第68話 Aブロック

 レグラス魔術学院の生徒は観客席の南側に集められ、他の観客同様観戦に回る。もちろん、上級生全員が居る訳ではなく、その数は全校生徒には及ばないが、それでも結構な人数が観戦に訪れていた。もちろん、ドマやハルカなど見知った顔も居る。


「じゃあ、先に行ってくるね……!」


 ニーナは少し緊張した面持ちで、俺の目をじっと見ながら言う。

 そっと自身の魔本に手を乗せ、馴染んだ感触に落ち着きを求めているようだった。


「はは、そんな緊張すんなよ」

「で、でも……」


 ニーナはちらりの観客席の方を見る。

 恐らく来ているのだろう、家族が。ここで魔術の力を見せなければと肩に力が入っている。


 俺は軽くニーナの背中を叩く。


「っ!」

「俺が保証してやるよ。予選くらいで負ける奴じゃねえよ、ニーナは」

「ノア君……」

「お前が最強だと思ってる俺が言うんだ、思いっきりやってこい。油断は絶対に禁物だけどな」


 その言葉に、ニーナの顔が少し綻ぶ。

 どうやら多少緊張はほぐれてくれたらしい。


「そうよ、召喚術なんてなかなかお目に掛かれないんだから。それを見せるだけでも価値があるわ。それに、予選のバトルロイヤル形式はあなたの魔術の方が有利でしょ?」

「クラリスちゃん……!」


 ぎゅっと抱き着こうとするニーナに、クラリスは嫌そうに身体を仰け反らせる。


「はは、仲良しだな」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

「ふふ、でも二人のおかげで何か行けそうな気がするよ! ……行ってくる!

!」


 そう言って、ニーナは本日最初の戦い――Aブロック予選へと向かっていった。


 俺たちはニーナと別れ、観客席の方へと戻る。

 席を取ってくれていたアーサーが、中央付近で大きく手を振っている。


「サンキュー、アーサー」

「お安い御用さ。ニーナちゃんどうだった?」

「ま、あれなら大丈夫だろうな」

「そりゃよかった! ……にしても、今日の観客は相当豪華みたいだぜ」

「そりゃ皇女様が来てるんだ、豪華どころじゃないだろ」


 すると、アーサーはとんでもないと両手を振る。


「ちげえよ、待ってる間に小耳にはさんだんだが、皇女様以外にも予想外のメンツが見に来てるらしいんだよ」

「へえ?」

「普段は魔術学院なんて興味ないって感じで見学に来る冒険者はそんなにいないのに、今年は何故か来てるんだよ、S級冒険者が!」

「S級?」

「そう、しかもあの"元騎士"ガンズ!」


 ガンズ……俺とニーナの入学試験の時の担当魔術師だった男だ。

 そして、俺がヴァンだと知っている数少ない人物でもある。


「ガンズか」

「さすがにノアも知ってるのか?」

「入学試験の時、俺とニーナの担当魔術師だったからな」

「まじか! じゃあお前たちを見に来たのかもな」

「はは、どうだかな」


 俺がヴァンだと知ってるということは、きっとアーサーの言う通り俺を見に来たんだろうな。抜け目ない奴だ。


「それに、学院長に並ぶ六賢者の一人ヴェルディに、聖天信仰の代行者筆頭魔術師、ヴィオラ・エバンス……かなりの名だたる魔術師が見に来てるみたいだぜ」

「聖天信仰の執行者……」


 聞いたことがある。聖天信仰と呼ばれるこの大陸で広く信仰されている考えで、確かアイリスの二つ名であるレヴェルタリアも聖天の女神の名前だったっけか。


 聖天信仰の"力"である執行者……その筆頭魔術師ということはかなりの実力者なのか。


「かなり謎の多い人物だけどな。六賢者は学院長みたいに堂々と顔出ししてるけど、聖天のヴィオラさんは滅多に人前に出ないらしいぜ? 黒髪美女の魔女……いいねえ」


 アーサーは呆けた顔でにやける。

 ヴィオラ……黒髪の魔女か。なんだかシェーラっぽいな。


「とにかく、今回の注目度は例年よりも高そうだぜ。なにせ皇女が来るくらいだからな!」

「そうみたいだな」

「ここで優勝すりゃあ、さすがの俺の家も復興できるはず……!」

「はは、がんばるしかねえな」

「おう!」


 と、その時、司会を務める上級生が声を張り上げる。


「これより!! Aブロック予選を開始します!!」


 瞬間、うおおおお!! っと雄たけびのような歓声が闘技場で上がる。

 遂に、歓迎祭が始まる。


「トップバッターを務める、Aブロックの新入生の入場です!!」


 選手控室から、レグラス魔術学院の制服を見に纏った男女11名が、ゆっくりと現れる。


「ニーナちゃあああん、がんばれえええ!!」


 アーサーの大声に、ニーナは恥ずかしそうにこちらに手を振る。


 全員が中央の広場に集まり、等間隔に散らばる。


 予選のルールは簡単。

 相手を戦闘不能、あるいは場外に飛ばし、最後の一人になったものが本選へと進む。制限時間はなし。なんでもありの魔術戦。


 ある程度の怪我は、一流の回復魔術師が待機しているから問題はない。


 だが、恐らくその問題ないという基準も新入生レベルを想定してのことだろう。"黒雷"のような術は使わないのが得策か。さすがの俺も殺人者として歓迎祭に名を刻みたくはない。


「ニーナさん、私負けませんからね」

「ナタリーちゃん! わかってるよ。でも、私も本気で行くから!」


 二人はお互い微笑み合い、キッと前を向く。


 会場は静まり返り、ただ風の音だけが聞こえる。

 最初の戦いが、今始まる。


 これだけ人数が居いれば、最初に巨大な魔術を放った奴が有利になる。もちろん、それでガス欠になるようじゃ勝ち残れないが。


「それでは、Aブロック――――はじめ!!」


 一斉に全員が構える。

 ナタリーは弓を構え、何やら上空を狙っている。上からの範囲攻撃か。


 だが、それよりも早く行動する人物がいた。それは――


「"契りは楔、繋ぎ止めるは主従の盟約。血と魔素、八の試練。今、主従の盟約に準じ、我が召喚に応えよ"……風の精霊――シルフ!」


 瞬間、突風と共に姿を現したのは、翡翠色に光る風の精霊。


『フォォォォォ!!!』


 風の力で一気に場外を狙う作戦か! 考えたな。


 シルフはググっと身体を縮めると、次の瞬間、一気に身体を爆発させる。


「ルーちゃん、行くよ……! "ウィンド・ストーム"!!!」


 刹那、その小さな体から、一気に風が舞う。

 小さな竜巻が複数個発生し、一気にAブロックのメンバーに襲い掛かる。


 その綺麗で圧倒的な様子に、観客たちがどよめく。


「私だって……ここに一流の魔術師を目指しに来たんだ!! 絶対にここは突破してみせる!!」

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