第71話 アーサーの戦い

「くっはっは……いきなりお前と戦えるとはなあ」


 ヒューイは目を細め不敵に笑う。

 ニヤリと上げた口角から声が漏れる。


「ヒューイ……。僕も君と戦えるのは楽しみにしていた」


 レオはヒューイとは裏腹に、淡々とした表情で言う。顔は笑ってはいないが、レオも同様にヒューイと戦えることを本当に楽しみにしていたことがわかる。


 ヒューイはレオの言葉に、更に口をゆがめる。


「くっはっは! 俺ぁよお、今飢えてんだよ。どーも最近俺様の価値が貶められちまってるからよお」

「そんなことはない。キマイラのことを言っているのなら気にするな。他のチームメンバーを逃がし、直接やりあったというのに生きていただけで充分さ」

「くぅ、言ってくれるねえ」


 ヒューイは大げさに泣き真似をすると、肩を竦める。


「――兎に角、俺はここで挽回しなきゃなんねえのよ。その相手に相応しい奴と予選で当たれるとは俺はラッキーだぜぇ……!!!」

「僕も光栄さ。君の魔術の輝きを見せてくれよ。追い詰められ、反発するためにため込んだその力……。僕の剣で相手するに相応しい、相応の輝きを見せてくれるはずだ」

「何言ってるか理解できねえが、どうやら俺を敵として見てくれるみてえだな」

「もちろんさ。より強く輝く魔術師を斬ってこそ、僕の剣が輝く」

「おぉおぉ、おっかねえ。――っと、どうやらやる気満々なのは俺達だけじゃねえみてえだぜ?」


 二人は同時に背後に目を向ける。

 そこには、腕を組み仁王立ちする一人の男が立っていた。


「俺を忘れて貰っちゃ困るぜ!!」


 アーサーは束ねた髪を振り乱し、グッと親指を立て自分を指す。


「アーサー、君も同じブロックだったな」

「へへ、眼中にねえっと」

「そう言う訳じゃないが」

「――まあいいさ、そっちのヒューイとかノアみてえに俺を脅威として見てる奴がいねえのはわかってたさ」


 アーサーはやれやれと首を左右に振り溜息をつく。

 そしてゆっくりと顔を上げる。その目は諦めている男の目ではなかった。


 没落した名家を立て直すためにこの学院に入学した。一度落ちた名声をもう一度得るためには、過去の栄光を超えるだけの功績が必要となる。アーサーは、この学院のトップを取り、本気で偉業を成し遂げようとしていた。


 しかし、出会う魔術師は皆曲者揃い。名家に貴族、冒険者。スタートから自分を上回る実力の持ち主たちばかり。そしてなにより、入学式で仲良くなった隣の男は、名家でもなく貴族でもなく、ただの平民出身の男なのにも関わらず、その才能はこの新入生でも――いや、アーサーからすれば、この学院ですらトップを取ってしまうのではないかと思う程の実力の持ち主だった。


 本物と出会ってしまった。

 この学院でトップを目指そうと語り合った親友は、恐らくアーサーの目標において最も高いハードルとなる存在だった。


 だが――


「負ける訳にはいかねえのよ……!! 俺は、本選でノアと戦う!! 本物に勝つんだよ、この大舞台で!!」


 アーサーの気迫に、レオもヒューイ僅かに表情を変える。


 わかっているのだ。

 魔術の戦闘においては、僅かな気合の差で勝ち負けがひっくり返ることもある。


 レオは僅かに微笑む。


「……いいね、アーサー。相手が全力で向かってきてくれた方が、僕も皆もより輝くというものだ」


 右手を前に翳すと、黒く光る細身の剣が、どこからともなく出現しレオはその柄を握りしめる。


 それは、アルバート家に代々伝わる魔術、"剣召喚"。


 アルバート家の所有する数百の剣を異空間より取り出す魔術。それは、ニーナの召喚術に近い。


 魔剣士とは本来、ガンズのように魔術と剣術を融合して扱うことが多い。しかし、レオは特殊中の特殊。レオ自体が魔術を使うことは殆どなく、その魔力の殆どをこの"剣召喚"に当てている。召喚する無数の剣にて、予想外の攻撃を繰り出し戦う。


 その戦いっぷりはまさに剣神の如く。レオは、歴代のアルバート家の中でもひと際高い才能を持つ。剣に選ばれた男。


「ごたごた言ってねえで、さっさと始めようぜ、レオ……! それに、てめえもな、アーサー!!」

「あぁ……やってやる!」

「始めろ!! 俺様が勝者だ!!」


「それでは……試合開始っ!!」

「――さあ、予選を始めようか」


 瞬間、地面が神々しく光る。一目でわかる大規模な魔術の発動の予兆。

 そしてその中心は、不敵に笑うレオだ。


「まずは数を減らそう。避けられるか? ――来たれ、剣達」


 レオはひゅっとその手を上に上げる。

 瞬間、地面から一斉に無数の剣が飛び出してくる。


「ぐっ……!!」


 その数、実に数十。一瞬にして広がる針の山。

 何の前触れもなく、躊躇なく繰り出される無慈悲な攻撃に全員の判断が一瞬遅れる。


「――うおおぉぉぉああああ!!」


 しかし、アーサーの足元から伸びた剣は、その中腹からぽっきりと真っ二つに砕ける。アーサーの手には、氷で作られた二本の剣が握られていた。


「効かねえぜ……!! そんな初見殺し!」

「さすがにナマクラじゃあ傷つけられないか。想像以上だよ、アーサー」

「何笑ってやがる! 生憎、この程度の剣じゃ俺の魔術は突破出来ないぜ!」

「いいね。やっとそれらしくなってきた。彼らみたいにつまらない戦いはしないで欲しいからね」

「彼ら? 何を…………なっ!?」


 アーサーはその光景に目を見張った。

 自分が地面から伸びる剣を相手取っていた僅かな時間に、レオは目の前の光景をやってのけたのだ。


 手に持つ黒い剣からは、赤い血がぽたぽたと滴り落ちている。

 そして、レオの周りには三人の生徒が横たわっていた。


「あの一瞬で……」

「楽しませてくれよ、アーサー、ヒューイ。君たちの力を僕に見せてくれ」


 Gブロックの戦いが今、開戦した。

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