第74話 試合前

「次、知ってる?」

「何が?」

「Hブロックだよ。なんでも、あの事件の英雄が出るらしいぜ?」

「あの事件? 誰だよ」

「皇女襲撃事件の犯人を捕まえたっていう、レグラス魔術学院の生徒だよ」

「まじで!? 一年生なのか!?」


 男はニヤリと笑って頷く。


「確かな筋の情報だよ。皇女様は誰が助けてくれたか見てなかったようだから今まで公にならなかったけど、どうやらかなり確からしい」

「おいおい……だから今回は皇女様が見に来てるのか!! で、誰なんだ?」

「――レーデ・ヴァルドって奴らしい」

「ヴァルド……そういや、さっきも皇女様が楽しげに手を振ってたよな……この学年にいるのは間違いないのか」

「その通り! 次の戦い、相当やばいことになるぞ!」


 そんな噂話が、至る所から聞こえてくる。


 どこで誰が話を広めたのやら、レーデのことを知っているのはもはや学院内の生徒だけに留まらない。皇女様を救った謎だったはずの人物が、Hブロックで戦うらしいという噂も相まって、このブロックの注目度は爆上がりしていた。


 シェーラからの課題。この学院で対人戦を学び、存分に暴れてくること。

 演習は所詮は一年生の中でしか目立つことはできなかったし、アイリスのことも余計な厄介ごとを避けるため黙ってきた。


 しかし、今回は違う。

 学院の内外に、正々堂々と俺の実力を知らしめることができる絶好の機会だ。ここで優勝すれば、少なくとも俺の名を知らしめるのには不足はないだろう。


 普段なら、レーデ・ヴァルドがアイリス救出の名誉を被ってくれることはありがたいところなんだが、タイミングが悪かったな。注目を浴びる中で負けて貰うことになりそうだ。


 まあ別にレーデ・ヴァルドを俺が倒したからと言って俺が救ったというところまで話が飛躍することは無いだろ、多分。


 俺はそんなことを考えながら、待機室へと向かう。

 

「君ね」


 と、不意にすれ違った人物から声を掛けられる。


 その雰囲気に、俺は思わず身体を戦闘態勢へと移行する。

 明らかに、かなり手練れの魔術師の気配。シェーラと似た、魔女の気配。


「あら、そんなに警戒しないで」


 その人物は、両手を上げて敵意がないことを示して見せる。


「――そう、君が」


 その声は女性の物だった。少し低く、落ち着いた色気のある声。

 白いフードを被り、その間から長い艶やかな黒髪が見える。


「……どちら様で?」

「私はヴィオラ。ヴィオラ・エバンスよ」

「ヴィオラ――」


 アーサーの奴が言ってたな……聖天信仰の代行者筆頭魔術師、ヴィオラ・エバンス。代行者……確かいつかシェーラに聞いたことがある。聖天信仰の教えを遂行する魔術師集団、だったか。


 かなりの実力者が揃っていると聞くが、その筆頭か。確かに雰囲気だけでわかる強者感。こいつはなかなか。


「何か用ですか?」

「んー…………」


 ヴィオラは何も言わずぐっと俺の顔を覗き込むと、じーっと俺の目を見つめてくる。何を話すでもなく、ただじーっと。


 少しして、納得した様子で顔を離す。


「あの氷の女の言う通りね。確かに……」

「はい?」

「いいえ、こっちの話。君、なかなか強そうね。楽しみにしてるわ試合」

「はあ……。どうも」

「期待通りだと嬉しいんだけれど。わざわざ来たんだからしっかり見定めさせてよ」


 そう言い、ヴィオラはニコリと笑うとローブを翻しスタスタとその場を去って行った。


 なんだったんだ……。訳が分からん。


「みーちゃった、みーちゃった~」


 そう楽しげな声で俺に話しかけるのは、フレン先輩だ。

 青い長い髪を靡かせ、フレンはにんまりとこちらを見る。


「なんすか……面倒な絡みは辞めてくださいよ」

「ふふ、すみに置けないなあ~あんな美人と蜜月関係だなんて」

「蜜月じゃねえ」

「私じゃ不満?」


 フレンはウルウルとした瞳で俺を見上げる。

 これで何人の男達が篭絡されてきたのか……。


 俺は顔を近づけるフレンの頭を掴み、グイと押しのける。


「わっとっと」

「離れてください」

「つれないな~。――でも、やっぱり君には大分注目してる人が多いみたいだね。私の見立ては間違ってなかった」

「はあ……」

「相変わらずそっけないねえ」

「あんたが胡散臭いからっすよ」

「否定は出来ない!」


 そう言い、フレンはふふふっと笑う。


「ガンズにドマに、代行者筆頭……本当君はやたらと人を惹き付ける」

「まあ、最強っすからね」

「その言葉を口に出せる時点でなかなかのものよ。やっぱり私はあなたがあの麗しいアイリス皇女を救った張本人だと思ってるんだけど。あんな楽しそうに手を振ってる皇女様なんて初めて見たわ。いつも外交の道具で死んだような目をしていたのに」

「詳しいっすね」

「ふふ、まあ仮にも貴族ですから。――で、レーデ・ヴァルド。彼は……まあこの後わかるわね」


 それは完全にレーデを信用していないような言いぶりで、自信に満ちていた。


「楽しみね。私、人の手柄横取りする輩って大嫌いなの。――あぁ、別にいいのよあなたは認めなくて。ただ、貴方の力で、是非とも格の違いを見せつけて欲しいものね」


 そう言って、フレンはもう一度楽しそうに笑う。


「ま、フレン先輩の思考はどうでもいいっすけど……俺もこの祭りは降りるつもりないっすからね」

「いいね。楽しみにしてるわ」


 フレンはぎゅっとハグをしようと両手を広げてくる。俺はさっとそれを躱すと、フレンはつまらなそうに口を尖らせ、踵を返す。


「――じゃあ、頑張ってね。観客席から見てるわよ~」

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