第21話 チャレンジタイム

「集中しなさい。魔術師だからと言って格闘術を疎かにしていいことにはならないわよ。素手での戦闘経験は必ず必要になるわ」


 ショートヘアの女教師が腕を組みながら眉間に皺を寄せ、険しい顔で叫ぶ。

 彼女の名はベティ・アルゴート。この学院の教師の一人。この授業――格闘術の授業を担当する先生だ。


 人間相手では格闘術は欠かせない。魔術だけで勝負が決まれば、魔術師としてはそれがベストだが、素手に頼らざるを得ない状況というのは往々にして存在する。モンスターと戦ってきた俺にはあまり無かった状況だな。


「魔剣士が格闘術を身に着けるのは当然よ。武器種に関わらずね。でも、それ以外の魔術師も当然そういう場面は訪れるわ。特に騎士なんかを目指す場合は魔術を使わないで無力化する場面も出てくるわ」


 まあ確かに、所かまわず魔術を撃っていればいいというものではないのは確かだ。

 ニーナの所の爺さんとの戦いの時も、わざわざ路地に誘い込んでから魔術を使ったのは周りの一般人を巻き込まない為という目的も一応あった。


 人混みの中で咄嗟に拘束できるようなタイプの魔術を持った魔術師なら問題ないだろうが、攻撃に特化した魔術師なんかは周りへの影響を考えれば迂闊に魔術を使えないだろう。


「きゃっ……!」

「お、おい大丈夫か?」

「いてて……召喚獣に頼りっきりだから格闘なんてやったことないよ……」


 隣ではアーサーとニーナが手合わせをしている。

 初回は全員の力を見るとか言って先生は特に教えるでもなく、格闘術の大切さを説くだけに留め、各々先生の決めたペアで模擬戦を繰り広げていた。


 そして俺の相手はというと……。


「や、やりますね……あなた……」

「そりゃどうも」


 目の前で尻もちを付く少女――ナタリー・コレット。

 Aクラスでも話題の人物の一人だ。弓を使うだけあってその体つきは見た目ほどやわではなく、意外とがっちりしている。背丈も女子にしては割と高めで、攻撃も一つ一つが重い。


「立てるか?」


 俺はナタリーに手を差し伸べる。


「ん、ありがとうございます」


 ナタリーは俺の手を掴むとグイと力を入れ立ち上がる。

 ルーファウスが俺の手を払いのけたのを思い出すな。


「いやあ、昨日今日と二日しかまだ経ってませんけど、ノアさんの魔術には目を見張るものがあると思っていたんですが……まさか格闘術までこんなに出来るとは……」

「使う魔術的にな。俺の魔術の中に身体強化に近い魔術があるんだが、その魔術でも不自由なく動けるようになるためには強靭な身体が必要でな。まあそれの副産物みたいなもんだ。本気で素手を極めた奴にはこれだけじゃそう簡単には勝てねえよ」

「負けるとは言わない辺りがさすがですね……」


 と、ナタリーは少しげんなりした様子で溜息をつく。


「ナタリーも別に悪くないと思うぜ? 割と遠距離系の魔術なのに上出来だと思うぞ」

「まあ現状素手では歯が立たない訳ですが……」


 ――っと次の瞬間。ナタリーの下段への回し蹴りが飛んでくる。


 俺はそれを軽く飛んで避けると、続いて繰り出される左右のストレートを右手で受け流す。


「ふっ!!」


 渾身の右ストレート。


 それを覆いかぶさるようにして脇の下で挟み、肘の下に腕を絡ませ、強引に捩じり上げる。


「いたたたたたた!!!」

「いい奇襲だったぜ。ま、俺には効かねえけどな」

「ギ、ギブ……!」


 パンパンと俺の腕を叩くナタリー。

 俺はそっと絡めた腕を離すと、またもナタリーは地面に倒れこむ。


「はあ、はあ…………魔術さえ使えれば……」

「へえ、魔術には自信あるのか」

「と、当然です! 私は名門コレット家の人間。魔術だけは誰にも負けません! たとえあなたがどれほど強い魔術師だとしても……!」

「いいねえ。自信がある奴は好きだぜ」

「好……――っ! そ、そういうのは簡単に言っちゃいけないんですよ!」

「いや、そんな深い意味はないんだが……」


 ナタリーは少し怒った様子で顔を背ける。


「な、なんかすまん……」

「わかればいいんです! 勘違いする人もいますからね!」

「はあ……」


 すると、丁度校舎の鐘が鳴る。授業の終わりを告げる鐘だ。


「――今日の授業は終了よ。あなた達の実力は見させてもらったわ。次回からはもう少しレベルに合った相手と鍛錬を積んでもらうからそのつもりで。以上、解散」


◇ ◇ ◇


「どうだったよ、ノア」

「まあ魔術よりは苦手だな」

「何回も転がってるナタリーちゃんを見たらそうとは思えねえけどな……」

「そういうお前はどうだったんだ?」

「俺か? 俺はまあ結構格闘は得意だぜ」


 そう言ってアーサーは自分の腕をポンポンと叩く。


「素手だけだったらノアともいい勝負できるかもしれねえぜ?」

「はは、魔術師が何言ってるんだよ。お前の魔術が相手の魔術を封じる魔術だったら話は別だけどな」

「ははっ、そんなチートみたいな魔術ある訳ねえだろ――」


「新入生ええぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「!?」


 突然、訓練場の入口付近から特大ボリュームの叫び声が聞こえる。

 空気が震えるほどの大声に、その場にいる全員が咄嗟に耳を塞ぐ。


 声の方――入り口には、二メートル近くはあろう巨体の大男が、仁王立ちで腕を組んで立っていた。その横には、すらっとしたポニーテールの女性も頭を抱えるようにして立っている。


「――っつう……ばっかでけえ声だな…………おいおい、なんだなんだ? 何かの余興か?」

「どうだかな」


 大男はその場にいるAクラスの一年生、ほぼ全員をぐるっと見回すと、ニヤリと笑みを浮かべる。


「チャレンジタァァァァイムッ!!!」

「はあ……?」

「魂見せてみろやッ!!! 岩操魔術――」

「なっ……!! おいおいおいおい!!」


 大声を出しながら、大男は両腕を地面に叩きつける。

 激しく光る魔術反応。地面に浮かび上がる魔法陣。


 その場にいる誰もが咄嗟に理解する。これから――――攻撃される!


「"ノックアップ・インパクト"!!」


 刹那、地面から無数の岩が隆起し、俺達に襲い掛かった。

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