第12話 平民嫌いのルーファウス

「そうだが……」

「そうだが……じゃないんだけど!? どんな接点だよ!? 何があったらあんな貴族オブ貴族がお前と親し気に話すんだよ!?」


 興奮気味のアーサー。

 そうか、まあこれが普通の反応か……腐っても公爵家、しかも俺平民だしな。


「入試の時一緒だったんだよ。いろいろ手助けした」

「手助けって……」

「まあ友達だ、別にへりくだる必要ねえぜ?」

「と言ってもなあ……」


 アーサーはチラッとニーナの方を見る。

 ニーナはきょとんとした顔で俺たちの方を見ている。


「俺、失礼なことして殺されねえかな……」

「お前の公爵のイメージどうなってんだよ……と言いたいところだが、実際ありそうだな」

「えぇ!?」

「冗談だよ……。安心しろ、ニーナはそう言うタイプじゃねえ。どうせこれから一緒に学ぶんだ、仲良くなっとけよ」

「……確かに。俺らしくなかったな」


 そう言ってアーサーはくるっと振り返る。


「ニーナ、こいつはアーサー。さっき知り合った」

「お、俺はアーサー・エリオット。ノアの友達ってんなら俺の友達です。よろしくお願い……します!」

「ノア君の……! もちろん、ノア君の友達なら大歓迎だよ。私はニーナ・フォン・レイモンド、よろしくね」

「もちろん存じてますよ! レイモンド家の召喚術は有名ですし、何より公爵家を知らない奴はこの国のモグリですよ!」

「……アーサー、俺は知らなかったぞ。俺はモグリか?」

「あー……すまん、大抵知ってるもんだと……」


 まあ当然か。公爵なんてそんないるもんじゃねえし、貴族・名家となりゃ関わる機会もあるか。


「あはは、面白そうな人だね。アーサー君、私には敬語使わなくていいよ?」

「えぇ!? でもさすがに……」

「同級生なんだからさ。それに、私そういうの気にしないで接してくれた方が嬉しいな」


 ニーナは笑ってそう言う。


「……そう、だな! 俺が間違ってた! よろしくな、ニーナちゃん」

「ちゃんて……またえらい距離の詰めかただな」

「俺は女の子はちゃんを付けて呼ぶと決めてんだよ! やるなら徹底的に! ちゃんと一人の同級生の女の子として接するぜ」

「いいね、ちょっと恥ずかしいけど……頑張って慣れる!」

「いいならいいけどよ……」


「おいおい、楽しそうだな、平民」


 そう声を掛けてきたのは、貴族の中の貴族……ルーファウス・アンデスタ。


「――これはこれは、ルーファウス殿下。さすが、アンデスタ家次男なだけあって余裕の合格ですか」

「……虫唾が走る言い方はよせ、平民。貴様にへりくだる気などないだろうが」

「バレてたか。いやー、でもさすがだと思ったのは事実だぜ? まさか受かるとは思ってなかったからよ。口だけじゃないのは褒めてやるぜ」

「フン、これほど嬉しくもなんともない賛辞は初めてだよ、平民」


 ルーファウスは、苛立ちを抑えるようにそう吐き捨てる。


「だが、平民のゴミが合格とは……余程貴様を担当した魔術師は理想家の無能のようだ。この実力主義の社会で、せめて底辺のゴミでも夢を見させるために一人は平民を取らないと、とでも思ったんだろう。でなければ、あらゆる面で秀でている我ら貴族を差し置いて、貴様のような平民が合格するなどある訳がない」

「ちょ、ちょっとルーファウスさん! そんな訳ないでしょ! ノア君の試験を見てもいないくせにそんな言いがかり……!」

「そうだぜ! 天下のレグラス魔術学院がそんな下らないことするわけないだろうが!」

「証人ならいますよ、公女殿下。同じ訓練場で試験を受けていたリュード伯爵家の長男エルクさんがね」


 リュード伯爵家……確か試験の時に炎魔術が凄いだか何だかってニーナが説明していた男か。 


「言っていましたよ。ろくな魔術も使えず、多少の雷魔術を行使できるだけ。見かねた担当魔術師がわざと大げさにダメージを負った演技をしていたってね。何やら会話していたし、明らかにあれは贔屓だったってね。そのせいで席が埋まり自分が落ちる羽目になったと言っていましたよ。実に嘆かわしい」


 ルーファウスは大げさに悲しんで見せる。


「そんな出鱈目……! 私達の担当魔術師はあのS級冒険者のガンズさんよ!? そんなことする訳ないでしょ! 何より私が一緒に受けてたんです、そんな訳がありません、あれは正当な試験でした!」

「いやあ、わかりませんよニーナ様。ガンズ・タイラーは元々平民の出! 養子として引き取られたから貴族になっただけの男です。同じ平民出身を贔屓していてもなんら不思議じゃあないですよ。それにあなたはこんな平民に肩入れしている……あなたよりも、客観的に見ていたエルクさんの方が信憑性があるというものです」


 そう言ってルーファウスは不敵に笑う。


 なるほど……ガンズは元平民なのか。

 それで俺にご高説を解いて下さったわけか。自分の経験があった訳ね。


「心底どうでもいいぜ、ルーファウス」

「……何?」

「俺はこの学院に受かっていて、その何とかって言う貴族は落ちてた……それだけだ。お前が贔屓だと思うが思うまいが、もう関係ないんだよ。そんな下らないこと考えてる暇があったら魔術の訓練でもするんだな」

「ほう……所詮平民のゴミ、プライドもないと言う訳か」

「そんな下らないことに使うプライドは持ってなくてね。誰が強いかは明日からの授業でわかるんだ、口ではなく魔術で示すさ」


 俺の言葉が余計に癇に障ったのか、ルーファウスは苦虫を潰したような表情を浮かべる。


「ただの平民が……一丁前に魔術を語るな……! ――授業を待つまでもない、今夜だ。今夜俺と勝負しろ、平民」

「はあ!? ちょっと待てよ、私闘はご法度だろ!? さすがのレグラス魔術学院でもそれは許さねえと思うぞ!?」


 そうアーサーが声を上げる。


「うるさい。俺が勝ったら大人しく自主退学しろ、ノア・アクライト。ここは貴様の居る場所じゃない」

「そんな約束……! 何をそんなにノア君を目の敵にしてるんですか、ルーファウスさんは!」

「俺はなあ、何の能力もない癖に自分は一人前って面してる奴が大嫌いなんだよ……! 特に平民は虫唾が走る! 俺達貴族が作り上げてきた社会に生かされている分際で調子にのりやがって……その上レグラス魔術学院に入学だ!? しかも不正行為付きだ! そんなものこの俺様が認めん!」

「おいおい、親の威光を借りて威張ってるだけの分際で言うじゃねえか。お前こそ自分一人で何かしたことあるのかよ」

「知った風なことを! どうする!? 今夜俺に再起不能にされるか、それとも逃げるか!」


 正直こんなくだらない争いは面倒だから放っておきたいんだが……。

 こいつ、一度分からせておかないと後々面倒臭そうだからなあ。ニーナも知り合いだから何かと気を使いそうだし……。


 遺恨を残さないためにも、早めに分からせておくってのも悪くない。

 これから卒業まで付きまとわれるのも面倒だしな。


「……わかったよ、今夜な」

「ちょ、ちょっとノア君!?」

「おい正気か、ノア!?」


 二人が慌てた様子で声を荒げる。


「ほう、逃げないのか」

「どうせ勝つ試合だ、逃げる意味もない」

「……相変わらず口だけは達者だな、平民。力の差ってものを見せてやる。今夜貴様の数々の無礼を詫びさせてやる。地面に這いつくばり、靴を舐め、床に額をすり付けて俺が許しを与えるまでこき使ってやる」

「趣味悪いなあ、俺だったら他人に靴を舐められるとか死んでも嫌だけどな。変態か?」

「…………絶対殺す。今夜だ、訓練場に来い。逃げるなよ、平民!」

「俺が勝ったらとりあえずノア様とでも呼んでもらうか」

「はっ、精々有り得ない妄想でもしていろ」


 そう言ってルーファウスは目を血走らせ、俺達の元を去って行った。


 面倒くさいことになったが……早速対人戦を経験できるのは悪くない。

 さすがにガンズより上ということは無いだろうが、数をこなすのは大事なことだ。恐らく授業じゃかなり魔術の加減を要求されるはず……非公式だからこそ出来ることもある。


「おいおい、いいのかよノア。入学早々問題だぜ?」

「そうだよノア君。あんな誘いに乗らなくても……」

「大丈夫だろ。あいつだって入学を不意にしたくねえはずだ。負けたとしても決闘したなんて騒がねえだろ」

「そうかも知れねえけどよ……お前、本当に勝てるのか? 何だかんだ言ってアンデスタ家ってのは貴族の上に魔術の名家だぜ? さすがにノアでもまだ……」


 アーサーは不安そうに俺を見る。


「任せておけよ。俺が負けるなんて有り得ねえからよ」

「まあ、お前がそう言うなら俺はこれ以上止めねえけどよ……確かにあの野郎の言葉は許せねえ、平民をバカにしたあの態度は俺もムカついたしな」

「どっちかというと試験の時からルーファウスさんはノア君を目の敵にしてたからね……。ノア君が負けることは無いだろうけど……」

「ノアに対して凄い信頼だな……」

「私はノア君の強さをこの目で見てるからね。アーサー君もきっとびっくりするよ」

「ニーナちゃんがそこまで言うとは……そりゃ少し楽しみだな。俺は嫌だぜ、入学早々ノアが自主退学とか」


 そう言ってアーサーは肩を竦める。

 知り合ったばかりの俺をここまで心配してくれるとは……なかなかいい奴かもしれん、アーサーは。


「ま、全部今夜わかることだ。とりあえずクラス分けでも見てこようぜ」

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