第91話 ニーナの奥の手
会場の準備が整い、俺とニーナは促され闘技台へと上がる。
ルーファウスとリオ・ファダラスの戦いから冷めやらぬ興奮が会場に満ち溢れている。
俺とニーナは、闘技台上で相対する。
もう言葉はいらない。
きっと公爵令嬢にして、召喚魔術を扱うニーナに対するみんなの期待は凄いものだろう。それは、今も聞こえるこの歓声が物語っている。だが一方で、一部ダークホースのようにここまで勝ち上がってきた俺に対する期待の眼差しも感じられる。
すでに俺もニーナも、優勝するに恥じない生徒として、この一戦は注目を集めているのだ。
もし俺が空気を読むのなら、ニーナに花を持たせ、いい戦いを演出するのが求められている俺の立ち居振る舞いなのだろう。
偽物を倒し、皇女を救ったことを知らしめ、そしてレオを倒した男。前評判とは裏腹に快進撃を続けたダークホース。
そんな俺を、召喚魔術にて圧倒する公爵令嬢ニーナ。皆はそれを期待している。それくらいは俺にだってわかる。
だが――。
悪いが俺は一切遠慮するつもりはねえ。
ニーナの力は知っている。遠慮も慢心もなく、ニーナの力を見切った上で完璧に勝つ。それが俺がシェーラから課せられた課題。俺の力を知らしめる絶好の機会。
まずはこの歓迎祭で優勝して、新入生には敵がいないことを内外に証明する。俺の目的の第一歩だ。正々堂々正面から。俺は俺の力を証明する。
だが、これは準決勝。ニーナも奥の手を使ってくることは想像に難くない。
どんな戦いにも落ち着いて対処する。それが戦いの基本だ。
決してこの戦いは無駄じゃない。たとえ決着がすぐについたとしても。
俺の対人戦の貴重な経験として蓄えさせてもらうぜ。
相手の力をある程度分かっているのはニーナも同じこと。
何らかの策を練ってくるのは当たり前だ。俺はそれを受け止めた上で、勝つ。
「両者、準備はよろしいですか?」
会場はシーンと静まり返り、俺達は顔を見合わせる。
真剣に戦うのはこれが初めてだな。
そしてお互いゆっくりと頷く。
「――では、準決勝第二試合……はじめ!!!」
今、戦いの火蓋が切って落とされる。
ニーナは普段とは打って変わり、のほほんとした顔は綺麗さっぱり消え去り、真剣な顔つきで俺を見る。
「行くよ、ノア君!」
「来いよ、ニーナ」
ニーナはすぐさま腰の魔本を開くと、手をかざす。
さあ、どうくる?
ニーナの召喚魔術は基本的に精霊を中心に構成されている。召喚術師であり、同時に精霊使いでもある。
基本精霊フェアリー、火の精霊サラマンダー、風の精霊シルフ、水の精霊ウンディーネ。
ここまでのニーナの戦いで存在が確認された精霊たち。
さらに、魔力が低コストのフェアリーを贄にすることで瞬時に上位の精霊と切り替えることができる"コンバート"による戦闘への対応力。
恐らく、フェアリーだけでなく他の精霊からの"コンバート"も可能だろう。
そして、問題はニーナの奥の手。だが、これだけ情報があれば大方予想がつく。
恐らく残された召喚精霊は地水火風の最後の一属性。
地を司りし四大精霊が一角。
――地の精霊ノーム。
対俺への切り札としては申し分ない精霊だ。それをここまで残してきたと考えれば、いかにニーナが優勝することを見据え、そしてその過程で俺と戦うことになると想定していたかわかる。
俺の雷魔術に対抗できる唯一の属性。雷を絶縁され防御の態勢を取られれば俺の攻撃は通りにくくなる。ニーナの魔力量は突出している。長時間の耐久も可能だろう。――相手が並みの雷魔術使いならな。
「"契りは楔、繋ぎ止めるは主従の盟約。血と魔素、八の試練。今、主従の盟約に準じ、我が召喚に応えよ"――――」
ニーナの魔本が光り輝き、その上に魔法陣が浮かび上がる。
そこから、一体の小さな精霊が姿を現す。
「地の精霊"ノーム"……!! お願い、力を貸して!!」
「ウゴオオアアアアア!!!」
予想的中!
さて、じゃあお手並み拝見と行きますか。
「"スパーク"!」
「ノーム!」
「ウゴアアア!!」
瞬間、ニーナと俺の間に土の壁がせり上がり、見事に俺のスパークはその土に吸い込まれるように霧散する。
それを見て、観客たちが一気に歓声を上げる。
「あの少年の雷……まさか止められたか!?」
「さすが公爵家のご令嬢……!」
なるほど、俺の軽いスパーク程度ならノームの防御で守り切れるか。
ただの土じゃないな。魔力が練り込まれ、その場に生成された特殊な土。ノームの雷に対する耐性が顕著に表れた特注の壁。もしあれがただの地面なら俺のスパークで粉々に出来た。
「なるほど、しっかり考えてきたって訳ね」
「そうだよ、ノア君。私はノア君を超える……!」
いいね。ようやく対人戦らしくなってきた。
俺を倒すため、俺を乗り越えるために手の内を隠してきたニーナ。
俺はそれを圧倒して、最強として決勝に進む。
さあ、戦いの始まりだ。
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