第8話 魔剣と雷

 俺とガンズは一定の距離を保ち動かない。今までとは違う静かな立ち上がり。

 周りは固唾を飲み、俺達の様子をじっと見つめている。


「……動かないのか?」


 痺れを切らし、先に口を開いたのはガンズだった。


「そんな無防備に立っていたら、いつでも斬りかかってこいと言っているようなものだぞ?」

「そう言ってるんだよ」


 俺の発言に、ガンズは拍子抜けを食らったようにポカンとした表情を浮かべる。


「……どうやら君に感じた気概はただの無知から来るものだったようだ。今までの私と受験生たちとの戦いを見て何の危機感も感じられなかったとは」


 ガンズは溜息をつき、首を振る。

 完全に俺を興味の対象から外したようだ。


「君みたいな受験生は多く見てきたよ。自分の力を過信し、相手を侮り、そうやって舐めてかかってきた奴を山ほどね。そういう所が、他の貴族・名家から平民が蔑まれる理由でもある。貴族・名家は生まれたときより魔術を叩き込まれる。魔術師に成るために生まれてきたと言ってもいい。もちろん、全ての貴族がと言う訳ではないが……周りも比較的魔術師が多い。そんな荒波の中でもまれてきた彼らが、弱いわけがない。一方で君たち平民は周りに魔術師が居ないことが殆ど……そんな中で自分の力を過信し、万能感に浸るのは仕方のないことだが、競争無きものに成長はない。だから――…………何を笑っている?」


 ガンズは言葉を切り上げ、俺の顔を見る。


 俺は自分でも気づかぬうちに、その話を聞いて頬を緩ませ笑ってしまっていたようだ。俺はそっと口を手で隠す。

 

「――いや、平民だ貴族だいちいち五月蠅い奴だなと思ってね。試験の担当魔術師ってのは皆そうなのか?」

「何?」

「大人しくかかってこいって言ってるんすよ、。出自で相手を見る何て三流のすることだぜ」


 俺の言葉に、ガンズは無精ひげを撫で、深くため息をつく。


「言葉が過ぎるな、ノア・アクライト。……わかった。受験生には多少魔術を見せる時間を与えるために敢えて最初に攻撃させてきたが、それほど自信があるというのならこちらから攻撃してやる。後悔しても遅いぞ」

「いいね、ワクワクしてきた」

「その自信――――本物か見せてもらうぞっ!!」


 瞬間、ガンズの魔術が発動する。

 俺の身体を引き寄せるように、後方から猛烈な追い風が吹く。周囲の風の操作……シンプルな風魔術!


 近づいて欲しいなら、望み通り近づいてやる。


 俺は風の勢いに逆らわず、ガンズに向かって走り出す。


「フンッ!!」


 ガンズの剣が半月状の軌跡を描き、俺の首目掛けて飛び込んでくる。

 明らかに殺意が籠った刃……意外に沸点低いな、この人。


「――"スパーク"」


 瞬間、俺の手から発せられた電撃が、ガンズの剣を弾き返す。


「なっ……!?」


 それだけではとどまらず、スパークの勢いに押され、ガンズは大きくその身体を仰け反らせる。


「ぐっ……! おいおい……何だこの威力……!」

「どうした? ただの単純な魔術だが」

「…………」


 ガンズは少し自分の剣と手を眺め、痺れたのか手のひらを何度も握り直す。


「……なるほど。口だけじゃないようだ。シンプルな雷魔術だが、威力は他の雷魔術の使い手とは比較にならない……まったく、油断ならないな」


 そう言って、ガンズは持っていた剣を鞘に戻し、腰の左に携えた剣に手を掛ける。


 さすがS級と言ったところか……あの一撃で俺と他との差を明確に理解したか。実力は確かみたいだな。本気でくるか。


「俺が間違っていたみたいだ。お前は強い……お望み通り、魔剣を抜いてやる」

「はは、いいね。見せてくれよ、その力」

「――起きろ、魔剣"シュガール"。嵐の時間だ」


「魔剣……!」

「うそ、ガンズさんがシュガールを……!?」

「あの受験生何者だ!?」


 一気にざわつく会場。


 ガンズはゆっくりとシュガールを鞘から抜く。

 一気に空気が変わる。

 その剣は、一見して普通の剣だが、剣の周囲の景色がどこか


 あの剣の周りは……。


「行くぞ、ノア・アクライト」


 ガンズの目からは、さっきまでの評価する側という余裕は消えていた。


 ガンズは剣を縦に構えると、静かに目を瞑る。

 周囲の風が、魔剣に巻き付くように流れ込む。


「ハアアアァア!!」


 瞬間、ガンズがその場で振りぬいた魔剣から、竜巻が発生する。

 竜巻は床を剥がし、周りの物を巻き込みながら一直線に俺へと突き進む。


 激しい風と、鼓膜を突く音。


「見せてもらおう、ノア・アクライト!! 打ち崩してみろ……!」

「なるほど、それがあんたのとっておきか」


 俺は竜巻に向かって手をかざす。

 向かい風が俺の髪やローブを後方へとはためかせる。


 頭上に、巨大な二重魔法陣が浮かび上がる。


「こ……れは……ッ!!」

「――"サンダーボルト"」


 次の瞬間、魔法陣より発せられた三本の雷。

 激しい雷鳴を轟かせ、目がくらむ程の閃光を放ちその場にいる全員が顔を逸らし目を瞑る。


 竜巻は一瞬にしてかき消され、走る稲妻がガンズを襲う。


「ぐっ……!! ぬおぉぉおお……!」


 地面の焦げ付いた匂いと、立ち昇る大量の煙。

 普通の魔術師なら反応も出来ずに即死レベルの魔術だが……この男なら防ぐだろう。そうでなきゃ困る。仮にもこの俺を評価するというのなら尚更な。


 ゆっくりと煙が晴れると、そこには片膝を地面につき、魔剣で身を守るガンズの姿があった。


「バカな、この魔術……ただの受験生じゃない! 雷魔術の極致……! こんなの誰も……――いや、確かはお前達とは同学年だった……まさかお前……お前が、"雷帝――」

「おっと、ガンズさん。……今の俺は、ただの平民、ノア・アクライトなんで」


 俺はそっと唇に指をあてる。

 ガンズは察したのか、短く息を吐く。


「――そうか。それなら納得だ。この俺に膝を付けさせ、シュガールをも正面から押し切るとはな」


 ガンズが左手に持つそれは、一見して普通の剣だが、よく見るとその刃の周囲が高速で蠢いているのが分かる。恐らく、風の魔術が高速で発動し続けているのだ。あれはあの剣という小ささにして、それ一つで嵐とでも呼ぶべき剣となっている。


 あれで俺の"サンダーボルト"を切り裂いたと言う訳か。普通なら今頃黒焦げで転がってるはずだ。


「まだ見ます? 俺の力」

「…………いや、止めておこう。もう十分君の実力は分かった」


 ガンズは魔剣を鞘へと納める。


「仮にも俺は評価する側でね。他の受験生にこれ以上の醜態をさらすわけにはいかないのさ」

「なるほどね」

「この続きはまたいずれどこかで……な」

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