第7話 S級魔術師の知名度

「ごめんね、ルーファウスさんが変な絡み方して……」

「何が? 別に気にしてないぜ? ああいう貴族が居ることも知ってるしな」


 俺の言葉に、ニーナが僅かに目を見開くと、少ししてフフっと微笑む。


「……そっか。そうだよね、さすがノア君だなあ。私が公爵家の人間だと知っても――」

「何も変わらねえよ。まあさすがに驚いたけど……。敬語で接しなさい、さもないと首をはねますっていうなら敬語にするけど」

「そ、そんなこと言う訳ないでしょ!」

「だろうな。ニーナはそういうタイプじゃねえよな」


 まあ裏を返せば、それで公爵家としてやっていけるのかって気もするが、いい奴だってのは間違いないな。


「あはは、良かった。ノア君は想像通りの人だね。まあ、ちょっと挑発しすぎな感じはするけど……いくらノア君が強くても敵を作るのはあまりよくないよ……誤解されたりするし」

「悪い悪い、今度からは気を付けるよ」

「うん! でも本当ノア君と知り合えてよかったよ」

「なんだそのお別れの言葉みたいなのは」

「そう言うつもりじゃないけど……とにかく試験頑張ろう!」

「あぁ」


 訓練場内には、約三十名程の受験生たちが壁際に並んでいた。

 どいつもこいつも高そうなローブや服を着ており、貴族や名家だらけなんだろうと推測出来る。


 全員が全員さっきのルーファウスみたいだとは思わないが……まあ貴族と平民に隔たりがあるのは今に始まったことじゃない。それに、どう思われようがどうせここにいる奴は俺以外落ちるしな。


 ――まあニーナだけは受かってもらった方が嬉しいが。


「いっぱい来てるね……あっ、あの赤いローブを着てるのはゴーレム魔術の名家ゴート家の子……あっちの茶髪の男の子はリュード伯爵家の長男で確か凄い炎魔術を使うとか……うわあ、本当みんな有名どころばかり……」

「へえ、詳しいな」

「ノア君が知らな過ぎる気も……」


「ようこそ、受験生の諸君。俺はガンズ・タイラー。雇われの試験担当魔術師だ」


 前に立つ男が、不意にそう声を上げる。


 黒髪のオールバックに、顎に生えた無精ひげというワイルドな風貌。どう見てもこの学院の教師ではなさそうな見た目だ。この人が担当魔術師……。


 どうやらこいつは有名人だったようで、周りがざわざわとしだす。


「"元騎士"S級冒険者のガンズ……本物だ!」

「すげえ、こんな大物が試験担当魔術師……さすがレグラスだな」

「私ファンなんだよね! サイン貰えないかなあ……」


 "元騎士"、そしてS級冒険者……!


 なんだ、この人も冒険者なのか? それにこの知名度。ここにいるほぼ全員が彼のことを知っていそうな素振りを見せている。もしかしてS級冒険者って結構有名なのか?


「なあニーナ。お前は知ってるか? あいつのこと」

「もちろん! S級冒険者なんて数えられるほどしかいないし、その中で魔術師なんて魔術師の憧れだからねえ。全員名前言えるよ」

「まじか……冒険者って有名な仕事だったんだな……」


 予想外だ……そりゃそうか。こいつらの大半は貴族や名家。S級の指名制を考えれば知名度が高いのは当然か。


 普段B級以下のゴロツキしか見てなかったから意識したことは無かったが、S級以上ともなると話が変わってくるか。


「そう言えば最近私達と同い年でS級になったっていう凄い人がいるんだよ、知ってる?」

「…………知らないな」


 ……俺か?


「その名もS級冒険者、ヴァン!」


 俺だな……。


「その強さから、"雷帝"なんて言われてるんだよ。もし彼が受験しに来たら他の人が霞んじゃうよね」

「へえ……確かに、そんな奴が紛れ込んでたら他は霞んじまうかもな」

「とかいって、実は来てたりして……ふふ」


 そう言ってニーナは楽しそうに笑う。


「さすがに来ないだろ。S級になったんならそのまま冒険者で居た方がいいだろ? その上にSS級があるんだ、わざわざ学院に通うなんて言い出すわけないと思うがな」

「まあ確かにね……残念、ちょっと見てみたかったなあ。でも仮面で姿を隠してるって言うし、こんな公の場には来ないか」


 どうやら"ヴァン"の方は既に知名度がありそうだ。まさかこれほど知れ渡っているとは。ニーナが公女だから特別そういう事情に詳しいってのもあるかもしれないが……。まあ多少は警戒した方がいいか。これから魔術学院で対人戦を磨くのはあくまで"ノア"だからな。


 魔術学院生とS級冒険者。二つの顔を持って置くのは後々使えるタイミングが来るかもしれない。出来るだけこの二つは別物としておきたいところだな。


 受験生たちの囁く声を聞き、ガンズはうんうんと頷く。


「ちらほら俺を知ってる奴が居るみたいだな。光栄光栄。もちろんこれは依頼だからな、俺のファンだろうが平等に試させてもらう。――あぁ、勿論安心してくれ、は抜かない」


 そう言って、ガンズは腰二本ぶら下げている剣のうち、左の剣に軽く触れる。

 どうやらあっちの剣がガンズの切り札……代名詞みたいな物のようだ。恐らくは魔剣の類か。受験生相手には本気を出さないから安心しろって訳か、見くびられてるな。


 ――面白い、ちょっと抜かせてみるか。


◇ ◇ ◇


 ガンズの魔術は実に補助的だった。

 恐らくは風系統の魔術。風の力で相手の動きを誘導し、その場に固定する。その中で絶対に避けられない一撃を食らわせる――それが必勝パターンのようだった。


 体内魔力量はそれほど多くない。持って生まれた魔術式も強力ではない――が、それを上手く活かして剣術へと昇華させている。なるほど、冒険者として優秀……そして元騎士だけあって対人にも応用が利くと言う訳か。器用な奴だ。


 俄然ここまで一回も抜いていないその剣の力、見てみたいな。


「ぐ……身体が……!」

「よっと! 攻撃が単調だぞ? せっかくの魔術が台無しだ」

「――ッ!」


 隙だらけの上段の構えから、余裕しゃくしゃくで剣を振り下ろし、受験生の眼前ギリギリで寸止めする。


 その剣圧で、ブワっと一気に風が吹き抜ける。


「ま、参りました……」

「……うっし、君の実力はよ~くわかった。下がっていいぞ」

「は、はい……ありがとう……ございました……」


 がっくりと項垂れ、受験生はトボトボと俺たちの方へと戻ってくる。

 ありゃ駄目だな、失格だ。


「おいおい……この訓練場が一番難易度高いんじゃないか?」

「もう二十人超えてるのに、誰もまともに魔術当てられてないぞ……」

「うわあ、さっきは喜んでたけど外れ引いたかも……最悪だ……」

「あぁ~兄ちゃんが雇われの担当魔術師に当たったら運が悪かったと思えって言ってたのはこのことか……」


 と、次々と落胆の声が聞こえてくる。


 確かにこの一方的な展開はたとえ左の剣を抜いてないとはいえ少々普通の受験生には可哀想だな。恐らく受験生が多すぎて担当する教師が人手不足故にS級冒険者を雇ったんだろうが……。正直格が違いすぎるな。人気で雇ったのか、相手の力量を測るという戦い方が出来ているようには思えない。本人は至って真面目にやってるのが余計にタチが悪いな。


「ふむふむ……まあエリート校っつってもこんなものか。所詮受験生だしな。暇つぶしになるかと思ったが……。まあいい、次。えーっと……ノア・アクライト」

「が、がんばってノア君! ノア君ならきっと……!」

「余裕だよ、任せておけって」


 そう言って、俺は悠然とガンズの前に出る。


「君は――平民か」

「何か不満でも?」

「はは、不満何てない。平民故のハングリー精神ってのがあるからな。意外と侮れないのさ。……まあ、その逆――つまり所詮は平民ってこともあるのは否定できないけどな。それに……」


 ガンズは少し楽しそうに俺を見る。


「今までの試験を見て余裕とは……いいね、受験生はそうでなくっちゃな。君の力、どれほどか見せてくれよ」

「あぁ、俺はあんたの左の剣を抜かせるぜ?」

「いいね。そこまで俺を追い込もうと言う気概、悪くない」


 ガンズは右の剣を構え、フッと気合を入れる。


「さあ始めよう。戦えば分かるさ。君が本物かどうか」

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