第132話 狙い
何だ、結界が壊れた!?
いや、アリスの土地の聖霊を使った結界はほぼ最上級の結界魔術。
外からの攻撃で壊れることはまずない。
つまりこれは自発的な結界の解除……何を考えている、アリス?
クラリスたちを守る手筈が……。
しかし、結界が解けると同時に、全員が動揺もなく魔女へと向かっていく。
そしてすぐに察する。あいつら、魔女を相手するつもりか……!
クラリスは手に持った剣を振るい、得意の炎魔術で遠距離攻撃をしかける。
それに続くように、ファルバートが近距離からのラッシュ攻撃。
無謀……いや、今の力を制限された金髪の魔女なら、クラリスたちなら何とか抑えられるか……?
すると、アリスと目が合う。
アリスはただ静かにうなずき、すぐさま反転する。
任せろってことだな。わかった、任せるさ。
ファルバートも黙って守られているようなタマじゃないし、クラリスだってそうだ。
俺が魔女の攻撃に手を焼いているのを見て行動に出てくれたわけだ。
きっとクラリスが言い出しっぺだろうな。
だったら、この機を逃すわけにはいかない。
俺はこっちを……!
「いい加減、ケリをつけようぜ……”黒き霧”!」
俺の度重なる攻撃により、全身の黒い外殻は崩壊し始めていた。
黒雷を二回、裂雷を一回。
奥義級の魔術を使うのに、魔力はかなり持っていかれている。
これでも魔力の総量は多い方だという自負はあるが、それでも残り半分といったところだ。
それだけ、”黒き霧”の防御力が桁違いということだ。
キマイラでさえ一撃で葬り去る黒雷を喰らって平然としていられる時点で、規格外すぎる。
地道な攻撃が少しずつ積み重なり、何とか外殻を削りつつあるが、ここらへんで切り札をもう一枚切らないといけないかもしれない。
俺の持つ魔術の中でも最大火力の”火雷”を。
だが、たとえ最大火力を叩き込んだとしても、あの外殻がある以上致命傷には恐らくなりえない。
何とか攻撃を差し込む隙を見つけないと……外殻そのものを破壊するか、あるいは隙間を作らなくては。
それに、魔力を貯める時間。最低でも一分は詠唱と魔力錬成に時間が掛かる。
そのために魔力を温存しなければならないし、戦いの手も抜けない。
簡単じゃないが、やるしかねえ。
「グオアアアアアアアアア!!!」
「!?」
突然の耳をつんざく咆哮。
そして、大きく開かれた口に、周囲の外殻が霧化し集まっていく。
まずっーー
瞬間、黒いブレスが放たれる。
「くっ!」
俺はなんとかその場から離脱する。
ブレスは地面をえぐり取りながら真っすぐに突き進み、俺の元いた場所から後方約百メートルは更地となる。
しかも、ただの破壊ではない。
周囲の草木が枯れ、まるで生命力を吸い取られたかのようにどんよりとしている。
ブレスに黒い霧を適応させてきやがった……!
こいつ、少しずつ成長してるのか……!
焦るな、所詮は飛び道具。
魔女が操っている以上、魔女を巻き込むことはしないだろうからクラリスたちの方へ攻撃が向くことはない。
だが、少しずつ成長しているのならそれこそ時間の問題だ。早く隙を作らないと……!
◇ ◇ ◇
「フレイムバースト!!」
魔女目掛けて放たれる炎の攻撃。
全てを焼き尽くす高火力だが、それを周りの自然へと影響させないのはクラリスの卓越した魔術操作ゆえだ。
「くっ!」
魔女は枝を伸ばしてその上に乗ると、グンと張力でその場を離れる。
それを待っていたかのように、ファルバートの突進からの全力の右ストレート。
「暑苦しいわね……炎に男っ!」
かざした手のひらに魔法陣が浮かび上がり、ファルバートの腕を拘束する。
「ぬっ……お嬢ちゃん!」
瞬間、アリスの解呪の魔術により一瞬にしてそれは朽ち果てる。
「効かねえぜ、今はなあ!」
「……相性最悪かしら、もしかして」
魔女の顔が歪む。
「一気に叩く!! 行くぞ冒険小娘!」
「変な呼び名で……呼ばないでください!!」
クラリスは魔女を挟むように両側に炎の道を作り上げる。
逃げ場のない袋小路。
そこを、ファルバートは最高速度で駆け抜ける。
魔女は一体だけ分身を繰り出すと、入れ替わるように後退する。
魔術で木の盾を作りながら、炎の壁を抜け出す。
だが、ファルバートの熱のこもった拳が、分身を一撃で粉砕する。
「いいぞ、やはり奴は全力を出せないでいる! 防戦一方だ! 予想通り・・…!」
「今なら勝てる……! あいつの本を奪えば、きっと”黒き霧”の制御が可能になるわ!」
実際、ヴァンが苦戦を強いられている”黒き霧”を討伐するより、この全力を出せない魔女を無力化する方が難易度は低そうに思えた。
三体一を続ければ、恐らくこの魔女は早々に限界を迎える。
このままうまくいけば……!
「このまま上手くいく――なんて思ってないわよね?」
「あぁ? 負け惜しみか、魔女。俺たちが圧倒的に有利なのは変わらねえ!」
しかし、クラリスは一瞬不安がよぎる。
相手は魔女。一度は敗れた相手。本当にここで終わりなのか?
――とその時。魔女の浮かべる背筋が凍る笑顔を見て、クラリスは読み違えていたことに気が付く。
分身が消えれば多くの実力者が流れ込んでくる。”黒き霧”がヴァンに抑えられている以上、それを良しとするはずがないと思い込んでいた。
考えてみれば不自然だった。
クラリスとファルバートの魔力を吸い上げるために外周に足止め用のダミーや魔術師を配置し、最終的に彼らごと吸い込むことで魔神の顕現の為の魔力を集めると言っていた。
だが、よく考えれば本来それはあり得ない。
なぜなら、ローマンが率いる実力者たちが何人かなんて知りようがないし、そもそも彼らの実力も魔力量も未知数だ。
そんなものを勘定に入れて賭けに出るほど、多分この魔女は愚かではない。
この場で確実にすべてを満たすことができるのはヴァンただ一人。
ヴァンの桁違いの魔力があれば、恐らく一発で魔力がたまり切る。
つまり、狙いは最初からヴァン……。
そう考えれば、クラリスたちは森へヴァンを誘導する餌だったと自然にわかる。
つまり、元からヴァンがこの土地に来ていることは魔女は把握していた。
そして、ヴァンを最後のメインディッシュとするべく、クラリスたちの追跡を利用した。
であるなら、魔女にとって対処しなければならないのはヴァンただ一人。
魔神分の魔力がたまれば自分の死をもいとわない魔女にとって、外周の有象無象は相手ではない。
そして最強の雷帝を崩すには、正攻法では勝てないと思っているのなら……外周にダミーを生成して本体の魔力を減らしているのには別の意味が生まれる。
もし、意図的に弱体化することで自身への脅威度を下げているとしたら――。
今、完全にヴァンから魔女への警戒が薄れているこの状況を狙っていたとしたら。
「――ヴァン様が!」
「”リバース”……"レネゲイド"!」
瞬間、魔女の魔力が一瞬にして跳ね上がる。
それは、最初に会った時よりも数倍の魔力量だった。すべてのダミーを戻し、一瞬にして万全の状態へと戻る。
多重の魔法陣が展開される。
狙いはもちろん――雷帝。
溜め無しで放たれる、極大の魔術。
地面を削りながら進むそれは、中には嵐のような暴風が吹き荒れ、削り取った地面のさまざまな物質が恐ろしい破壊力を生み出している。
気づいた時にはもう遅い。
目の前に自分を超える魔力反応がある状態で、完全な意識外からの魔術に反応できるわけがない。
それは、ファルバートたちも同様だった。
このままこの魔術が”黒き霧”ごと飲み込めば、雷帝が瀕死のダメージを追うのは明白だった。
「この時を待っていたのよ! 最高傑作の最後よ!」
――しかし。
「させないわ!!」
唯一思考が追いついたクラリスが、その魔術の前に飛び出した。
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