第10話 冒険者本部
王都ラダムス、南西部。
レグラス魔術学院とは丁度真反対に位置する場所にある巨大な建物。
冒険者ギルドの総本山、冒険者ギルド本部。
国内各地区にある冒険者ギルドの支部、その全てを統括している。S級冒険者は全員冒険者ギルド本部の所属となる。
「おい……あの仮面……」
「"雷帝"……!」
「初めて見るな、どうせ最年少の色眼鏡だろ?」
「以前おれは奴の戦闘現場を目撃したが、ありゃあS級どころじゃねえぞ」
口々に噂する声が聞こえてくる。
内容は俺の実力を好意的に捉えているものから、逆に懐疑的なものまで様々だ。
冒険者本部でもローウッド支部と反応はさほど変わらないな……。
ただ支部よりも情報は広まっているようで、俺のこの姿を見ただけですぐに"雷帝"だとわかった者が殆どのようだ。
「ふん、ローウッドの"雷帝"か……。随分な人気じゃあないか」
「……誰だ?」
声を掛けてきたのは、手に金銭の入った袋を持った、大剣を抱えた黒髪の男だ。
片方の目が前髪で隠れ、その顔はどこか自信に溢れている。
「あらら、俺のことは知らないっと……。俺はキース。巷では"竜殺し"って呼ばれてる。お前さんの"雷帝"みたいにな」
「ほう……ということは、あんたもS級か」
「おいおい、"竜殺し"を知らないとかマジか!?」
キースは名を告げてもなお俺が知らなかったことに驚愕したのか、大げさに身体を仰け反らせて見せる。
「悪いな……。だが、"竜殺し"、覚えておく」
キースは肩をすくめる。
「なあに、別にいいさ。お前さんみたいに最年少とか最速とか、そういう箔が付いてるわけじゃねえからな。知らなくても無理はない」
「……そうか。すまん」
「おいおい、謝るなよ……なんだかこっちが小物みたいじゃねえか。俺はお前さんが最年少だろうが最強の魔術師だろうが、"最強のS級冒険者"の座を譲る気はねえぜ?」
「お、おい……キースとヴァンが話してるぞ!」
「S級のキース!? おいおい、とんだ大物が出てきたな。キースも"雷帝"に一目置ているのか!?」
どうやらキースもかなりの有名人のようだ。
ニーナにでも聞いたら知ってると即答しそうだな。……まあこいつは魔術師ではなさそうだが……。
「まあなんだ、ここにいるってことはお前さんも本格的に王都に腰を据えてSS級を目指すんだろ? 悪いが、先にSS級に上がるのは俺だぜ? ――ま、切磋琢磨出来る仲間が増えたのは素直に喜ばしい。これからよろしくな」
そう言ってキースは俺に右手を差し出す。
これは、そういうことか。
「……よろしく、と言いたいところだが」
「なんだ、あくまで一匹狼ってか? お前さんの主義を否定するつもりはサラサラないが、握手くらい良いだろ? 何があるか分からないのが冒険者業界の常だ。普段はソロでも、仲間が居ることに損はない」
「いや、そうじゃなくてな……俺はSS級を目指すために本部に来たわけじゃなくてだな」
「?」
「――冒険者業の休業申請に来たんだ」
「は…………はあああああ!?」
キースはがっくりと肩を落とし、呆れた様子でギルド本部を後にした。
どうやら俺のS級参戦をかなり楽しみにしていたらしい。
悪いことをしたが、まあ仕方がない。
「ヴァン様、こちらです」
「あぁ」
俺は受付嬢に案内され、ギルド本部の奥にある豪華な一室に通される。
奥の机には、金髪の美しい女性が座りこちらを見つめていた。
冒険者ギルド、ギルド長――コーディリア・シュバリオ。
「お前が"雷帝"か」
「あぁ」
「まったく、うちからの誘いを蹴り続ける冒険者何て前代未聞だぞ。ようやくS級になって王都に来たと思えば――」
コーディリアは俺が先ほど提出した紙切れをヒラヒラと机に落とす。
「冒険者業の休業申請……まったく、バカにしてるのかね?」
「そんなつもりはない。他にやることが出来た。何も永久的な休業じゃない」
「はあ……。現在我が国のS級冒険者は32名。SS級冒険者は7名……決して多い訳じゃない。君の実績は聞いている。レッドドラゴン単独討伐、レイシ村の単独防衛、変異体ゴブリンの群れの掃討、ランカの森のアラクネの討伐、エトセトラ……数えきれないほどの偉業の数々だ。本音を言えば、君を今休業と言う形で手放すのは非常に心苦しい」
そう言って、コーディリアは深くため息をつく。
よほど俺の力を当てにしていたと見える。
「……実を言えば既に君を指名していた貴族は沢山いる。富豪や名家なんかもな。もちろんA級だったから規則にのっとり断ってはいたが、S級になったと聞きつけて大量の依頼が舞い込んでいる」
「それは申し訳ない。すぐ休業申請すればよかったんだが、いろいろと野暮用があって遅くなった。彼らの依頼は丁重にお断りしてくれ」
「君は本当怯まないな。相手がギルド本部長とわかっていても自分を貫けるとは、大した器だ」
「そう言う性分でな」
コーディリアは髪をかき上げ、ゆっくりと腕を組む。
「議論の余地は?」
「ない」
「――……ふぅ。君を説得するというのは大分骨が折れそうだな。まあいい。無期限じゃないと分かっただけでも収穫だ。休業申請、受理しておこう。ただ、もし危機的な何かがあれば力を借りるかもしれない。それは承知しておいてくれるか?」
「……わかった。余程緊急の要請があれば、招集に応じる――かもしれないということは明言しておく」
「やれやれ……了解した。君がどこへ寄り道するかは知らないが、出来るだけ早く戻ってくることを期待しているよ」
◇ ◇ ◇
無事休業申請を終え、俺はギルド本部を後にする。
これで俺は今日から冒険者ではなくなる。長い間この姿でクエストをこなしてきた。しばらくはこの格好をしないと思うと不思議な気分だな。
俺はギルド本部から近い路地に入ると、人気のない場所で仮面を外す。
傷や汚れの付いた仮面を見つめ、少し感慨深くなる。
「ふぅ……長い間ご苦労だったな。俺が復帰するまで待っていてくれ。またつける日が来るだろう――」
とその時、背後に人がつけてきているのを感じ、俺は仮面を再度装着する。
「……何者だ?」
「! あ、えっと……ヴァ、ヴァン様……!」
「なんだお前は?」
「は、はい! あの、えっと……」
振り返ると、そこに立っていたのは一人の少女だった。
金髪のミディアムヘア、少し小柄だが、身体の成長は著しい。
歳は俺と同じくらいか。
「わ、私、クラリス・ラザフォードと言います……! A級冒険者です!」
同い年くらいでA級……なかなかの逸材だな。
俺がS級になったタイミングでA級になったか?
「A級冒険者が何の用だ? 路地まで俺を付けてくるとは」
「す、すいません! 誤解です! えっとその……私は……ヴァン様のファンです!!!」
クラリスはぎゅっと目を瞑り、勢いよくそう言い切る。
「ファン……?」
「はい……! ヴァン様は私の憧れです!」
「そ、そうか」
「あの、握手して貰っても……」
「あぁ」
俺はさっと手を出し、クラリスと握手をする。
クラリスは光悦した表情でしっかりと握手を味わい、幸せそうな笑顔を浮かべる。
「も、もういいか……?」
「あ、は、はい! えっと、ありがとうございます……! 本部で見かけて、もう会えないかもと思って追いかけて来ちゃいました」
「もう会えない?」
どういうことだ?
俺が休業申請をするということはキースと本部長にしか話してないはずだが……。
「はい……。私、ちょっと伸び悩んでまして……この度魔術学院で学びなおそうかと……」
まさか……。
「レグラス魔術学院?」
「はい。一日も早くヴァン様に追いつきたくて……! 肩を並べたくて! 少しでも学院で学べば追いつけるかもって! 冒険者でこれ以上の成長は見込めませんでしたから」
「…………」
「あ、ヴァン様には魔術学院なんて下らないと思うかもしれないですけど……」
「そんなことはないが」
「やっぱりいい人ですね。本当に尊敬してます……!! あの、また次会えたら……そ、その……ハ、ハグを……」
「…………」
「あ、や、やっぱいいです!!」
クラリスは顔を真っ赤にしてあせあせとテンパりだす。
何だ一体……完全な崇拝者だな……。そんな活動をしてきたつもりはないが……。
「とにかく、あえて良かったです」
「あぁ。それなら良かった」
「はい! それでは私はこれで……ずっと応援してますから!!」
そう言ってクラリスは走って去って行った。
彼女も魔術学院を受験したのか……A級ということは落ちてることは考えにくいな。
……面倒なことにならないといいが。
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