第6話 公女殿下

「さて実技か。ちなみに自信の程はどうなんだ?」

「私? 当然、自信あるに決まってるでしょ! じゃないと親の反対振り切ってまで来ないわよ!」

「へえ、さっきは胃が痛いとか言ってたのによ。あの爺さんから逃げるのに苦労してた奴とは思えねえな」

「…………そ、それは……何というか……気が弱くなっていたというか……」


 と、俺の言葉にニーナは悲しそうにしょぼんと頭をもたげる。


「――あぁもう、悪かったよ。そんな悲しそうな顔するなよ……」

「あはは、ごめんごめん」

「そういや、ニーナの魔術の訓練は独学か? それとも家で何か指導でも受けてるのか?」

「うん、うちには専属の家庭教師が居るよ。ただ、あんまり好きじゃないかな……。何かと姉さんと比べられて……――っていいよこの話は。私は合格するために来たんだから! 余計なことは考えない。頑張ろう、ノア君!」

「? まあいいや、とにかくその意気だぜ。理由はどうあれ俺と関わったんだ、少なくとも合格はしてくれよ」

「任せて、私も助けて貰ったからには絶対ただじゃ起きないから……絶対受かって見せる!」


 そう言ってニーナはグッと拳を握りしめ気合を入れる。


◇ ◇ ◇


 案内通り歩き、試験場へとたどり着く。

 扉が複数あり、扉の上にはそれぞれ文字が刻まれている。


 各受験生たちは予め割り振られた訓練場へと入り、それぞれ実技試験を受ける。

 俺とニーナの会場は、確か一緒だったはずだ。


「えーっとどの訓練場だったっけな」

「んとね、確か受験票に――」


「おや、どなたかと思えばニーナ様じゃないですか」


 その声は俺の後方から聞こえた。

 振り返ると、そこに立っていたのは金髪の少年だった。


「……誰だお前?」

「ル、ルーファウスさん……!?」


 ニーナは驚いた様子で目を見開く。


 ルーファウスと呼ばれた金髪の少年は、薄ら笑いを浮かべて言う。


「何だ貴様、俺に向かって誰だだと? 世間知らずにもほどがある……。お前こそ誰だ、ニーナ様と一緒にいる何て……新しい執事か何かか? にしては態度が酷いな……」

「執事な訳あるか。俺はただの一般市民の受験生だよ」

「は……?」


 すると、ルーファウスと呼ばれる少年は一瞬目を見開き、耐えきれなかったのか身体をくの字に曲げて大笑いする。


「は――……あっはっはっは!! へ、平民!? 貴族ですらないのか! よくこんな神聖なる魔術学院に入学しようと思えたな。平民が魔術をまともに使える訳がないだろ、勘違い野郎か?」

「…………」


 なるほど、この手の輩か……。冒険者時代に嫌と言う程こういう貴族様は見てきたぜ。

 そう考えると、S級になってこいつらのお抱えになるのも考え物だったな。シェーラには感謝した方がいいかもしれん。


「……恐らくこの場に居る誰よりも俺は魔術に長けてるぜ? 多分お前よりな」

「はっはっは! ジョークが得意だな! ニーナ様、さては大道芸人でも雇いましたな? なかなかユーモアのセンスがある男だ」

「本気だぜ? 

「……あ?」


 ルーファウスの顔が、わなわなと震えだす。

 余程俺に呼び捨てにされたのが堪えたらしい。


「おいおいおい……いくら無知だとは言え、ここまでの馬鹿は見た事がないぞ? やはり平民は所詮この程度か……ド田舎で井の中の蛙でいられるのは幸運なことだなあ。本当の魔術という物を知らずに自分が最強だと信じられる。何てお目出度い! 精々お前のしている魔術のお遊びではなく、本物の魔術をその目に焼き付けて帰るといい。受験料が無駄になったな、平民」


 そう言って、もう一度ルーファウスは嘲るように笑う。

 何にも響かねえなあ。プライドだけは一丁前に育ってしまって……どうやらまともな教育を受けてこなかったらしい。


「ニーナ様も、ニーナ様ですよ。こんな下賤な輩を伴っていてはあなたの品格まで下がります」

「ル、ルーファウスさん! 訂正してください! ノア君は凄い人なんですから!」

「おやおや、公女殿下ともあろうお方が平民の肩を持つとは……」

「なるほど、公女でん――公女殿下!!?」


 思っても居なかったワードに、俺は思わず声を張り上げる。


 おいおい、待て待て……どこぞの辺境の貴族だと思ってたら……ガチもんじゃねえか……! 

 公爵ということはほぼ王族……! 貴族の中の貴族じゃねえか……!


「ニーナ……ま、まじ……?」

「あっと……ごめんねノア君。私が公爵家の娘だなんて知ったら引かれるかと思って言ってなかったの……」

「あーっと……あのな、執事の爺さんへの傷害は……」

「それは私がちゃんと言っておくから安心して。悪いようにはしないから」

「そりゃよかった」


 それを聞いて俺はほっと胸をなでおろす。

 嫌だよ俺は、国と全面戦争なんて。負ける気はしないが、厄介ごとを抱えこむにしては楽しさと釣り合わな過ぎる。


「おいおい、公爵家のお嬢様とも知らずにいたとは、本当にただの平民のようだ。ははは、大人げなかったかな? 魔術も田舎流の上、教養まで無いと来た。……ますます君の魔術の実力が見ものだよ。精々試験で恥をかかないことを祈るんだね」

「そう言うお前はどうなんだよ」

「僕かい? 僕はあのアンデスタ侯爵家が次男! 知ってるか? 知らないだろうなあ、魔術の名門にして侯爵! 平民なら僕の顔を見れただけでもラッキーだと思った方がいい」

「へえ、貴族だか何だか知らねえが、実力を聞いて家の名前を出すあたりたかが知れてるな。自分で胸を張れるもんが一つでもねえのかよ、お坊ちゃん」

「なっ……! 貴様侮辱しているのか!?」


 俺は肩を竦める。


「してませんよ、ルーファウス様。あんたにここで会えたのはラッキーだ。その名門貴族とやらが口先だけかどうかわかるんですからねえ。精々頑張ってくださいよ、ルーファウス様。入学式の日、あなたが居なかったら大変だ」


 俺は口角を上げ、ニヤニヤと笑う。

 それを見て、ルーファウスは顔を真っ赤にして激怒する。


「~~~!! 無礼だぞ貴様!!! 僕を一体誰だと――」


 すると、不意に訓練場の扉が開く。


「ノア・アクライト、ニーナ・フォン・レイモンド。居たら中へ入れ。もう開始時間だ」

「おっと、呼ばれたみたいだ。それじゃあな、アンデスタ侯爵家の次男さん。平民が受かって貴族が落ちるなんてことがないといいっすね」

「貴様…………!」

「ご、ごめんねルーファウス君……彼も悪気はないから……」

「いや、あるけど?」

「今そう言うのいいから! わざわざ敵を作らなくてもいいでしょ!」


 俺はニーナに背中を押され、訓練場へと入っていく。


 後方では、扉が閉まるまでものすごい形相でルーファウスが俺を睨みつけていた。

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