第69話 ニーナの戦い
「行け、ルーちゃん……!!」
『フォォォォォ!!!!』
召喚したシルフは、ニーナの魔力を餌に次々と激しい風を巻き起こしていく。
ニーナは慣れた手つきでまるで指揮棒を振るように指先を動かす。その動きに合わせ、シルフは闘技場を縦横無尽に駆け巡り、余すところなくその風を叩きつける。
既に2名の力なき一年生が風の力に負け、その脚を場外の地面へと付けていた。
ニーナは風に吹かれながら、険しい表情で必死にシルフを操る。
歓迎祭へと力を入れると決めたその日から、ニーナは自身の魔力総量の底上げに重点を置いていた。
一般的な魔術師の場合、戦闘においては魔術の使い分けや、魔力のペース配分が重要となるが、召喚さえしてしまえばあとは基本的には指示を出すだけのニーナの場合は、それをそこまで気にする必要がない。だからこそ、召喚術はその価値が高いと言われている。使い用によっては、自身の力量以上の戦いができるのだ。
召喚術師にとって最も大事な才能は何かと聞かれれば、召喚術師たちは(そもそも多くはないが)口をそろえて「契約数だ」というだろう。
召喚術師が他の魔術師に対してもつ最も大きなアドバンテージは、その多種多様な契約対象からなる圧倒的な手札の数が上げられる。それはまるで後だしじゃんけんのように、相手の魔術や戦い方によって、適した精霊・モンスターを召喚すれば良いのだから。
だが、召喚術師としてのもっとも大事な才能と呼ばれるその契約数が、ニーナは姉妹の中で最も劣っていた。だからこそ、ニーナは家族に対しての劣等感を拭えないでいた。しかし、その代わりとしてなのか、ニーナは生まれつき圧倒的な魔力量を有していた。
姉たちが手数なら、ニーナは持続力。
それは、召喚術師達の視点で見れば、手数の多さを補える長所ではなかった。なぜなら、相手に合わせて切る手札を変えるということに比べれば、余程噛み合わない限り一体を出し続けることにあまり意味がないからだ。だがしかし、あらかじめ戦う相手が決まっていて、そしてその対処法が分かっていたとすれば――
「いつまで続くんですかこの風は……!!」
ナタリーは、弓を構えながら苦しそうな表情で愚痴を零す。
「これじゃあ、私の魔術が制御できません……!!」
「私はナタリーちゃんがこのブロックで一番強敵だと思ってたよ」
風に乗り、微かにニーナの声がナタリーの耳に届く。
「じゃあまさかこの風は私への対策ですか!?」
ニーナは、にッと笑う。
もちろんそれだけではない。場外がある以上、風という力は場を制するのに有利に働くと考えていたのだ。
「俺達を無視されちゃ困るんだよなああ!!!」
他クラスの男が、ニーナとナタリーの間に割って入るように飛び出す。
強風の中、バランスを保ちながら片腕をニーナへと突き出す。
「公爵令嬢とか関係ねえ!! こんな風だけで負けて堪るかッ!!」
男の突き出した手から魔法陣が発動し、無数の蔦がニーナへと襲い掛かる。
「召喚術師の弱点は本体! シルフなんざ無視して術者を直接叩けば関係ねえ!!」
拘束を目的とした蔦での攻撃。
だが、冷静に対処すればこの程度の攻撃は訳ない。
ニーナは指先を振ると、周囲を飛び回っていたシルフがニーナの盾となるように飛び込んでくる。
『フォォォオ!!』
次の瞬間、シルフより高速で打ち出された"風"は、目に見えない斬撃となり、今にもニーナに絡みつこうとした蔦達を粉々に切り裂いていく。
「なにっ!?」
そして、その風は一気に男の方へと吹き抜け、制服の上から無数の斬撃を浴びせる。
「ぐぁああああ!!」
そのまま風の勢いと斬撃の威力で男は場外へと吹き飛んでいく。
湧き上がる歓声。珍しい召喚術に加え、公爵令嬢という注目度。ニーナの戦いっぷりは、見るものを楽しませていた。
「ニーナさん……前から思っていたけど、やっぱり凄いですね……。召喚術師が召喚をしないで戦っていた今までの授業自体がおかしかったんですけど……これが本気ですか……!!」
ナタリーは初めてみる召喚術師の戦いに、噂で聞いていた以上の厄介さを感じていた。
◇ ◇ ◇
風による妨害と守りに、ニーナに迂闊に手を出せる生徒はこのブロックには居なかった。最初に風で吹き飛ばされた2名を除き、残りのメンバーでお互いに数を減らし合う。
しかし、弱ったところを見逃さず、ニーナのシルフは追い打ちをかけるように範囲攻撃を仕掛ける。
そうして気付けば一人、また一人と減っていき、最後にその場に残ったのはやはりと言うべきか、ニーナとナタリーの二人だった。
二人は向かい合い、互いの距離を測りあう。
「はあ……はあ……」
ナタリーの息が上がる。
すでに開始から大分時間が経っていた。しかし、召喚されたシルフは消える気配がない。明らかにナタリーにとって天敵であるシルフへの打開策として、ナタリーはニーナの魔力切れを狙っていた。はずなのに――
「なんで……まだそんなピンピンしてるんですか……!!」
「特訓の成果です!」
「そんな馬鹿な……! くっ……埒があきません……"トリプルアロー・エンチャントサンダー"!!」
低い姿勢から放つ、雷撃を纏った三本の矢。
意思を持ったかのように地面すれすれを這い、低空の軌道でニーナに向かう。
風の影響を受けない軌道を選んだ離れ業。繊細な魔力コントロールがなければこれほどすれすれの軌道を描くことは出来ない。ニーナの風の防御と、風の遠距離攻撃。これを掻い潜る。
なるべく風の影響を受けない軌道を見つけ、矢を放ち、そちらへ注意が向いている間に隙を見つけ一気に距離を詰める。勝機は、魔力切れか近接戦闘。しかし、魔力切れを狙う作戦はこのニーナの戦いを見る限り望み薄。残されたのは近接戦闘一択。
ナタリーがすべきことは、ひたすら攻撃の手を緩めず、接近する機会を待つ。
――はずが。
「はあ!!」
「なっ!?」
ニーナは矢をシルフの風で吹き飛ばすと、そのままシルフの風を追い風に一気にナタリーに詰め寄る。
それは完全にナタリーの頭になかった行動だった。完全に不意を突かれていた。授業でもニーナが接近戦を上手くこなしていた姿は見た事がない。
ブラフ!? 召喚術師が近接戦!? 他の狙いがあるんですか……!?
その一瞬の思考が、ナタリーに反撃のタイミングを遅らせる。
気付いた時には、風に乗ったニーナは既にナタリーの眼前に迫る。
「くっ!!」
飛び掛かるニーナの着地を狩ろうと、ナタリーは咄嗟に一歩後退し、下段への回し蹴りの構えをとる。しかし、見透かしたかのような正面からのシルフの斬撃とナタリーの背後からの追い風。
慌てて弓本体で斬撃を弾くも、後方からの風にバランスを崩し、ナタリーはよろけてニーナの前に飛び出してしまう。
ガンズが試験の際に使っていた戦法。
風魔術をサポートに使う元騎士らしい戦い方。まさかニーナがここまで前線に出てくるとは、ノアでさえ予想外であった。
常に一緒にいたノアでさそれなのだから、ナタリーにとってはまさに青天の霹靂。
「いっけええええ!」
ニーナは手に持っていた魔本を閉じると、思い切り振りかぶる。
本の背表紙が、ナタリーの顔面に吸い込まれるように水平な軌道を描く。
「くっ……!」
しかし、ナタリーは咄嗟に腕で顔をカバーし、ニーナの攻撃はナタリーの腕に弾かれる。
――が、バランスを崩したところへの攻撃は完全にナタリーの体勢を崩し切り、ナタリーはズザザッと場外に倒れ込む。
瞬間、大歓声が上がる。
ニーナは、はあはあと大きく息を付き、唖然とした表情で周りを見回す。
その光景に圧倒されていた。
「――終了~~!!! Aブロック勝者は、ニーナ・フォン・レイモンド!!」
本選最初の出場者は、ニーナに決まった。
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