第94話 実力差

「決勝戦――開始!!」


 とうとう、最後の戦いが始まる。


 状況を整理しよう。


 リオ・ファダラス。重力魔術使い。

 判明している魔術は、"グラビティ・ボール"、"グラビティ・レイ"、それに浮遊と引き寄せ。攻撃手段としてはグラビティ系統の魔術で叩き潰すか、引き寄せた相手をそのまま殴り飛ばすこと。


 見えない重力圏による攻防一体の攻撃、浮遊による回避、引き寄せにより間合いを自在に操る……これだけ要素を並べれば、いかに汎用性の高い魔術系統か分かるな。


 となれば、いくら俺の魔術の火力が高いからと言って後手に回れば俺でも少し厄介か。だったら――。


「先手必勝だ」

「早打ち勝負か? かかってこい!!」


 目をギンギンに開いたリオは、すぐさま手を上にあげ、魔術の発動に移る。


「"グラビ――」

「"スパーク"」


 リオの魔術の発動よりも早く、俺の紫電はリオへと向かい地面を走る。


「!!」


 リオは魔術が間に合わないと判断したのか、咄嗟に魔術の発動をキャンセルし防御の姿勢を取る。


「この程度の魔術直接受けても――――ッ!?」


 リオは俺のスパークを眼前に迎えたところで、顔をしかめると防御姿勢を解除して勢いよく


 ドシンと激しい音を立て、リオは地面に着陸する。


「は……はぁ、はぁ……!」


 俺の紫電はリオがさっきまで居た地面を削り取り、もくもくと黒い煙を上げる。


 リオは、距離にして十メートル近くも横に退避した。 


 今のは‥‥…引き寄せか?。

 自分の身体を遠方の地面に引き寄せたと言う訳か。


 俺の紫電をあの至近距離から回避できるとは、なかなかの反応速度だ。

 ただ攻めれば倒せるというものでもなさそうか。


「"スパーク"……あの速攻魔術がこんな威力なんて……。予想以上だよ」

「いやいや、あんたもなかなかやるじゃん。良い逃げだった」

「逃げ……!?」


 リオは一瞬顔に怒りを滲ませるが、すぐさま笑みを浮かべる。


「……そうかもね。僕を逃げさせるなんてとんだもない魔術だ。遠くから見てるのと実際受けるのとじゃ違うってわけね」


 冷静だな。

 プライドが高いタイプかと思ったが、そうでもないらしい。まあそうでもないとここまで強くはなれないか。


「キシシ……面白くなってきた……! どんどんこいよ、ノア! 僕の重力で叩き潰してやる……!」


 そこからは、観客すら予想しなかった展開が繰り広げられる。


 俺の"スパーク"、そして"サンダーボルト"。

 この二つの魔術を繰り出し、リオに全く攻撃の隙を与えない。


「くっ……うざったい!!」


 リオの引き寄せが発動する。

 俺の身体、一気にリオの方へと引き寄せられる。


「キシシ! この距離ならいくらその雷でも――」

「"雷刀"」

「ぐっ!!」


 すぐさま繰り出される俺の一振りを、リオは間一髪避ける。

 掠った刃が、リオの髪を僅かに散らす。


 この近距離では、リオ自身も重力魔術を操れない。なぜなら自分もまきこむ可能性が高いからだ。


 リオは慌てて俺を重力魔術で突き放す。


「くっそ……厄介……!」


 そうして俺の一方的な攻めは続く。


 本来リオの重力魔術にて相手の動きを封殺し、一方的な展開を作り出すのがリオの戦い方だったが、それは今までの相手に対してリオが常に一枚上手だったから出来た戦い方だった。


 しかし、リオと俺。今回ばかりはその差が完全に逆転していた。

 圧倒的な実力差。それが現実としてリオに直面していた。


 リオと俺は似ている。

 確かに俺は対人戦の経験はあまりない。しかし、リオは沢山の対人戦を今まで経験してきたはずだ。だが、それは強者からの一方的なものに過ぎなかったはず。だから、リオの戦い方は単純で単調。まるでモンスターを相手にしているような戦い方だ。


 それもそのはず、リオにとって常に相手は自分より格下。策など必要なく、ただ自分の魔術で思ったように戦えばいいだけだったのだから。


 そう言った意味で、俺とリオは互いに本当の対人戦というものを経験していないと言う意味では似たもの同士だ。


 つまり、ここで俺とリオの間に発生する差は、完全に俺とリオの魔術の力の差と言う訳だ。


「ぐぅ……!! しつこい……!!」


 俺の放つ雷を、リオはすんでのところで躱していく。


 しかし、それはこれまでのような余裕の笑みを浮かべ、「キシシ」と笑い声を上げるような感じではなく、必死の形相でギリギリを潜り抜けるような、そんな動きだった。


 重力魔術による"落下"と、浮遊による回避。

 "グラビティ・ボール"などによる俺の攻撃の軌道逸らし。


 紙一重で避け続ける防戦一方の戦い。


 時折隙を見てリオの攻撃が飛んでくるが、俺はそれを"フラッシュ"で軽々と避ける。だが、攻撃に転じた後のほんのわずかな隙を狙う俺の攻撃に、その攻撃もほとんど出せなくなっていた。


 その光景に、会場は驚きに包まれていた。


 あのリオ・ファダラスが、完全に後手に回っていると。


「おいおい、誰がこんなの想像してた……!?」

「リオ・ファダラスが後手に回ってる!? そこまでの差が!?」

「ノア・アクライトか……噂では聞いていたが本物か」

「これが皇女様のお気に入り……なるほどな……」


 と、様々な声が観客席から聞こえてくる。


 特に今日初めて見に来た奴らは顕著だ。

 だがそれとは正反対に、俺のことを既に知っている観客たちは比較的落ち着いた様子で戦いを眺めている。


 ――だが、"スパーク"や"サンダーボルト"で仕留め切れていないのも事実。


 魔術師としての力量だけで見れば、今まで戦った相手の中ではトップレベルの実力者であることは間違いない。前評判が高いのも頷ける。


 さて、そろそろ引導を――


「――キシシ……! あぁ、これが……戦い! 初めての感覚だよ……!」


 リオは、はぁはぁと肩で息をしながら、久しぶりに笑みを浮かべる。


「やるじゃん、なかなか。ここまでとは予想外だった」

「……そりゃあどうも……。僕も、まさか……お前がここまでとは思わなかったよ……!」


 そう言い、リオはツインテールを結んでいた紐をほどく。


「そろそろ、潮時かな。ここからは、未知の領域だ。僕も、本能剥き出しで戦わせてもらうよ……!」


 瞬間、リオの周囲の空間が僅かに歪む。

 解けた髪がフワッと宙に舞い、まるでリオの周りだけ空間がねじ曲がったかのような、そんな光景。


「こっから本気って訳ね。いいぜ、かかってこいよ。それでこそ決勝戦だ」

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