第95話 リオ・ファダラスの奥義

「もう……どうなっても知らないよ……!!」


 一気に膨れ上がる、リオの周りの魔力。

 魔力総量はニーナと同等かそれ以上か……いや、魔力総量というよりもこれは放出量が規格外だ。外に向けて放つ魔力の量がかなり多い。


 ビリビリとコチラまで伝わってくるかのようだ。


 なりふり構わず、こっから本気と言う訳か。


「――だが、今までと同じじゃ勝てないぜ?」

「本能で戦うって……言ってんだろうがっ!!」


 瞬間、地面が地震のように揺れる。

 体が振動し、地面がひび割れる。


 なんだ……攻撃? いや違う、これは――


「うおあああああああああ!!」


 リオのピンクの髪が、重力に逆らい逆巻く。

 リオの周りの重力が乱れていく。


 小石が宙に浮き、縦横無尽に動き回る。


 すると、次々と地面のひび割れが増えていき、割れた地面の欠片がさらに宙にまっていく。


 何もかも、無差別に。


「はああああ!!」

「すごいな、これが重力魔術――」


 景色が、一変する。

 

 地面を破壊し、空中に浮いた岩石。

 それは闘技台中に浮遊し、視界をこの上なく悪くする。


 まるでここが宇宙かの様に、ふわふわと漂う。


 さらに、リオの姿を完璧に隠すように、地面が壁のように迫り上がっている。


 超広範囲を対象とした重力魔術!

 それにより、会場がいっきにリオの物へと変化する。


 俺のところまで範囲が届いていないところを見ると、リオのこの魔術の横の射程はせいぜい三~四十メートルと言ったところか。


 俺の攻撃をこのまま避け続けるのは得策じゃないと判断したか。


 さっきまでより広範囲の遮蔽。俺自身が動かざるを得ない状況へと追い込んだわけか。確かにこれなら壁の裏にいてもわからないし、浮遊していれば岩片によって見えない。


 このまま俺が魔術を放っても、破壊できるのは岩石だけ。

 いままで無かった俺の隙が生まれると言う訳か。


 考えたな。環境を自分の有利なものにする。それも対人戦の醍醐味か。


 今までモンスターとは相手のホームで戦ってきた。

 人間は考える生き物だ。これはその顕著な例といえるだろう。


 予選だと、アーサーも氷でフィールドを作り上げてたっけか。


 その闘技台の変化に、会場中がどよめく。

 今日一番の大技に、興奮が伝わってくる。


 確かに上手い。

 ――だが。


「"サンダーボルト"」


 瞬間、俺の頭上に現れた雷源は、四方の岩石を粉々に砕いていく。


 隙を見せなければいい。

 サンダーボルトなら、無差別で周囲を破壊する。


 さあどこだ……。

 と、次の瞬間。リオの魔力の増加反応を感じとる。


 今までより禍々しい、混沌とした魔力。


 だったら、その魔術の発動前に打つ!

 魔力の出所が分かれば、遮蔽物なんて関係ねえ。


「"ライトニング"!」


 稲妻が走る。

 何折りも屈折し、稲妻は俺の手の動きに合わせて障害物を縫うようにしてすり抜けていく。


 リオの居場所は、右前方、大きめの岩石の裏側!!


 激しい雷鳴と光りを放ち、ライトニングは岩石の裏で弾ける。


 ――が、しかし。

 叫び声どころか声すら漏れ聞こえない。


 なんだ? 手応えがない。フェイクか……?


 と、一瞬俺が気を緩めた隙をリオは見逃がさなかった。


 立ち昇る煙。浮遊し動いた岩石の裏で、俺のライトニングを根性だけで耐え抜いたリオの姿が現れる。


「おいおい、おもしれえことするじゃねえか……!」


 俺は思わずにやける。


 俺のライトニングを受けて、敢えて防御を捨てることで魔術の発動時間を得た!

 普通なら考え付かない諸刃の剣。


 これこそ、俺が求めていた対人戦だ。


「はぁぁぁ……!!」


 一気に空気が重々しくなり、上空には多重の魔法陣が出現する。


 それは荘厳な光景だった。


 俺を殺す気だ。

 これが奴の本気、奴の本能を剥きだした殺すことを厭わない全力の魔術。


 ――いいね、そういうのを待ってたぜ。


「こいよ、リオ! 俺が正面から受け止めてやる!」

「余裕ぶってんじゃ…………ねええ!!! これが僕の……最大最強の奥義だっ!!」


 リオが上空に向けてあげていた手を、一気に下に降ろす。


「! 上か!」


 遥か上空。

 空の彼方。

 赤く輝く閃光が、一筋の線を描き降り注ぐ。


 それは彗星のように後ろに尾を引き、美しいフォルムで一直線に闘技台を目指す。


「極大重力魔術――――"超高高度落下メテオダイブ"」


 その魔術は、至極単純。だが、使用される魔力は莫大だ。


 さっきの俺の遮蔽の為に浮かせていた岩石……その一部を遥か上空で一か所にまとめ、"超高高度落下メテオダイブ"により高速強引に地面に叩きつける。


 超高高度からのまるで隕石のようなインパクト。


 岩石を浮遊させていた重力魔術が、俺までの距離は射程外としていたのは、はるか上空まで範囲が及んでいることを悟らせないためのブラフ!


 やるじゃねえか。だが――この威力は……。


「これでもくらえ、バーカ……!」


「おい……あれこっち降って来てないか!?」

「おいおいおい、これくらったら……死ぬぞ!!」

「きゃあああああ!!」

「に、逃げろ!! 巻き添えを食らう!!」

「何てことしてくれてんだリオ・ファダラス!!」


 会場は一気にパニック状態に陥る。


 リオも既に魔力を使い果たしたようで、これを止めることも出来ない。


 我先にと会場から抜け出そうと、観客たちが慌てふためく。


「――――静粛に!!」


 瞬間。ひと際清涼感のある透き通るような声が、会場に響き渡る。


 その声を聞き、誰もが慌てることを忘れ、その声の主を振り返る。


 その声の主はアイリス・ラグザール。

 氷雪の女神レヴェルタリアと呼ばれる、絶世の美少女。


「どっしりと構えてなさい! ここで戦っている人が、誰だと思ってるんですか!」


 アイリスの声は力強い。

 揺ぎ無い信頼、希望。確信に満ち溢れた声は、人々の耳に自然と入っていく。


 完全な贔屓。一方に偏った、独りよがりの発言。

 しかし、不思議と誰もがその言葉に揺れる。


「私を救った男、ノア・アクライトよ!! 最強の彼が、これくらい止められない訳ないでしょ!! そうよね、ノア!!」


 アイリスは柵から身を乗り出し、満面の笑みで俺に問う。


 おいおい、もう随分立派な皇女様じゃねえか。

 ――じゃあ、期待に応えるしかねえな。


 俺はゆっくりと腕を上げ、降り注ぐメテオに手をかざす。


「任せとけよ、アイリス。俺は最強だぜ? この石ころくらい吹っ飛ばしてやるよ。静かに座って俺の魔術を見てな」

「任せた!」

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