第73話 挑む男

 氷の欠片が舞う。

 静寂の中、甲高い金属音を上げながら幾度となく刃がぶつかり合う。


 まだ数分にも満たない剣戟だが、明らかにアーサーは押されていた。レオの匙加減次第で、いつでも最後の一太刀を浴びせられそうな、そんな危うい綱渡り。


 しかし、アーサーはそれでも必死で食らいつく。

 アーサーは既に満身創痍。頬や腕に切り傷を作り血を流し、息を荒げている。レオ・アルバートの剣術は圧倒的で、その手数は明らかに常軌を逸していた。


 数発の攻撃を受けるたびにアーサーの氷の双剣は砕かれ、すぐさま新たな剣を魔術で生成し応戦する。


 レオの猛攻を防ぎながら先程のヒューイとの戦いで見せた魔術を使うことなど出来る隙などなかった。もし使えたとしても既に完全に火が収まった舞台は広く、全範囲をカバーすることは出来ない時点でレオ相手に役には立たないだろう。


「くそっ……!!」


 第二の奥の手として、アーサーはレオの足元を瞬間的に凍らせ自由を奪う。


 しかし、それをこともなげにレオは捌いてくる。

 普通の剣士ならばそれで一気に体勢を崩し攻撃に転じられるはずなのにと、アーサーは歯がゆく思う。


 それに恐らく持っているはずであろう"魔剣"の類がまだ召喚されていない。地面にある剣と、手に直接召喚した黒剣のみで攻め立てる。


 アーサーに使う必要はない――そう判断されたのだ。


 戦いは続き、少しずつ「もうやめてあげて」と観客席から悲痛な声が漏れ始める。


 だが、会場の誰もがアーサーを哀れみ始めるなか、レオだけは違う感情を抱いていた。


「驚いた、意外に粘るな。僕の中での君の姿と今の君とで大分乖離があるな」


 純粋なレオの疑問に、アーサーは答える。


「はっ……男なら、夢のために……逃げれねえ時もあるだろうが……! いつも逃げてばかりじゃいられねえのよ」

「夢……家の復興か? 何が君をそこまで突き動かす?」

「優秀なお前にはわかんねえだろ……俺の肩にかかってる一族の願いの重さが……悲願が! 今はまだ無理でも前を向かなきゃ、夢を見れねえだろ……! お前は強い……だが、ここで立ち向かわねえと、本当に終わりだ! 見上げるばかりじゃいられねえんだよ……命燃やして、ボロボロになってでも手を伸ばす……俺は……俺は、エリオット家の男だ!! 最後まで戦い抜いてこそ、言葉に意味が生まれんだよ! トップを取るってのは、口だけじゃねえ!!」


 その言葉は、レオの胸を打った。

 ただ己の愉悦……魔術の輝きだけを求め戦うレオとは違う価値観。レオは天才だ。天才故に、家の名など微塵も気にしたことは無かった。自分の進む道に、他人の介入などいらない。自分の残した軌跡こそがすべてなのだと。


 だが、その新たな価値観にレオはアーサーを追い詰めながら――感激していた。


「凄いな……まさに命の輝き。そういうのもあるのか。その瞬間にこそ魔術は美しく花開く。――そしてそれを摘むのは強者の務めだ。僕は少しばかり驕っていたようだ」


 全力には全力で。

 瞬間、アーサーを蹴飛ばし、レオは後退する。


「ぐっ……! はぁはぁ、どうした……攻め立てるのも限界か……?! 俺はまだピンピンしてるぜ……!」

「ボロボロになりながらも家の名に懸けて虚勢を張る君に敬意を表し、一撃で屠ることにした。手加減は無粋だったようだ。……君なら、この一撃を喰らっても絶望せずまた立ち上がってくれるだろ?」


 その構えは非常にシンプルで、ともすれば隙だらけに見えた。しかし、アーサーは直感的に理解する。これは……ダメだ……!


 身体が逃げようと悲鳴をあげるが、アーサーはそれを振り払い真正面から受けて立つ。


 ここで逃げちゃ、ノアには一生追いつけねえ。

 身体も限界。これを耐えきり、堂々と――


「アーサー。目が覚めたら、また戦おう――――こい、魔剣アルガーク」


 禍々しい黒と黄色の剣が、レオの前に召喚される。構えるその姿はまさに強者の風格。


 瞬時に悟る絶望。しかし、アーサーはわずかに口を歪ませながら人差し指をたて、ビシッとレオを指さす。


「……すぐに追い越す。待ってろ、天才ども」

「――"暁の一撃"」


 刹那、眩い光がレオの魔剣から放たれる。

 音のない、包み込むような光。


「ぬおおおおおおおおあああ!!!」


 後には静寂だけが残った。


◇ ◇ ◇


「アーサー君大丈夫なの!?」


 ニーナが慌てた様子で身を乗り出す。


「落ち着け。大丈夫だ。あいつは、トップを目指してる男だぞ。意地でも耐えるさ」

「そんな根性論……」


 レオの攻撃が晴れると、そこには微かに震えながら地面に横たわるアーサーの姿があった。


 すぐさまレオの勝利を告げるアナウンスがなり、回復術師がアーサーに駆け寄る。素早い処理で、アーサーの傷はあっという間に修復されていく。


 あの様子ならば問題ないだろう。レオもそこまで鬼じゃない。恐らく、現時点での実力の差を教えておきたかったんだろう。レオなら剣術だけでアーサーを圧倒できた。それでも魔剣を使ったのは、レオなりのアーサーへの信頼だろうな。


 凄かったぜ、アーサー。普段とは比べ物にならねえくらいにな。


 だが結局、大番狂わせは起こらず、順当にレオが勝ち残った。あれは確かに……強いな。同年代なら敵なしだったことだろう。


 アーサーはヒューイを倒せただけでも大金星だ。あいつにしてはよくやった方だ。


「大丈夫かな……」


 まだ不安そうなニーナに、俺はそっと頭を撫でる。


「平気さ。あいつも一流の魔術師だ。うまく攻撃を致命傷から避けていた。やるときはやる奴だよ」

「……まったく、アーサーのくせにカッコつけちゃって」


 クラリスは少し俺たちから顔を背けるようにぼそっとつぶやく。


「はは、クラリスに認めてもらえりゃあいつも喜ぶだろ」

「うるさいわね。……次はあんたでしょ」

「そうだノア君! がんばってね……!」

「ノアあんた、因縁の対決じゃないの?」


 そう言い、クラリスはにやっと笑う。


「因縁?」


 ピンとこない俺に、クラリスは呆れた様子で肩を竦める。


「呆れた。もう忘れた訳? あんたを目の敵にしてた、皇女様を救ったとか言う奴が出てくるでしょ」

「あぁ、そういえばいたな」


 あの嘘つきか。完全に忘れてた。


「その感じ……眼中にないってわけね。どんだけ図太い神経してんのよ」

「まぁ俺が最強だからな。相手は関係ねえ。ただありのままの実力を見て、冷静にねじ伏せるだけさ」

「相変わらず凄い自信だけど、信頼できちゃうんだよねえ、ノア君って」

「あんたくらいよ、こいつのこと手放しで信頼してるのは……。私はいつか足元掬われるんじゃないかって思ってるわよ」


 クラリスはげんなりした様子でため息をつく。


「――まぁでも、あいつは少し調子に乗って気に食わないからさっさと現実見せてやりなさい。ニーナだってあんたが本当は助けたと思ってるみたいだし」

「助けたとかは知らねえが……ま、期待に応えてやるさ。奴のファンには悪いがな」

「がんばって、ノア君……!」


 激しいGブロックもおわり、とうとう予選最後の戦い、Hブロックの戦いが始まろうとしていた。

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