第13話 夜の始まり
校舎の正面入り口付近に設置された巨大掲示板。
掲示板にはいろいろな勧誘のチラシが張られているようで、紙で溢れかえっている。その中央にでかでかとクラス分けの書かれた表が張られていた。
AからCまでの三クラスがあり、これから三年間はこのクラスの連中と関わることが最も多くなるのだろう。
俺たちはそれを覗き込み、自分たちの名前を探す。
「えーっと……――お、全員Aクラスか」
「おお! もしかしたら別クラスかもって心配だったけど……良かったぜ~」
「良かった! これからよろしくね、ノア君!」
「あぁ。よろしくな」
俺にとっちゃクラスはどうでも良かったが、まあ知っている奴が居るのは悪くはないな。
それ以外の生徒の名前ももちろん書かれているが、誰が誰だか分からない。
――が、二つだけ知っている名前を見つける。
同じAクラスに、クラリス・ラザフォード。
そして、隣Bクラスに平民大嫌いルーファウス・アンデスタの名前があった。
「ルーファウスさんはBクラスね……」
「あいつは別のクラスか。まあこれで良かったかもな」
「そうだな。あいつを倒した後にずっと様を付けて呼ばれるのも気持ち悪いしな」
「本気で言ってたのかその要求……」
「ま、半分は冗談だけどよ。ただ……少しは分からせておかないとよ。相手は選んだ方がいいってな」
「…………」
俺のその発言に、アーサーが僅かに息を飲むのを感じる。
「――冗談だって。ま、夜になればわかるさ。明日にはあいつも大人しくなってる」
「だといいけどな……」
◇ ◇ ◇
初日は入学式だけで、生徒たちはそれぞれ自由時間となっていた。
レグラス魔術学院は敷地内に寮を持っており、完全寮制となっている。
校舎の裏手の方にある背の高い建物がそれであり、中は男子寮と女子寮に分かれている。
俺たちは別れ、自分たちの部屋を整理するためにそれぞれの部屋へと戻った。
全校生徒約270人が住めるだけあって、寮はかなり大きい。
上の階が上級生で、下の方が下級生となっている。
大きいには大きい――が、それでも全員に一部屋ずつ……と言う訳にはいかないらしく、部屋は相部屋となっていた。
とりあえずローウッドから持ってきた私物を片し、適当に同居人への挨拶もすまし(同じく新入生だが、クラスは別だった)、何となく寮を適当に散策して時間を潰す。
――そして、夜。
訓練場に足を運ぶ。
まさか授業が始まる前に、先に訓練場を訪れることになるとはな。
訓練場はぼんやりと灯りが付いており、既に中には誰か居るようだった。恐らくルーファウスだろう。準備の良いことだ。
「ノア君」
「ノア!」
呼ばれ振り返ると、そこにはアーサーとニーナの二人が立っていた。
「わざわざ来たのか」
「そりゃもちろんだよ! ノア君が勝つとはわかってても、心配でさすがに寝れないよ……」
「俺もまあ心配だったんだが……むしろ逆さ。もし本当にニーナちゃんの言う通りノアの力があのアンデスタ侯爵家の坊ちゃんを上回るっていうなら、見逃す手はないってな」
「……そうか。まあいいんじゃねえか? ルーファウスの奴はどうせ圧勝する気でいるんだ、オーディエンスは歓迎だろ」
「そうかもな。ノア、スカっとするのを一発ブチかましてやれ!」
そう言ってアーサーはシュッシュっと拳を前に突き出す。
「そうだな。ブチかましますか」
「やっと来たか、平民。――っと、それに名も知らぬ男と公女殿下まで。言ってくれたらお迎えに上がりましたのに」
そう言ってルーファウスは不敵な笑みを浮かべお辞儀をして見せる。
「ルーファウスさん……私はこんな余計な戦いはする必要ないと思っています。今からでも遅くありません、平民を毛嫌うのは止めて、歩み寄れませんか……?」
「何をおっしゃいますやら、公爵家ともあろうお方が! ええ、ええ、それはもちろん。歩み寄れるものなら寄りたいです――が、そこの平民は貴族であるこの俺を侮辱し、試験では不正行為! 何の力もないくせに平民という弱者の地位を利用する浅ましさ!! そんな下等な存在に慈悲は無用です」
「ノア君はそんな人じゃないと――」
「おやおや……どうやらニーナ様はそこの平民のクズに洗脳されておいでのようだ……。ここは、貴族として――いや、この国をこれから支えていく存在として、私がお救いしなくては。やはりこのゴミは不要な存在。……安心してください。我が一族の名に懸けて、今夜そこの平民を学外に追放してみせます」
そう言って、ルーファウスは訓練場の中央に立ち、こちらを見据える。
少し悲しそうな顔をしたニーナが俺を振り返る。
「……やっぱり戦わなきゃ駄目みたい」
「しょうがねえさ。ああいう凝り固まった思想を持った貴族は大勢見てきた。今更驚きはしねえよ。ま、ニーナみたいな変わり者も居るのはおもしれえところだけどな」
「わ、私はそんな変わり者じゃないと思うけど……」
「――とにかくだ。言って分からないなら力で分からせるしかねえ。向こうから戦いを望んでるんだ、渡りに船ってやつさ」
するとニーナは嘆くように短くため息をつく。
「しょうがないね。ノア君を侮辱したのは私も許せないし。こうなったらもう……一発ブチかましてきて!」
「あぁ、任せておけよ」
俺はルーファウスの方へと歩いていく。
もちろん、勝つ自信はある。
だが、戦いとは何が起こるか分からないものだ。油断はしない。相手を甘く見て足元を掬われるのは強者のすることではない。そうシェーラに教え込まれてきた。それは恐らく対モンスターだけではなく、対魔術師でも同じことのはずだ。
しっかりと相手の出方と実力を見極め、俺の実力を見せつける。それだけだ。
「いいのか、平民」
「何がだ」
「お前がニーナ様の前でカッコつけていられるのも今の瞬間が最後だぞ。これから貴様の化けの皮が剥がれるんだ。数秒後にはひっくり返って天井を見上げているぞ? そんな無様な姿をさらす心の準備がいいのか? と聞いたんだ」
そう言い、ルーファウスは不敵な笑みを漏らす。
「なんだそんなことか。別にいいぜ、どちらが勝つかは、戦えば分かる」
「はっ、平民の分際で相変わらずその虚勢を張れることだけは褒めてやる。詐欺師にでもなったら活躍できたかもな」
「言うねえ。……さあ、さっさとやろうぜ? まさか、負けるのが怖くて戦いを始めるのを引き延ばしてる訳じゃねえよな?」
その言葉に、ルーファウスは一瞬にして険しい表情を浮かべる。
ピクピクと鼻をひくつかせ、眉間に皺を寄せる。
「何度も何度も平民の分際でこの俺様を侮辱しやがって……! お望み通り今すぐに貴様を再起不能にしてやる!! 二度と魔術を使うのが躊躇われるほどに、その身体に恐怖を刻み込んでくれるわ!」
「前口上はもういいんだよ、ルーファウス。お前が俺と違って一人前ってところを見せてくれよ」
「さっさと死にたいらしいな……! いいだろう。このコインが地面に付いた瞬間が、戦いの始まりだ。行くぞ!!」
そう言ってルーファウスはコインを指ではじき、空中に飛ばす。
コインはクルクルと周り、宙を漂い、山なりの軌道を描いてゆっくりと下降する。
――そして、キンっと地面で跳ねる。
「始まりだ!! 後悔しても遅い!! 平民と貴族の力量の差に恐れおののくといい!!」
ルーファウスは右手を俺に向けて突き出す。
「一瞬で串刺しにしてくれる! "アイスエッジ"!!」
ルーファウスの目の前に現れた魔法陣が反応し、氷の串が勢いよく俺を襲う。
「どうせ避けれまい! こんな広範囲の魔術を見るのは初めてだろう!?」
氷魔術か……。
初手で決めに来て、自信満々に出した広範囲魔術がこの程度……となると、これ以上の魔術はあっても一つか二つか。
A級クエスト中に一度遭遇して相対したフェンリルの氷攻撃に比べれば、温いものだ。
「――"フラッシュ"」
「ははは!! 魔術を出す暇もないだろう!? 死にたくなかったらさっさと降参―――――ウッ!?!?」
刹那、ドサッ! と音を立て、ルーファウスが短くうめき声を上げる。
ルーファウスは見事にその場で転がり、地面に仰向けに倒れこんだ。
何が起きたか分からないと言った様子で、ルーファウスは唖然と天井を見つめている。
「な、何が……」
「数秒後にはひっくり返って天井を見上げている……だっけ? おかしいな、天井を見上げてるのは自分の方みたいだぜ? 心の準備はちゃんとできてたか?」
「へ、平民が……!!」
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