第76話 明かす

「いくよ!」


 レーデは意気揚々と声を張り上げると、手を俺へ向けてかざす。その顔は余裕の笑みで溢れている。バチバチと魔術の反応が膨れ上がり、眩い光がレーデの顔を照らす。


「僕が、最強の魔術師さ! ――"サンダー"!」


 放たれた金色の雷が、俺めがけて飛来する。

 その光景に、周囲の観客が前のめりに注目するのが目に入る。


 確かに、雷魔術を使える魔術師にしてはそこそこ出来る部類かもしれない。

 だが――


「"スパーク"」


 威力を抑えた紫の閃光が、一気に駆け抜ける。

 "サンダー"と正面衝突した"スパーク"は、その魔術を完璧に粉砕する。


 跡形もなく"サンダー"はかき消え、霧散する。

 

「なっ……!?」


 完全に予想外だったレーデは、険しい表情を浮かべ身体を仰け反らせる。


「ふ、ふん。何かの間違いか……僕も緊張しているのかな。もう一回だ――……"サンダー"!」

「"スパーク"」


 続いて、"サンダー"は後かともなく消し飛ぶ。

 何度やっても同じ結果。数発の"サンダー"を放つも、悉く粉砕する。


 レーデの顔はものの数秒で絶望に近い色へと変わっていった。


「こんな……な、何かの間違い……」

「間違いなんかねえよ」

「ふざけるな……! 僕の……僕の雷がそんな一撃で消えるはずが……!」


 僅かに会場にどよめきが走る。


「甘いんだよ。もう少しお前が強くて俺といい勝負できるんなら俺の強さも分かりやすく証明できたんだが……仕方ねえよな、こればっかりは。本選に出ればもう少しマシか」

「な、何を言ってるんだ……。本番はこれからさ……! 今のは少し加減しすぎただけさ、英雄である僕がこの程度な訳ないだろう!!」


 俺はその必死さを、ハンと鼻で笑う。

 

「虚勢はカッコ悪いぜ? もうお前との実力差は見切った」

「黙れ……! ここでカッコ良いところを見せるんだよ……僕は!」

「はっ、必死なことで。計画丸潰れさせて悪いな。まあでもいいだろ、どうせ全部嘘なんだからよ」

「何を……! 僕がいつ嘘を――」


 そこで、レーデの顔が僅かに曇る。

 何か思い当たる節があるのか、目を少し泳がせ、ワナワナと震えだす。


「噂……ま……さか……お前が……――」


 俺はニヤリと笑い、天に手を掲げる。


「一瞬で終わらせば、少しは俺の実力も知らしめられるか?」


 瞬間空高く、頭上に現れた雷の塊。

 バチバチと音を立て、激しく荒ぶる。


 巨大な稲妻の集合体に、空気が振動する。


「悪いな。もともとはお前を貶めるつもりもなかったんだが。むしろ好都合とさえ思った。だが……犠牲になってくれ。俺が最強と認められるためのな」


 俺はパチンと指を鳴らす。


「――――"サンダーボルト"」


 "サンダーボルト"は、入試試験の時にも使った広範囲への無差別攻撃魔術。

 その規模は、この舞台上全員くらい訳はない。


 煌々と輝き、バチバチと空気を震わすそれを見て、観客たちはもとより、同じHブロックの面々も驚愕の表情で完全に身体を硬直させている。


 見ただけでわかる、格の違い。


「おいおいおいおいおいおい……!! な、何が目的だ!? 金か!? 地位か!? 僕に勝利を譲るならいくらでも――――」

「悪いな、興味ねえ。最強を証明できればそれでいい」


 瞬間激しい稲妻が、会場を包み込んだ。


 迸る雷撃は、抵抗する他のメンバーの魔術をものともせず、次々と貫いていく。


 感電し、身体が痺れ、地面に伏していく。それは、レーデも例外ではない。


「うわぁあああああ!!」


 レーデによる公の場での公表。

 皇女様を救った英雄による、実力を披露する独壇場の舞台。そうなる予定だった。


 しかし、蓋を開けてみれば。

 観客にとっては見た事も聞いたこともない生徒により、残りのメンバーは全員地に伏せていた。しかも、ほんの一瞬で。


 衝撃の展開に、完全に会場が沈黙を保っていた。

 誰一人、この状況を飲み込めないでいた。


「うそ……一撃で……?」

「何が……」

「あのレーデって子もやられちゃったけど!?」

「本当に皇女様を救ったのかあいつは……?」


 誰かが口を開いた瞬間、さまざまな声が同時に上がる。どれも、レーデの正体を怪しむ声や、俺の力を図りあぐねるようなそんなふわっとしたものだった。


「くそ……僕……の……!」


 レーデは苦しそうに呻きながら地面で何かを発している。


 しかし、その直後。

 1人の少女の声が一瞬にして全てを持っていった。


「さすが私のノア!! 予選からやってくれると思ってたわよ!! ――ふん、いい気味よ、私を助けられるのは強い人だけなんだから!」


 その言葉に、ざわざわしていた会場は一気に弾ける。


 レーデは、痺れる体を震わせなんとかアイリスの方を向く。


「ア、アイリス様……」

「何が救ったのは僕ですよ! そもそも誰よあなた、私知らないし!」

「なっ……」

「私は……私は、ノアを応援しに来たんだから!!」


 すると、アイリスの横のエルは非常に焦った様子でアイリスを押さえつける。


「アイリス様、それ以上は!!」

「ちょ、まだ言いたいことが――」


 アイリスは口を抑えられながらもがもがと暴れる。


「ノア様に迷惑かけてはダメですよ!」

「でも――」


「おい、今なんて……」

「じゃあレーデじゃなくて、本当はあそこの……」


 一斉に、視線が俺に向く。


 ……はあ。なんでこうなる。

 アイリスが黙ってりゃただ俺の方が強かったと言うだけで終わったのによ。


 俺は軽く目を瞑りやれやれと肩をすくめる。


 全員が俺に注目する。

 何かアイリスに言うのではないか、何かあるのではないかと。


 俺はゆっくりとアイリスの方を見ると、覚悟を決める。


 そうだな、面倒ごとは避けたいと思って色々隠すつもりで来たが……。

 アイリスを助けたのも全て俺の実力か。


 俺はじっとこちらに熱いまなざしを向けるアイリスの方を向く。

 今更隠してもどうしようもないほど、周りは騒がしくなっている。やってくれたぜ、アイリスもレーデも。


 俺は拳を握るとアイリスの方へと向ける。


「……しっかり見ていけよ、アイリス。俺が最強だ」

「――うん!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る