二章 地下の錬金術師

第20話 初授業

「――スパーク」


 激しく発光する稲妻が、バチバチと音を立て訓練用の人型のダミーゴーレムへと直撃する。


 むせ返るような煙と焦げ付くような匂い。


 晴れると、そこには上半身が消し飛んだダミーが真っ黒く焦げついていた。


 前に立つ長髪の男が、感慨深げにダミーゴーレムを見つめる。


「……これはすごいな……君は、あーっと…………ノア・ブライトか」

「はあ」

「ふむ。しかし、末恐ろしいな……。これでまだ手を抜いていると見える。……いや、楽しみだよ。まだ一年生とは、期待できるな」

「そりゃどうも」

「淡泊だな。この私が手放しでほめる奴など数える程しかいないぞ」


 ラグズ・リーダス。魔術基礎訓練のAクラス担当教師で、辛口教師として知られているらしい。兄弟がこの学院に居る奴が、ラグズはかなり実力主義だからと気を付けるようにと言われたらしい。


 実際、この授業を受ければその意味が分かった。


 君は今までなにしてきたんだ? なぜ君のような奴が合格したのか……来年の試験は見直すべきだな。貴族の力でも使ったか? 平民だから採点が甘くされたのか? そんなのでこの学院でやっていけると思ってるのか? クソの役にも立たない魔術だ。その水で便器でも流していた方が有意義だな。


 ――などなど。俺の番が回ってくるまでにこれらの言葉を生徒に言い放っていた。


 たしかに、俺の目から見ても彼らの力はお世辞にも凄いとは言えなかった。せいぜいルーファウスの半分程度といったところだ。


 これはルーファウスが凄かったのか、それともこいつらが微妙すぎるのか。とにかく、歯に衣着せぬ物言いで、生徒の心はズタボロだった。期待の裏返しなのかも知れないが。


 その中で少しでも誉めたのは俺とニーナ、クラリスそして例の4人、レオ、モニカ、ヒューイ、ナタリー。特に手放しだったのは俺とレオ、クラリスだけだった。


 アーサーは魔術が雑だとか貶されてたな……まあ威力はあったから小言で済んでいたが。


「まあいい。期待できる奴が居て俺も嬉しいぞ。雑魚しかいないんじゃ育てがいがないからな。――よし、次!」



 そんなこんなで初日の最初の授業が終わり、俺たちは昼を食べるため食堂へと向かった。


 多種多様な食べ物がビュッフェ形式で並んでおり、好きなだけとって食べられるという贅沢仕様。さすがエリート学院、食にも手を抜かないようだ。


 俺たちは好きなものを取り、窓際の空いていたテーブルに腰を下ろす。


「いやー疲れた。手厳しすぎるぜあの先生」


 アーサーはいじけた様子でポテトにポリポリとかじりつく。


「あの魔術じゃ当然だったけどな。残念ながら」

「くう、お前まで手厳しいじゃねえか……まあそうだけどよ……もう少し俺の潜在能力を見抜くとかしてくれてもいいじゃねえかよまったく……」

「ま、奥の手を隠してたらあんなもんだろ」


 すると、アーサーの笑みが一瞬消える。

 ――が、すぐに元のヘラヘラした顔へと戻る。


「はは、目ざといねえノアは。さすがだな」

「あの場で全力出してる奴なんていねえよ。……こいつ以外」


 俺は隣に座るニーナを見る。


「だ、だって……召喚術で手を抜くって難しいんだよ……?」

「いやあ、でもすごかったぜ!? 俺初めて見たよ召喚なんて!」

「そうかな? まあ珍しいらしいからね」

「いやいや、あの先生が褒めるんだ、十分すげーよ」


「そうだな、ニーナ・フォン・レイモンド。僕も君の召喚術は素晴らしかったと思うよ」


 と、不意声を掛けてきたのは、見るからにイケメン感満載の男。


「レオ・アルバート……さん」


 レオはパチパチと拍手をする。

 それを、アーサーはつまらなそうな顔で眺める。


「さすがレイモンド家の召喚術。この目で見られるとは思ってなかったよ。ありがとう」

「いやいや、レオさんの剣術も凄かったよ。あんなに魔術と剣が一体となれるなんてそうそう出来ることじゃないよ」

「はは、お世辞が上手だな。ありがとう。君が試験で戦ったガンズさんの方が数倍上手さ。僕も精進しないとね。それに――」


 と、レオは俺を見る。


「どうした?」

「ノア・アクライト……まさか君みたいな逸材が眠っていたとはね」

「へえ、貴族様の割りには全うな評価をするんだな」

「はは、僕は貴族や平民で態度を変えたりしないさ。中にはそういう奴もいるけどね。僕は純粋に魔術が好きなんだ、君みたいな凄い奴と一緒のクラスで切磋琢磨できるなんて僕はラッキーだよ」


 そう言ってレオは楽しそうに笑う。

 こいつ本物か……? ただの良い奴なのか?

 俺の中の貴族観がルーファウスで完全に塗り替えられてるな……いかんいかん。


「あんたも中々だったぜ。俺が見てきた中でもあんたの魔剣はニ十本の指には入るぜ」

「はは、二十本の指に入れて貰えるとは光栄だな。是非とも君とは今後も仲良くしていきたいな。僕も得る物が多そうだ」


 そう言ってレオは俺に手を差し出す。


「あぁ。よろしく――」


「つまらないわねあなた達。そんなんじゃ私の相手にならないわよ」


 と、不意にまた声をかけてきたのは――


「クラリス」

「クラリスちゃん!」

「ちょ、ルームメイトだからってちゃん付けしないでくれないかしら?」

「あっと、ごめんね……」

「い、いや……悪くはないけど……」

「おぉ、君はクラリス・ラザフォード! 君の炎魔術も凄かったじゃないか」


 レオは次はクラリスを手放しでほめ始める。


「ふん、私が凄いのは当然でしょ。A級冒険者よ? 本来ならこの学院に来る必要もないほどの強さ何だから」

「はは、君との出会いも僕に良い影響を与えてくれそうだ」

「……何あんた、物好き?」

「そうかもね。ノアにニーナ、それに君……何だか今年の一年、特に僕たちのクラスは豊作そうじゃないか」

「当然でしょ、私が居るんだから。それに……そこのノアもいるしね」

「へえ、君もノアには目を付けているのか?」


 クラリスはチラッと俺を見る。

 あ~……俺がヴァンの弟子だから意識してるのかこいつ。こいつの原動力はヴァンみたいだからな。


「……まあね。歓迎祭楽しみにしているといいわ。決勝はノアと私になるでしょうけどね。あんたもいいところまでは行くんじゃない?」

「はは、そうはいかないさ。僕だってこの剣に誓って負ける訳にはいかない。それに、ニーナだっている。君たちだけに良い恰好はさせないよ」

「ふん、まあ楽しみにしてるわ。あんたも弱い訳じゃなさそうだし、退屈はしないわ。精々頑張って」


 そう言ってクラリスはスタスタと食堂を後にする。


 既に同じクラス内でバチバチしているようだ。

 

 ――ま、勝つのは俺と決まってるんだけどな。


 すると、アーサーが立ち上がり叫ぶ。


「俺は!?」

「君は……光るものはある! 君の成長に期待するよ」

「お前……優しさがうざいぞ……」

「おっとそれは悪かったね。……じゃ、僕もこの辺りで。今後も共に成長していこう」


 げんなりとしたアーサーを置いて、レオも俺たちの元を後にした。

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