第72話 アーサーの奥の手
戦いは激化した。
やはり突出して強いのはレオ・アルバート。そして、それに追いすがるようにヒューイ達が続く。
至る所から剣を召喚するレオは完全に場を制していた。
ニーナのシルフによる風魔術や、クラリスの炎魔術、リオ・ファダラスの重力魔術。乱戦において、広範囲に影響を及ぼす魔術はそれだけで厄介だ。
戦いの流れは、すぐに決まった。まずはレオを倒さなくてはならない。それが他の一年生たちの共通認識だった。
まずは場を制しているレオを戦闘不能にする。しかし、現実はそう上手くいかないものだ。
様々な魔術も、レオの剣技により無力化されていく。
一本の剣が使えなくなっても、地面に刺さった剣に器用に持ち替え返す刀で反撃する。空中に追いやられ足場がなくなっても、すぐさま新たな剣を召喚し応戦する。
まさに攻防一体の技。魔術の力もさることながら、洗練された剣術は相手の魔術の起動の瞬間を読み、的確にその芽を摘む。
この場にいるだれもが薄々感づいていた。明らかにレベルが違うと。
入学前から名が知れ渡り、貴族にして魔剣士の名家であるアルバート家。所詮は噂、実際に戦えば自分の方が上だと誰もが思っていた。むしろ、そう思えるような自信と実力を持っている者のみが入学できるのがこの学院だ。しかし、この現実は彼らの想像をはるかに超えていた。
「くっは……! やるじゃねえか……!! 授業じゃ本気出してなかったって訳かよ!」
「当然だろ?」
「まあ俺もだけど――――なあ!!」
ヒューイが両の拳をガンとぶつけ、咆えると一気に岩の波がレオに襲いかかる。
既に残されたメンバーは四人。
ここでレオを倒したものが、本戦へ進める。
「うおぁ!! 手加減はしねえぜ!!」
「――甘あああい!!!!」
瞬間、全力で突進してきた男が、ヒューイの岩を斧で粉々に破壊する。
筋骨隆々。見るからにパワーの漲る男。
「あぁ!? んだてめえは」
「我はCクラス、デュラン! レオ・アルバートの相手はこの私が務める!」
「なまいってんじゃねえぞ!!」
「御免!」
次の瞬間、思い切り叩きつけたデュランの斧から炎が立ち上る。炎の壁が出現し、舞台は真っ二つに分断される。
「これで邪魔はしばらくこない! さあ、魔剣士同士決着を付けましょう、レオ・アルバート」
「はは、僕は魔術の輝きが見れるなら誰から相手でもいいよ」
一方で、炎の反対側。
「ちっ……この炎をどうにかしてる間に終わっちまう! まあレオが俺以外に負けるわけはねえが……」
「おいおい、俺を忘れちゃいねえか!?」
「……アーサーか。はっ、ノアの影に隠れてるお前が何できるって言うんだよ」
「! ……そう見えても仕方ねえかもしれねえ。……だがな、俺だってやるときはやるんだよ!!」
アーサーは持っていた氷の双剣を思い切り地面に叩きつける。
瞬間、魔法陣が発動する。
「おいおい、何おっぱじめる気だ?」
「俺のとっておきだぜ……!! ヒューイ、まずはお前を倒す!!」
冷気が足元を這うように広まり、ヒューイも思わずぶるっと身震いする。
アーサーの魔術は氷魔術。しかし、ルーファウスなどのメジャーな氷魔術とは違い、精々武器を生成できる程度の規模でしか氷を生成できなかった。ただし、彼らと唯一違うのは、それに付随する保冷効果だった。
ルーファウスなどの氷魔術は、発動直後から溶け始め、いずれ水となる。気温が高いところで発動すれば、その効果は半減すると言ってもいい。しかし、アーサーの氷魔術は武器として利用することを前提に受け継がれてきたものであるため、常に冷やし続けるという魔術式が組み込まれている。
しかし、かつてエリオット家が名家として名を轟かせていた頃、その魔術の攻撃用途は武器として使うだけではなかった。本来武器として使うため、その強度を担保するために発展した冷気を纏う魔術が、別の用途として発展を遂げた。自身の周りのフィールドを、より戦いやすい環境へと長時間変える大技。
しかし、それを操れるだけの魔術師はそれ以降生まれることはなかった。
――しかし、アーサーはエリオット家に生まれて久しぶりの天才児。先代の残した術を完璧に使いこなすことができる、エリオット家復興の希望の星。
「――"薄氷展開"」
瞬間、舞台上に薄く氷の膜が張られる。それは目に見えないほど薄く、立つだけでもやっとと言う程の滑り具合。本来武器として形作るだけの質量を、薄く広く伸ばす。
雪国の出身ならまだしも、この暖かい国で育った魔術師で、さらに靴にも滑り止めを施していない生徒がまともに立っていられるわけがない。
「ぬおっ……んだこれ……!」
ヒューイは今にも倒れそうになりながらバランスを保ち、やっとのことで立ち続ける。
「ここからは俺の独壇場だぜ……!」
結果として、レオに割り込んだ男が放った炎による舞台の分断は、アーサーにとって功を奏した。
この舞台全体を凍らせる程の広範囲魔術をアーサーの氷魔術は有していない。それだけの広さを冷気でカバーしきることはできないのだ。だが、真っ二つとなった今なら、対ヒューイでの範囲のみ、自身のフィールドに引きずり込むことができる。
アーサーの足の裏に生成された氷は刃のように鋭く、それを氷の上で滑らせることで高速で移動する。
そのスピードの上、慣れない氷上での戦い。ヒューイの顔が僅かに歪む。
これがアーサーのとっておき。ぶっつけ本番、練習では手の内を見せられない大技。
迫りくるアーサーに、何とか岩を生成して足場を作りだすヒューイ。
しかし、突然の状況に完全にパニックに陥っているヒューイに、咄嗟にアーサーの攻撃に対応できるだけの経験値はない。それはまさに、これからこの学院で積んでいくはずのものだ。
「ぐっ……厄介過ぎるだろぉ!! "破岩"!」
砕けた岩の塊が、隕石のように降り注ぐ。
しかし、それを氷の上のスピードで軽々とアーサーは避ける。さらに、自ら発生させた岩のせいで、一気に死角が増え、高速で移動するアーサーの姿をヒューイは見失う。
「どこだ……落ち着け、俺様が勝てない相手はいねえ……!」
ヒューイは一点に狙いを定める。
岩と岩の隙間。その間だけに狙いを集中させて一撃で決める。速攻魔術"ストーンバレル"。高速で打ち出される岩は、鉄をも砕く。ただし、これだけ氷の上を高速で移動するアーサーを狙い撃ちすることは出来ない。ならば、自ら設置してしまった岩を照準と見立て、その間に飛び出してきた瞬間を狙う。
――さあこい……一撃で仕留める……!
次の瞬間、ヒューイは動く影を捉える。
「もらった!!」
放たれた弾丸は、影を完璧に捕らえ、貫く。
「やったか――!?」
しかしヒューイが打ち抜いたそれは、自身が最初に放った岩石の一部だった。
「なっ――――」
「チェックメイトおおお!!」
ヒューイの背後から飛び出したアーサーが、完全に虚を突いたヒューイの顎先に右ストレートをお見舞いし、ヒューイは脳を揺さぶられその場に倒れる。
瞬間、歓声が上がる。
「くそがぁ……!」
「おいおい、ナークス家の少年を……」
「エリオット!? 没落したんじゃなかったのか!?」
まさかのアーサー勝利に、ざわつく会場。
だがそれをよそに、アーサーは炎の先を見据える。その姿勢に、一切の隙も余裕もない。
少しして、揺らめいていた炎が一瞬にして消える。
たった一薙ぎ。それだけで、奴はその炎を払って見せた。
足元には、先ほど斧を振り回していた大男が。
レオはちらとヒューイを見ると少し驚いた顔をした後、笑みを浮かべる。
「へえ、やるな。彼も決して弱い魔術師じゃなかった」
「それが俺の実力って訳さ。ノアと戦うのは俺だ、レオ……!」
「いい覚悟だ。……Gブロック最後の戦いを始めよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます