第22話 ドマ

「何だなんだなんだ!?」

「三年の…………ドマ先輩……!」

「くっ……あぁぁあぁぁ!!!」


 阿鼻叫喚の画。この場には授業が終わった直後のAクラスメンバーの半分近くが居る。大男――ドマの魔術は超広範囲攻撃。辺りを一斉に攻撃する、ルーファウスの氷を上回る広さの無差別攻撃だ。


 まるで波のように脈打つ岩の塊が、ドマを中心に波状に広がる。


「くっ……舐めるな!」

「うおおおお!!」


 一斉に発動する魔術の数々。


 剣を抜く者、拳を握る者、本を開く者……それぞれがドマの魔術に対抗しようと反応する。


「くっそ……! いきなり何だってんだ!」


 アーサーも焦った様子で魔術を発動し始める。


 岩操魔術……。範囲も申し分ない。これだけの範囲魔術にもかかわらず威力が一定以上あるのは中々の魔術師だな。さすが上級生と言ったところか。


 ――だが、まとめて全員を相手にしようなんて無謀すぎる。範囲に力を注いでるせいで威力も勢いも一定以上とは言えそこまでじゃない。この程度じゃ俺には足止めにもならん。何が目的かは知らないが……。


 俺は勢いよく迫る岩を見据える。


 さながら波のように隆起し、爆音と振動を立て迫るそれが俺の眼前に迫り、遂に俺の胴体を貫こうとした刹那。

 

 俺は一瞬にして電撃を放ち、岩を粉々に粉砕する。

 衝撃で風が吹き抜け、パタパタと制服がはためく。


「おぉ……?」


 辺りでは様々な魔術が入り乱れ、煙が舞い上がる。


「いってえ……」

「くそ……衝撃が……」

「何て威力ですか……!」


 周囲を見回すと、魔術で攻撃を捌き切れず、うめき声を上げる多数のクラスメイト達が地面に伏していた。


「あっぶねえ……けど……きっつ……!」

「大丈夫か?」

「あ、あぁ……少し食らっちまったが……」


 隣に立っていたアーサーは、何とか魔術で捌いたようだが、飛び散った破片が運悪く直撃したようで腹の辺りを抑えて僅かに苦しそうな表情を浮かべる。


 それでも、他の所で転がっているクラスメイト達よりはマシな部類だ。


「ちょっと……ドマやり過ぎじゃない? 新入生にあなたの攻撃耐えられる訳ないでしょ……」

「ハッハァ! チャレンジタイムと言っただろう! 俺に認められるチャンスだ! 新入生の力を知るにはこれが手っ取り早い!」

「何のために歓迎祭があると思ってるのよ……」


 ドマの隣に立つ女性は呆れたように肩を竦める。


「そこまで待てるか! 新鮮なうちに今年の新入生の実力を見たいだろ」

「その気持ちはわからないでもないけど……やり方が強引過ぎるのよ。それに全員いる訳じゃないじゃない」

「とりあえずここにいるだけでも十分! 思い立ったが吉日! ――俺達は魔術師、そうだろう?」

「まったく意味わからないんだけど……。本当計画性も何もないのがタチの悪いところよね、あなたの。たまたま居合わせただけでいきなり攻撃しかけるとか……新入生可哀想」

「それに――」


 ドマはニヤリと口角を上げ、こちらの方を見る。


「少々骨のある連中がいるようだ」


「いきなり何!? ――急に呼び出してごめんね、フェアリーちゃん……!」

「奇襲だなんて、強者の務めね。私の炎の前に立っていられるものなんていないわ」


 ニーナの周囲には三対の下級精霊・フェアリーが飛び交っていた。

 咄嗟の攻撃だったからか、以前のシルフのような高位の精霊は召喚しきれなかったようだがそれでもフェアリーだけで攻撃を耐え抜いたのはさすがだな。


 そして相変わらず強気のクラリス。ヴァンの前と本当に態度が違うな。


「大丈夫か、二人とも」

「ノア君! 何とかね。急すぎてびっくりしちゃったよ」

「あなたに心配されるいわれはないわ。……ま、あなたも当然ピンピンしてるわよね。そうでなくちゃつまらないわ」

「ハッハッハ! 確かにAクラス全員がここにいる訳じゃないみたいだが……チャンスタイムを物にした奴らがこれだけいる!! 悪くない……悪くない結果だ! 中でも特に――」


 ドマは俺の方をじっと見据えると、楽しそうに破顔させる。


「そこのお前!」

「……俺っすか?」

「あぁ。全員の反応を見ていたが……お前だけ明らかに。いや、というより、必要最小限の力でしのいだと言うべきか。このクラスでもなかなか出来る奴だと見た」

「はあ、どうも」

「なんだ、褒めているのに淡泊な奴だな」

「このクラスで一番とかには興味ないんでね。俺はこの学院で最強のつもりですよ」


 俺の発言に、一瞬ドマはポカーンとした表情を浮かべるが、すぐに思い切り身体を仰け反らせ、大声で笑いだす。


「ガッハッハッハッハ!!」

「……めっちゃ笑ってるけど……壊れちまったか? あの先輩」

「さあ」

「――あぁ……いやあ、いいねえ! 新入生はそれくらいじゃないとな! 自分こそが最強、自分こそが絶対! これから自分より強い上級生といくらでも出会うんだ、今くらいはそう思っていなきゃ……いや、そう思い込めるくらいじゃなきゃ魔術師は務まらないよなあ!」


 すると、ドマはニヤっと今までで一番不気味な笑顔を浮かべ、パチパチと拍手を送る。


「合格、合格だ!! お前こそ俺が求めていた新入生だ!!」

「そりゃどうも」


 ドマは制服の袖を捲ると、ゆっくりと俺の方へと歩き始める。


「その自信に敬意を表して! 今ここで!! 決めようじゃないか!!! 俺とお前、どちらが強いか!!」

「おいおい、ノア、何かやばいことになってるぞ!?」

「ノア君……上級生はさすがに……!」

「ふん、ノアならやれるでしょ。私と同じ側の人間だもの」

「ク、クラリスちゃんまで……」


 ドマ……実力は低くはない。性格は脳筋、恐らく戦闘スタイルは魔術でごり押しか。その証拠にあれだけの大規模魔術を放って魔力欠乏に陥っていない。魔力量は十分か。


 悪くない。名前の知れている先輩らしいし、俺の力を試すにはうってつけか。


「――やりましょうか、先輩。いきなり攻撃してきたんだ、ここでやり返されるのも想定のうちでしょ」

「笑止!! だが、良し! イキの良い新入生で感激だ!! ともに踊ろう!!」


「ストップ!! ストップストップ!」


 と、不意にドマの横に立つ女性が大声を上げ手をパンパンと叩く。


 その音に、ドマは不機嫌そうな顔で女性を睨みつける。


「……なんだナタリア。水を差す気か?」

「何だじゃないでしょ……。これ以上はハルカたちが黙ってないわよ」

「むぅ……自警団ヴィジランテの連中か……。確かに少し騒ぎ過ぎたか。騒ぎを聞きつけたらどこへでも顔を出すからなあいつらは……」


 そう言い、ドマは少し名残惜しそうな様子で戦闘態勢に移りかけていた身体を正す。


「いいんすか、戦わなくて?」

「ハハ! 機会はまだある。今日はイキの良い新入生を視察にきたのだ、名残惜しくはあるが、お前をわからせてやるのは今日ではないようだ」

「十分やり過ぎだけれどね……」

「正面からぶつからなければ分からないこともある! お前の本気とやらは別の機会に見せて貰おう。今日は撤退だ! 自警団あいつらとやり合うのは少々面倒だ」

「だったら最初から暴れないでよ……あなたを制御するの本当一苦労だわ……」


 二人はそう言いながら踵を返す。

 が、入り口でピタリと止まり、ちらっとこちらを振り返る。


「――そうだ、お前の名はなんだ?」

「ノア・アクライト」

「アクライト……聞かん名だな。貴族でもなし、名家でもなし……実に良い!! 俺はベンジャミン・ドマ! 覚えておけ、新入生!! アッハッハッハッハ!!」


 こうして突如現れたドマという大男は、嵐のように去って行った。


 取り残された訓練場には、十数名が未だぐったりと座り込んでいた。

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