第11話 入学式

「準備はどう? ノア」

「まあ……」


 俺は白と黒を基調としたシンプルな制服に袖を通す。

 上から羽織る黒色のローブも、サラッとしていて高品質だ。


 シェーラは俺のネクタイをぎゅっと締め直し、うんうんと頷く。


「似合ってるわよ」

「そうか? 制服ってのは少し堅苦しいな……」

「いいじゃない、数年の辛抱よ。期待してるわよ」


 そう言ってシェーラはニッコリと笑う。

 魔女の微笑み……そんな言葉がしっくりくる顔だ。


「わかってるよ。ま、任せておけよ。期待通りの結果を出してきてやるさ」

「さすが私のノア。ローズウッドの端から応援しているわ」



 受験から半年後――。

 俺は当然の如くレグラス魔術学院への入学を決めた。


 正直、冒険者業を休業しての半年間は本当に暇だった。特にすることもなく、シェーラとのんびりと森で過ごす日々。お陰で逆にレグラスへの入学が待ち遠しくなるほどだった。


 だがそれも今日まで。

 俺は今日からレグラス魔術学院生となるのだ。一体どんな魔術師がいるのか……シェーラの期待している程の対人経験が積めるのかは疑問だが、受かったからには全力で。


 それに、またニーナと会うのも楽しみだ。親の説得が上手くいってるといいが。


「寂しくなるわね。レグラスは寮制だから」

「そうだな。たまには王都に来てもいいぞ」

「遠慮しておくわ。私、王都は嫌いだから」

「まだ嫌いだったのか」


 シェーラはコクリと頷く。


「ま、たまには帰ってらっしゃい。待ってるわ」

「あぁ、気が向いたらな」

「照れちゃって、よしよし」


 と、シェーラは俺の頭をワシワシと撫でる。


「……よせよ」

「いいじゃない、しばらく触れないんだから」

「ったく……。――それじゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい、ノア」


◇ ◇ ◇


 ――王都ラダムス、レグラス魔術学院。


 入試の時に説明を聞いた大講堂に、総勢90名の新入生が並ぶ。後ろの座席には、更に多くの上級生たちがどんな新人がいるのかと目を光らせ俺たちを見下ろしている。


 新入生の列の前方には、赤い髪をした少女の姿。そしてその左の方には、背の低い金髪の少女の頭が左右に揺れている。どうやらニーナとクラリスは共に合格しているようだ。それに……。


 俺は右の方に目をやる。そこには、金髪の少年……ルーファウスだ。

 口だけではなく、一応合格出来るだけの実力はあったようだ。


 と、不意に肩にポンっと手の感触を感じる。


「よっ! あんた、名前は!?」


 そう隣の男が俺に声を掛ける。紺色の髪をした、少しだけ俺より背の高い少年だ。


「……ノア・アクライトだ」

「ノア! いい名前だねえ。俺はアーサー・エリオットだ、よろしくな」

「あぁ、よろしく」

「いやあ、俺あんまり知り合い居なくてよ、心配だったんだが……あんたも――ノアも一人みたいだったから声かけちまったよ」

「貴族の知り合いはいないのか?」

「いやあ、俺は貴族じゃなくて魔術の名家ってだけだ。ま、それも名家だったのは遠い過去だけどな。今や没落した名家って訳」


 そう自虐的に言い、アーサーは笑う。


「そのわりに、この学院に合格出来てるじゃねえか。お前自信はエリートには違いないんだろ?」

「へへ、まあな。俺は一族の名をもう一度有名にしてえのよ。そのための足掛かりだな、この学院は」

「そういうもんか……別に一族とか考えたこともないな」

「ノアは名家――じゃねえな。アクライト家なんて聞いたことねえや。貴族か?」

「いや、俺は平民だ」

「平民!?」


 アーサーは思った以上に大声を出してしまったようで、慌てて口を抑える。


「まじか……」

「どうした? お前も――」


 またか、ルーファウスと同じタイプの人種。

 ――かと思ったら、アーサーは興奮した様子で目を輝かせ、俺の肩にバンっと手を乗せる。


「すげえよ! 平民なのに受かっちまうとか……どんだけすげえんだよ!」


 な、なんだこいつ……。


「随分な熱の入りようだな……平民が珍しいのか?」

「そりゃもちろん、平民で魔術を使えるってだけでも珍しいが……まさかレグラス魔術学院に受かるなんてそうそういねえぜ!? 名家・貴族に生まれて、生まれてからずっと魔術を学んでても合格出来ない奴が殆どだってのに……」

「ま、俺は天才だからな」

「ひゅ~言うねえ! いいねえ、俺はノアみたいな奴好きだぜ。それに、俺達は似てる!」

「似てる?」


 アーサーは頷く。


「没落した名家を復興させたい、言わば名家底辺の俺。そして、平民出なのに強者蔓延る魔術学院に乗り込んだお前。下克上って構図は一緒だろ?」

「まあ……外から見ればそうかもしれねえけど」

「つまり俺たちは志を同じくした同胞だ! 俺達でこの学院のトップを目指そう! よろしく頼む!」


 そう言ってアーサーは俺に握手を求める。

 何かすげー熱い奴だな……。まあトップを目指すことは既定路線だし、変に向上心のない奴と知り合いになるよりはましか。


 俺はアーサーの手を握り返す。


「あぁ、よろしくな」

「へへ、いいね。同じクラスになれるといいな」

「そうだな」

「おっと、始まるぞノア」


 壇上に、左から一人の白髪の男が歩いてくる。

 歳を思わせないしっかりとした足取り。鋭い目つきはまるで歴戦の猛者のようだ。


 瞬間、さっきまでざわざわとしていた大講堂が、水を打ったように静まり返る。


 男は中央で立ち止まると、ゆっくりと口を開く。


「――おめでとう、諸君」


 そう言いながら、男はパチパチと手を叩く。


「私はユガ・オースタイン。レグラス魔術学院の学院長だ」


 こいつが、学院長……。

 レグラスの学院長は有名だ。六賢者の一人で、魔術師で知らない者は居ない。彼の存在が、レグラス魔術学院の評価を高めていると言っても過言ではない。


 それを知ってか、周りのユガ・オースタインを見る目も真剣だ。


「我がレグラス魔術学院は至高の魔術師育成機関だ。その教育方針は徹底した実力主義……。いかに戦いの中で魔術を活かすか、その点のみに特化している。そのため、入試は実技のみ……魔術の実力が既に一定以上備わっている者だけに門戸が開かれた選ばれし者だけの学院だ」


 ユガ学院長は俺たちの顔を見回し、続ける。


「そのために様々なカリキュラムを用意している。学年別での対人戦に始まり、学院全体での戦い、さらには他校との交流試合。これは我が校の選抜メンバーで挑む戦いだ。無論負けることは許されん。……他にもある。諸君はこの学院に入学した時点で、B級相当の冒険者と同等の権利を持つ。我が学院でクエストを受注し、実戦形式での訓練を積むこともある。魔術を戦闘技術として扱うカリキュラムがとにかく多い。それもこれも、諸君を立派な魔術師として独り立ちさせるためのものだ」


 完全に実践的な戦闘魔術に特化したカリキュラムか。

 貴族・名家が多いだけはある。基礎は完璧な連中が揃っていると言う訳か。


 シェーラの言った通り、対人経験を積むのには持ってこいの環境のようだな。 


「……――この学院に入学したからには、その重みと栄誉をしっかりと受け止め、相応の行動と活躍を期待している。我が校の生徒として無様な恰好だけは晒すな。以上だ。ようこそ、レグラス魔術学院へ」


 言い終わると、雨のような拍手が起こり、ユガ学院長は壇上を後にする。


 学院長の言葉を聞き、周りの新入生たちはより一層気を引き締めたようだ。


 ようは魔術師として活躍しろってことだろ? そりゃ俺がシェーラから課された課題と一緒だ。


 期待に応えるとしますか。



 そうして、入学式はしばらく続いた。


◇ ◇ ◇


「いやあ、いきなり熱くなること言ってくれるねえ、学院長は!」

「そうだな。あれで一気にやる気が出た奴が多そうだ」

「だよなあ。くう、俺も絶対在学中に伝説を残して見せる!」

「俺を倒せば後々伝説になれるぞ」

「ハハ、おもしれえこと言うな! ……冗談で言ってるんだよな?」

「さあな」

「ノア君!」


 そう声を掛けてきたのは、赤髪を上下にフワッと揺らしながら走り寄ってくる少女。ニーナ・フォン・レイモンドだ。


 俺達と同じく白黒を基調とした制服に身を包んでいる。一つ違うところがあるとすれば、スカートだというところくらいか。


「おう、ニーナ。やっぱり受かってたな」

「うん、お陰様で! それもこれもノア君のおかげだよ」

「爺さんに関してはそうだが、受かったのはニーナの力だろ。親は説得できたみたいだな」

「うん。まあちょっと半ば強引って感じだったけど……無断ではないよ!」


 いいんだか悪いんだか……まあここにいるってことはそれほど心配もいらないんだろうが。


「ハル爺もノア君によろしくって」

「あの爺さんが?」

「うん。きっとあの小僧も受かっているはずだー、って言ってたよ」

「へえ。気絶させたの根に持ってなかったのか」

「あはは、ハル爺はそんな器小さくないよ。普段はすごい優しいんだから」

「そうか――って、おい何でそんな唖然とした表情してるんだアーサー」


 アーサーは何が起こっているのかわからんと言った様子で、わなわなと震えている。


「いやいやいや……おかしいでしょ……」

「どうした?」


 アーサーは俺の肩に腕を回し、強引に引っ張りこむと小声で俺に語り掛ける。


「おいおいおい、どうなってんだよ!?」

「どうなってるって……何がだよ」

「ニーナ・フォン・レイモンドって……公爵家のご令嬢じゃねえかよ!!」

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