第75話 試合開始


「がんばってね、ノア君!」

「見せてやれ……貴様の力を」


 ニーナはわかるが、筋肉男ことドマも腕を組み保護者面で俺を見守っている。


 レーデの方は明らかに注目度が上がっていた。殆ど知り合いではないであろう客から、頑張ってと声をかけられている。噂は相当広まってるみたいだ。


 舞台へと入場し、少しするとレーデがゆっくりと俺の方に近づいてくる。


「ノア。君にはあの時の借りを返させてもらうよ」

「そんなのあったか?」


 俺は聞き返す。


「どこまでも……」


 レーデは一瞬イラッとした表情を見せるが、すぐにいつもの胡散臭い爽やかな笑顔に戻る。


「……まあいいさ。この僕は皇女を救った男だ。不本意だが、今日までの時間で僕はその事実を受け入れて堂々と公表する決意をしたよ。――だから、また君のような奴が目立つことは許されない。別に僕はただ目立ちたいわけじゃないけどね。偽物が持て囃されるのは気に食わないのさ」


 ……こいつやばいな。自分のことをかなり正当化してやがる。本当に助けたと記憶改竄されてるんじゃねえか?


「へえ。偽物ねえ」

「……何か言いたいようだが……まぁ見てなよ。すぐにわかる」


 皇女専用の区画では、さっきまでとは打って変わって身を乗り出して舞台を見つめるアイリスの姿が。その視線は明らかに俺を探していた。


 と、レーデはアイリスの方を向くと、軽く手を振って見せる。


 その動作に、誰もが確信を深める。やはりレーデが皇女を救った張本人だと。


 ――だがしかし、アイリスの方は予想外といったようすでキョトンとした顔をし、苦笑いを浮かべながら手を振る。


「……なんか温度差ないか?」

「それは僕が救ったと知らないからさ。――まぁ、隠しておく必要もない」


 そう言ってレーデはふふっと笑う。


「今日は宣言させてもらうよ」

「勝手にすれよ。言っとくが、恥かくのはお前だぜ? これは最後の忠告だ」

「負け惜しみを。今日君が目立つことはない。悪いが、アイリス様にカッコ良いところを見せないとなんでね」

「はいはい……忠告はしたぞ」

「ふふ、まぁ見てなよ」


 レーデは一歩前に出ると声を張り上げる。


「アイリス皇女!!!」


 その声に、アイリスは不思議そうにこちらを覗き込む。ふと俺に目が合い、僅かにハニカム。


「赤い翼からの襲撃事件を覚えていますか!?」


 その言葉に、アイリスはハッと目を輝かせる。

 観客たちも、何を言い出すのかと固唾を呑んで見守る。


「も、もちろんです! 助けてくださった方の恩は忘れません!!」


 その言葉に、レーデはニヤリと笑う。


「実は――アイリス様を救ったのは僕です!」


 瞬間会場が一気に盛り上がる。

 とうとう宣言したと、一気に奮い立つ。


 その反応にレーデも満足そうに笑みを浮かべる。

 が、しかし、当の本人であるアイリスは何を言ってるんだ? とでも言いたげな表情でただ唖然としている。


「唖然とするのも無理はありません、知らなかったのですから! ――ですから今日ここで勝利するのをみていてください……!」

「あなたが……?」


 明らかに困惑するアイリス。しかし、周りはそれこそ感動の再会のリアルな反応だと一気にざわめき立つ。


「きいた!? やばいやばい!!」

「すごい人きた!!」


「何を言って……」


 焦った表情でアイリスは俺の方を見る。

 俺は軽くため息をつき肩をすくめる。


 すると、アイリスは偽物が騙っていると悟ったのか、少し怒った様子で肩を怒らせる。


「…………相当強いですよ、彼は。私を救ってくれた彼は」

「ですから勝利して証明してみせます。この勝利をあなたに!」


 レーデは完全に酔っていた。この空気に。

 そして、アイリスは呆れた様子でため息をつくと、じっと俺の方を見る。


 ――はいはい、わかってるよ。

 ま、元から手を抜く気はねえさ。ここで見せつけるのが俺の目的だ。


「僕の力を見せてあげよう……! 雷の魔術を操る僕のね! 皇女様を救った力さ! 悪いがノア、君の話術のせいか知らないが色んな人から認められて勝たなきゃいけないんだろうが……この勝負、実力どおり勝たせてもらうよ」

「はは、そりゃこっちのセリフだっつうの。俺もそろそろ力を見せるときでよ。――まあなんだ、ただ目立ちたかっただけだろうが……逆に地の底に落として悪いな」

「何を言って――」

「先に謝っとくって話だ。――同じ雷とは奇遇だな。本当にお前なら皇女救出の代役になれたかもな。時期が悪かった。この祭さえなけりゃな」

「負け惜しみかい?」

「いや。悪いが、このブロックは秒で終わる。言葉通りな」

「こっちのセリフさ。僕が今まで力を隠していないと思ったのか!? この本番で初めて本気を見せる!! 誰にも負けないんだこの僕は……!」


 目をギラギラと輝かせ、レーデは闘争心剥き出しで戦闘態勢に移行する。


 そのやる気を、もう少しまともな方向に働かせれば恥なんてかく必要なかったのによ。


「それでは、Hブロック……はじめ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る