第67話 帝国からの観戦者

 そうして、歓迎祭の日はあっという間に訪れた。

 朝から街は騒がしく、対照的に俺達一年生は静かにその時を待っていた。


 レグラス魔術学院から少し離れたところにある王立の魔術闘技場。

 今日と明日の二日間、レグラス魔術学院により貸切られ、観客席には多くの観客が詰めかけていた。


「諸君、準備は良いか?」


 闘技場中央に設置されたステージの壇上から、学院長ユガ・オースタインが、闘技場に並ぶ俺達新入生に向けて言葉を投げかける。


 つい先程まで客席から上がっていた楽しそうな声も、売り子の掛け声もすべてが一瞬にして静まり返る。


 俺達新入生も、神妙な面持ちで壇上の学院長を見つめる。


 ざっと見ただけでも俺達新入生の十倍以上の観客がいる。思った以上の注目度だ。だがアーサー曰く、毎年のことだそうだ。


「先ほどまで行われていた上級生による歓迎の催しは素晴らしかった。ありがとう。――だが、あくまでただの余興にすぎない。これから行われる新入生同士の戦い。それこそが歓迎祭のメインイベントだ」


 歓迎祭の名前の通りに、俺達は上級生や先生たちから歓迎の催しを送られた。

 それは言葉だったり、ショーだったり、魔術の披露だったりと様々だったが、それらは全て余興。ここからが本番という訳だ。


 もちろん、それは後ろに控える観客たちにとっても例外ではない。


「この戦いが、諸君の魔術師人生を良くも悪くも大きく変えるということは間違いない。魔術関係者も大勢来ている。騎士団の上層部や、協会の幹部、そして私と同じく六賢者に名を連ねる者も来ている。彼らの目に留まることが何を意味するか、分からない訳ではないだろう」


 そうつまり、新入生にしてこの国の魔術界に名を知らしめることができるわけだ。

 一魔術学院のただの歓迎祭ごときではどれだけの名声かは知らないが、少なくとも名前を一度は耳に入れて貰えるというのはそれだけでもかなりの宣伝効果となるだろう。周りの生徒たちの目が、ギラギラと燃えているのが分かる。


 そして魔術関係者をはじめとした観客たちは期待しているのだ。国内屈指のエリート魔術学院、その狭き門を潜り抜けた若い魔術師達が、いったいどのように戦うのか。果たしてこの中に、新時代の魔術師がいるのか――と。


 成功のための登竜門。落とせない一戦。

 自分の力を内外に知らしめるまたとない機会だ。新入生だけとはいえ、注目されることには変わりない。


 と、そこで学院長は後方の観客席の中で、とりわけ豪華な、青い旗が立てられた一角を指さす。


「そして今年は何と、隣国カーディス帝国第三皇女殿下が是非我が校の歓迎祭を見たいとおいで下さっている」


 瞬間、会場中から歓声が上がる。

 拍手で溢れ、心から歓迎されているのがわかる。


「これは歴史的な瞬間でもある。我が国とカーディス帝国の友好の証だ。皇女様たっての希望でこの観戦が実現した。――皇女様の期待に応えるように、相応の戦いを見せてくれ」


 そう紹介され、後ろに座って居た皇女――アイリス・ラグザールは、にこやかに微笑みお辞儀をする。


 氷雪姫レヴェルタリア……その名に恥じぬその美貌は、遠目からでもはっきりとわかるようで、一気に会場が騒めき出す。


 淡い青色の髪、色素の薄い透明感のある肌。


 アイリスはあの日会った少しお転婆な少女ではなく、1人の女性として、皇女として振る舞っていた。


 アイリスの周りには護衛が並び、厳戒態勢を敷いている。


「本当に来た……!」

「やっぱりあの噂本当だったの!?」

「本物可愛い……」

「じゃあやっぱりレーデの言ってたことは……!」


 あのレーデ・ヴァルドが皇女を救ったという話を聞いていた連中が、本当にアイリスが歓迎祭を見に来たと言う事実を目の当たりにし、信じずにはいられないと騒めき出す。


 アイリス……あいつ本当に来たのか。確かに来るとは言ってたけどよ。 

 脳裏に浮かぶのは、"赤い翼"を壊滅させたあの日。そして、去り際の頬の感触。


 とその時、アイリスがチラっと俺の方を見る。

 完全に目が合う。


 すると、アイリスはさっきまでとは打って変わり、まるで子供のような(というかまだ子供なのだが)笑みを浮かべ、無邪気に手を振ってくる。が、すぐさま隣の侍女、エルに腕を押さえつけられ、何やら不満げな顔をしている。


 まったく、相変わらずだな。


 その一連の動きに、一気に声を上げたのはレーデの周りだった。


「今……今皇女様手を振ったよな……?」

「やっぱり私たちの中に皇女様を救った人がいるのよ! きっと、顔もわからないその人のために……その人を見つけるために皇女様は観戦に来たのよ!」

「おいおいおい、ガチかよ!?」

「信じるしかないじゃない! あんな顔で手を振るなんてよほどのことよ! あぁもう、レーデがすぐに皇女様に名乗り出ていれば今頃2人で話せたかもしれないのに!」

「おいおい、騒ぐなよ……そんな大層なことじゃないって。新入生の僕たちを労っただけだろ」

「またまたあ。一国の皇女様よ!? あんな無邪気な笑顔なんてよっぽどの理由よ!」


 すると、レーデはニッと笑う。


「――まあ、僕の戦いを観戦すれば、自ずとわかってしまうかもしれないけどね」


 と、例のごとくお決まりのやり取りを繰り広げている。


 まぁ盛り上がるのも当然だ。今自分の手柄だと自ら話しているのはレーデしかいないし、今の流れで奴らの中ではレーデでほぼ確定となっただろうな。


 俺がアイリスやエルに俺のことを黙っていてくれと頼んだことで、皇女は助けてくれた相手を詳しく知らないという認識が広まり、その結果今の誰でも皇女救出の英雄に成れるという奇妙な状況が成り立ってしまった。


 俺はその状況は別にそれはそれで構わないんだが……さっきの笑顔もだが、アイリスがこの後余計な事言わないといいが。


「静粛に! ――さて、それではここに宣言する」


 学院長は騒めき出した俺達を一括するように声を張り上げる。


 隣のアーサーが、不意にポンと俺の肩に拳を当てる。


「始まるぜ、ノア……! 負けねえからな!」

「はっ、期待してるぜアーサー」


「これより……歓迎祭メインイベント――新入生による魔術戦を開催する!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る