第9話 風の精霊

「最年少S級冒険者……実力は確か――いや、それ以上か。まさか次は魔術学院とはな。冒険者業は?」

「休止するつもりだよ。この後本部に行って休業届け出してくるつもりっす」

「まあ、それが良いだろうな。君のことは俺達S級の中でも噂になっていたよ。とんでもない逸材がいるってね」


 ガンズは腕を組み、やれやれと溜息をつく。


「冒険者の道を逸れて魔術学院か、一体どんな目的が――……いや、意図までは聞くまい。冒険者だということが広まるのも何かと不便だろう。その点は黙っておいてやる。仮面をつけて活動していた訳だしな」

「そりゃどうも」

「だがしかし、そうか…………S級の仕事が少し楽になるだろうと期待していたんだがな、こりゃまだまだ忙しそうだ」


 そう言ってガンズは乾いた笑いを漏らす。


 どうやらS級冒険者というのは忙しいらしい。

 人数に対して依頼数が多いのか。S級になると国外での活動も増えると聞く。やはりS級になるとより一層冒険者に専念することになり、それ以外のことには時間が取れなくなるのだろう。


「その口ぶりからして、俺は合格ですか?」

「いや、この場ではそういうことは言えない決まりになっているが……君なら落ちる方がどうかしているな。担当魔術師が俺じゃなくてもそう言うだろうな。それだけ桁外れさ。さっきは君に失礼なことを言って悪かったね。君の発言も、俺が油断して加減すると逆にこちらが怪我をすると思って忠告してくれたんだろう?」

「……ま、そういう事にしておいてください」

「ははは、そう思わせてもらうよ。君の名が……"ヴァン"ではなく、ノアの名が俺の耳に聞こえてくるのを楽しみにしているよ」



 こうして俺の試験は終わった。

 とりあえずは合格かな。まさかS級冒険者が担当魔術師とは驚いたが……S級と言っても所詮はこの程度か。昼間の爺さんと同等か少し上と言った感じか。ガンズがどれくらいの位置にいるS級なのかにもよるが……まあ試験の場ではないガンズがどれほどか分からないから、一概には言えないが。


「次は……ニーナ・フォン・レイモンド。前へ出ろ」

「は、はい!」

「頑張って来いよ。期待してるぜ」


 ニーナは俺の方を振り返り、ゆっくりと頷く。

 さて、お手並み拝見といこう。公女殿下の力、見せて貰おうか。


「さあ、いつでもかかってくるといい」

「行きます……!」


 ニーナは腰の本を開くと、パラパラパラっと捲りだす。

 そしてとあるページで止めると、魔法陣が展開される。


 あの本……魔本か。


「"契りは楔、繋ぎ止めるは主従の盟約。血と魔素、八の試練。今、主従の盟約に準じ、我が召喚に応えよ"……風の精霊――シルフ!」


 瞬間、吹き荒れる風と共に、魔本より姿を現したのは、風の精霊シルフ。

 手のひらに載るほどの小さいサイズだが、その存在感は圧倒的だ。


『フォォォォォ!!!』


 羽をはためかせ、翡翠色に光る身体から風を発生させ続ける。


「ほう、珍しい……召喚術か」

「行くよ、ルーちゃん!」


 召喚術……契約したモンスターや精霊を我が物とし、自在に操る魔術。かなり珍しいものだ。契約自体も困難な上に、それを行使するのもなかなか難しいと聞く(とシェーラに教えられた)。


 ニーナが召喚したのは、風の精霊シルフ。風魔術を使うガンズにはうってつけの精霊だ。


 その風の加護でガンズの風魔術を相殺し、ニーナはガンズへと肉薄した。


 なかなかの実力だ。接近戦は弱いが、契約したモンスターが強ければ強いほど力が上がる。これからに期待だな。恐らく、ニーナも合格だろう。召喚術師を手放すようなことはしないはずだ。



 そうして俺たちのグループの試験が全て終わり、外に出たころには既に陽は地平線の向こう側へ落ちかけていた。


「ん~~~! 疲れたあ!」


 ニーナはぐーっと背筋を伸ばし、気持ちよさそうに声を上げる。


「お疲れ。召喚術は精神も魔力も使うだろ?」

「ん~まあね。特にルーちゃん――シルフは結構高位の精霊だから、魔力ごっそり持ってかれちゃうんだ。とっておきだったから、試験のために結構前から魔力温存してたの。ハル爺から逃げるのに使ってたらきっと召喚失敗してたよ。そういう意味でもノア君に感謝だ、ありがと」


 そう言って、ニーナは笑顔を浮かべる。


「そうか、そりゃよかった」

「それにしても……」


 ニーナはグイと俺に詰め寄る。


「ノア君…………強すぎるよ!! どうなってるの!? あのS級冒険者を相手にあそこまで追いつめたのなんてノア君だけだったよ!?」

「はは、他の奴らが不甲斐なかったのさ」

「そうかもしれないけど……正直あのままやってたらノア君が勝ちそうだったような……」

「ま、俺は最強だからさ。そういう事もある」

「何かそのセリフもノア君だったら冗談じゃなくて本気で言ってそうに聞こえてきたよ……」


 まあ本気で言ってるんだけどな。


「ガンズさんと何話してたの?」

「色々とな」

「ふーん……でも良かった、少なくともノア君は合格だろうね」

「だろうな。ニーナもきっと合格だぜ? あれだけ上手く召喚できる召喚術師は貴重だからな」

「だといいなあ。お姉ちゃんに早く追いつかないといけないし」

「そうか」


 姉か……貴族もいろいろ複雑そうだな。俺には関係のない話だが。


「とにかくありがとね。試験が受けられたのはノア君のお陰だよ」

「気にするな。暇だったから手を貸しただけだ」

「はは、そういうところがノア君らしいね。でもさすがにお礼はしないと……どうしよう」

「いらんいらん。別に俺に欲しい物なんてないしな」


 するとニーナはぶんぶんと首を横に振る。


「さ、さすがにそれは無理だよ! 恩はちゃんと返さないと、私が納得できないよ」

「律儀だなあ……つってもなあ、金も物もいらないしなあ」


 冒険者業でたんまり金は溜まってるし……。


「そうだな、じゃあ友達になってくれよ」

「え、そんなのでいいの?」

「あぁ。俺って同年代の知り合い居ないっつうか、友達ゼロだからよ。まあ一人くらいいてもいいかなって」

「えぇ、そんなお願いしなくてももう私達友達だよ!」

「いいじゃねえか。公爵家の友達ってのも面白い」

「ノア君が言うと打算的って感じがしないから不思議だよ……でもわかった、友達ね!」


 そう言ってニーナは俺の手を握る。


「よろしくね、ノア君。合格出来たら一緒に頑張ろう!」

「あぁ。魔術学院に入学したらよろしくな」

 

 

 こうして、俺のレグラス魔術学院の入学試験は全て終わった。


 俺はニーナとまたの再会を約束して別れ、試験とは別のもう一つの目的を達成するべく、冒険者本部へと向かった。

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