第77話 観客の反応

「アイリス様……はぁ……もう仕方ないですね」


 アイリスはにっこりと笑いエルにVサインを見せる。


「へへ、ノアも認めてくれたし、結果オーライでしょ!」

「そうですが……」


 楽しそうに話している2人とは対照的に、会場は唖然とした空気で見つめる。


 無惨に舞台上で倒れた、救世主だったはずのレーデ・ヴァルド。

 意気揚々と躍り出て、これでもかと期待を煽っておいてのこの醜態に、会場は微妙な空気が流れていた。


 さっきまでの勇姿と威厳はどこへやら、今は誰かも知らないとアイリスに突き離され、体から煙を出しながら悔しそうな顔を残し倒れている。


 ――そして、地に伏せるレーデとは対照的に、涼しい顔で佇む、誰もマークしていなかった男。一瞬にして全員を地面に沈めた雷を使う魔術師。どうやら、彼こそが本当のアイリスを助け、アイリスが応援しにきた人物だと、会場中が徐々に理解していき。


 そして、一斉に声が上がる。


「つえええ!! さすがアイリス様を助けた本物!!」

「今の……雷魔術!? 見た事ないぞあんな威力……本当に学生か!?」

「あいつがアイリス様を……」

「なんだそこに倒れてる雑魚は……偽物だったのか?」

「失望したわ……」

「バレないと思ってた頭がおめでたいぜ」


 俺への、純粋に凄い奴が現れたという感情と、レーデに対する騙されたという感情が、3:7くらいで交錯する。


「ガッはっはっはっ!! さすがノア! 俺様が認めた男! 今更、偉業の一つや二つ驚くことじゃない」


 まるで自分の弟子か何かのように、保護者面で笑うドマ。その言葉に、より俺への期待値が高まる。


「本物の英雄! このまま優勝しちまえ!」

「お前ならできるぜ!」

「かっこいいー! こっちみてー!」


 一般客からの歓声に、俺は困惑する。

 こうも手のひら返しが来るか。……そりゃそうか、アイリスの人気はすげえものがあるし、それを助けた本当の人物が判明して、しかも圧勝と来た。ボルテージは最高潮か。


 やれやれ……まぁ、これも俺の選択の結果か。

 まあ結果オーライではある。俺の実力を示すためだった祭りだ、ここでバレたのはある意味追い風かもな。もう変なところで余計に目立つのは避けたいなんて贅沢なことは言ってられねえ。この先こんなことはいくらでもある。なんてったって、おれはシェーラの課題を達成するんだからな。


「レーデ……」

「なんでそんなバレる嘘を……」

「嘘だよな……本当はお前なんだろ!?」


 レーデをここ数日祭り上げていた取り巻き達が、また一人、一人と去っていく。

 レーデの言い訳を待つ者、真偽などどうでも良く負けたと言う事実に幻滅した者、まだ信じたいと願っている者様々だ。


 しかし、地面に伏し、とっくに気絶したレーデの言葉が聞けることは無い。

 ここで気絶してられたのはある意味ラッキーだったな。目覚めてからが大変だろうが。まあ、何か理由があったんだろうが、俺には関係ない話だ。悪いとは思ってるぜ、俺が最初から名乗り出てりゃ良かったんだからな。まあ、数日間いい思い出来て良かっただろ。


 俺は歓声のなか会場を後にする。

 何かが変わる、そんな気がした。


◇ ◇ ◇


「何者だあの小僧? 学生のレベルじゃねえぞ」

「へえ、雷魔術……引っ掛かるね」

「早くて正確……俺達でも戦えるかどうか――」

「"赤い翼"をやっただけはあるか」


 会場に散らばる魔術を生業とする者達が、密かにノアに対しての評価を下す。

 そのどれもが、新星の登場に驚きを隠せないでいた。


「ふうん……あの子がアイリス様を救った魔術師ね」

「そのようです」


 サングラスをかけ、ゴージャスな洋服に身を包んだ女性が去り行くノアの背中を見つめながら呟く。


「これから忙しくなるわね。記事は早く仕上げなさい。このビッグニュース、どこよりも早く広めるわよ」

「はい!」


 そして、その女性から少し離れた所。


 黒く長い髪をした、ミステリアスな雰囲気を放つ男がフードを外しちらとノアを見る。


「新世代か。――あの魔術は……ふっ、大人げない男だ。――"ヴァン"」

「え?」


 男の隣に立つ女性が声を上げる。


「……何でもない。帰るぞ」

「え、でも他の生徒たちは――」

「興味ない。――ノア・アクライトを見られただけで十分さ」


 男はマントを翻すと、会場を後にする。

 魔術界の重鎮、六賢者の一人「クラフト・ローマン」。三十六歳の若さで六賢者に選出された天才魔術師。


 この場に来たのは、ただの気まぐれか、それとも……。


 この場にいる誰もが、ノアに注目していた。

 もちろん、ただその場の流れで盛り上がっている奴が大半だが、中には今の一瞬で、ノアの実力を見切った者達も少なからずいた。


 それは、試合前ノアに声を掛けたあの女も――。


「ノア・アクライト……」

 

 ヴィオラは驚愕していた。

 思っていた以上の器……! 魔術の才能は申し分ない。あのシェーラが手放しでほめるのも無理はない、そう思わせるだけのポテンシャルを秘めていた。


 あの雷魔術一撃で、全てを持って行った。


 ヴィオラはゆっくりと口角を上げる。


「シェーラ……。ふふ、面白くなりそうね」

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