷魔術」

「はあ!? いやいや……そりゃ一瞬光ったように見えたけどよ……あのルーファウスの氷魔術は正直俺から見てもレベルが高かったと言うか……」


 困惑気味のアーサーだが、一方でその隣のニーナは何故か自分のことの様に自慢げに、フフンと胸を張っている。


「ちょっと足を払っただけださ。あんな綺麗に転ぶとは思ってなかったけどな」

「くそ……!! 今のは油断しただけだ! は、はは……! 意外にやるじゃないか、俺の"アイスエッジ"を回避して直接攻撃を当てるなんて。少しは魔術を齧ってたみたいだな」

「その情けない言い訳を聞く限り、どうやら心の準備は出来てなかったみたいだな」

「貴様……ッ!」


 アーサーの反応を見る限り、恐らくルーファウスの実力は学生としてはそこまで低い物じゃないのだろう。それをあっさりと回避されたんだ、ルーファウスの動揺も分からないではない。


「とことん貴様は俺を侮辱するのが好きなようだな……!!」

「そんなつもりはねえけど」

「白々しい……! ……だが、今理解した。俺としたことが、どうやら油断というものをしていたらしい……。でなければ貴様のような平民に上をいかれる訳がない。……今のは俺の慢心が引き起こした悲劇として心にとどめておいてやる」

「へえ、反省するってことも出来るんだな」

「ほざけ。俺は貴様のような平民と違って選ばれし者だ。常に強者であれという責任があるのだ。そこら辺の凡百共と一緒にするな」


 そう言って、ルーファウスは改めて戦いの姿勢を取る。


 さっきよりはかなり落ち着いてる。

 ひっくり返って、冷静さを取り戻したか。素質は悪くはないんだがな。


 今頃は勝ち誇っていただろうに――――相手がこの俺でなければな。


「油断はしない。アンデスタ侯爵家の人間として、平民如きに負けるなどあっていいはずがない。もう手加減は無しだ!!」

「立派なことだ。さすがはアンデスタ侯爵家が次男。お前の実力をもっと見せてくれよ」


 ルーファウスは俺に向けて狙いをすます。


「……貴様だけは許さん。魔術が使えようが使えまいがもう関係ない……!」


 ルーファウスの後方に浮かびあがった魔法陣が青く光る。


「欠片も残らないと思え。我がアンデスタ侯爵家に伝わる範囲氷魔術のその一端を見ろ……!!」


 冷気が吹き抜け、一気にルーファウスの周囲の空気が凍えていく。

 

 次の瞬間、魔法陣から複数の氷の槍が連続で発射される。


「串刺しだッ!!」

「これはやべえ……ノ、ノア!!」


 アーサーの叫びと、ルーファウスの勝ち誇った表情。

 恐らくはこれがルーファウスのとっておき。必殺の魔術。


 複数の氷の槍が一斉に俺に向けて飛び込んでくる。

 もうなりふり構ってられないって感じだな。


「ルーファウス。お前の濁った眼でも分かりやすい魔術を見せてやるよ。さっきのは良くわからなかっただろうからな」

「何を――」


「"サンダーボルト"」


 瞬間、俺の頭上に浮かび上がった魔法陣が煌々と輝く。

 

 雷鳴を轟かせ、稲妻が走る。


 降り注ぐ雷は、俺に襲い掛かる氷の槍アイススピアの悉くを叩き落し、その度に閃光が走る。


「な……に……!?」

「雷……!!」


 俺は一歩も動かず、頭上より降り注ぐ雷でルーファウスの放つ氷を迎撃する。

 甲高い音を立て、氷の槍は粉々に砕け散っていく。


「うおおおおお!!!」


 ルーファウスの咆哮虚しく、気が付けば全ての槍を破壊し終え、訓練場は静寂に包まれた。


「…………バカな……」


 唖然とした様子で、ルーファウスは目を見開く。


「いい魔術だったぜ、ルーファウス。調子に乗るだけはある。そこそこのモンスターなら軽く倒せるだろうな」

「…………」


 恐らくはルーファウスの現状最大の攻撃魔術。

 それをまさかこんなにあっさりと防ぎきられるとは思っていなかったのだろう。しかも、自分が散々貶してきた平民に。


「そんな馬鹿な……お前は……平民で……! 試験もまともに通れないクズのはず……!! こんなことが……こんなことがぁ!!」

「お前の理想通りじゃなくて悪かったな。まあ気にすんな、お前は俺が平民だから負けたんじゃねえ。俺が最強だから負けたんだ。だからまあ、自信無くすなよ」

「こんのお………ゴミがあああああ!!! まだ俺は負けていない!!! 負けるわけがないんだあ!!」


 ルーファウスは叫び声をあげ、魔法陣を展開する。


 あの規模の魔術を使っても連続で魔術を出せるのか。確かにそこら辺の魔術師とはレベルが違うな。さすがエリート魔術学院という訳か。


 だが、このままルーファウスの魔術を受け続けても埒が明かない。大体ルーファウスの実力は分かった。


 そろそろ終わらせるか。


「"アイスロッ――――」

「"スパーク"」


 瞬間、稲妻が走る。


「――ッ!!」


 ルーファウスの魔術の発動を遥かに上回る速さでの発動。

 まさに早打ち。威力がそれほどではなく(俺の使える魔術の中では、だが)、消費魔力も少ない。その代わりに魔術の発動までの時間が圧倒的に短いのが特徴だ。つまり、魔術の打ち合いで俺が後れを取ることは無い。


 ルーファウスは俺のスパークに対応する間もなく、正面から全身に電撃を浴びる。


「ぐあああああ!!」


 雷鳴と叫び声。


 発動しかけていた魔法陣はスゥっと消えてなくなり、ルーファウスは膝から地面に崩れ落ちる。


「さすがに加減したから気絶はしないだろうが……ギブアップってことでいいか?」

「ぐっ…………クソ……こん……な……!!」


 身体が痺れて一時的に動けないルーファウスは、その表情を僅かに歪ませた。

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