第90話 貴族と魔術師のプライド
「うおおおおお!!!」
そこからのルーファウスの戦いは実に泥臭いものだった。
"アイスロック"、"アイスエッジ"、"アイスランス"……ルーファウスが主力としていた派手で強力な魔術たち。
強さと優雅さを追い求め、常に余力を残すことを美徳とするのがルーファウスの貴族としてのプライドだった。
それはノアに敗れてからも変わらなかった。
しかし、ここにきてルーファウスは悟る。それだけでは、ここから先へは行けないと。五本の指に入る氷魔術の名家にして貴族。勝ちより大事なものはない。魔術師としてのプライドが、確実に芽生え始めていた。
それは見た目にこだわってきたルーファウスにとって大きな変化だった。
今まで忌避さえしてきた行為。自分の魔術の才能だけに頼ってきたルーファウスにとって、自発的に特訓するという行為すら前までの彼からは考えられない行動だった。
才能だけでは勝てない相手がいる。
それをノア・アクライトで学び、そして今、特訓してもなお戦いに対する考え方を変えなければ勝てない相手がいるという事実に直面する。
「ははっ……! 今更笑えるな……だが、不思議と悪くない……! 俺様は……まだまだ成長出来る……!」
ルーファウスは戦いながら喜びを感じ始める。
泥臭い、必死な戦い。
簡易な魔術である"アイスボール"を使った攪乱や、氷で囮を作り陽動する戦い方。
今までにないルーファウスの戦い方に、リオも興が乗り、楽し気に重力魔術を行使する。
しかし、実力差というものはどうしようもないものがあった。
徐々にルーファウスの攪乱や陽動も効かなくなる。
というよりも、付け焼刃のルーファウスのその戦い方は、圧倒的破壊力を持つリオ・ファダラスの前には初めから無意味だった。
「"アイスダミー"……!」
複数体のルーファウスを模した氷のオブジェクトが、一斉に創造される。
更に、"アイスボール"を複数射出し、自ら砕くことで礫を作り、相手の視界を遮る。
「一個一個壊すのは訳ないけど……いい加減鬱陶しいよっと!」
リオ・ファダラスが手を前にかざすと、一瞬にして粒ても氷の彫像も、粉々に砕け散る。さすがの広範囲重力魔術。
「はっ、その瞬間を待っていたのさ……! 広範囲重力魔術直後の一瞬の隙!」
囮を使って背後に回り込んでいたルーファウスは、リオ・ファダラスに向けて手をかざす。
「終わりだ……!! "アイス・ロッ――」
瞬間。
ギロリとリオ・ファダラスの目が、見失っていたはずのルーファウスを向く。
ルーファウスが気付いた時には遅かった。
発動仕掛けていた巨大魔術を、一瞬にして止める技術はまだルーファウスにはない。
「"グラビティ・ボール"」
ボコッ!!
と、異質な音を立て、ルーファウスは地面に叩きつけられる。
それは一瞬の出来事だった。
叩きつけられたルーファウスはワナワナと身体を振るえさせ、必死に立とうとする。しかし、ガクッと腕を滑らせるとそのまま倒れこむ。
ルーファウスは薄れゆく意識の中、それでも確かに手ごたえを感じていた。
満足感をもったまま、ルーファウスは気を失った。
「キシシ、途中からはまあ楽しかったかなあ。僕の敵じゃなかったけど」
「勝者――リオ・ファダラス!!!」
一斉に歓声が上がる。
会場中が割れんばかりの歓声。
それもそのはず、ルーファウスはあのアンデスタ侯爵家の人間だ。
それが手も足も出なかった。完敗と呼ぶにふさわしい。
ノアとの戦いは非公式だったこともあり、彼が負けたことを知る者は少なかったため、公式に破れる瞬間を目の当たりにするのはこれが初めてなのだ。
そして何より、リオ・ファダラスの強さ。
元冒険者クラリス、そしてアンデスタ侯爵家ルーファウス。続けて大物を打ち取ったその力。会場のボルテージは一気に上がる。
既に多くの魔術機関が、リオ・ファダラスに目を付けていた。
宮廷魔術師の母と騎士団の副団長を父に持つ魔術の名家。血筋も申し分ない。
兎にも角にも、歓迎祭決勝戦への最初の切符を手にしたのは、リオ・ファダラスとなった。
◇ ◇ ◇
「ルーファウスさん……」
ニーナは心配そうに会場を見つめる。
昔からの知り合い……確かに心配にもなるだろうな。
「そんな心配か?」
「だって、あんな負け方したら……」
「いや、俺はそうは思わないぜ?」
「え?」
ニーナは不思議そうに俺を見る。
「後半からの戦いは明らかに吹っ切れてた。実力差を分かった上で、それでもプライドを持って勝ちにこだわった。前みたいなくだらないだけの貴族のプライドじゃなくて、魔術師としてのプライドをな」
「プライド……」
「入学早々に突っかかってこられたときはやれやれと思ったけどな。でも、負けがあいつの魔術師としての自分に火を点けたのさ。こっから先はうかうかしてられねえかもな。負けを知って、俺やリオ・ファダラスに実力差を見せつけられて、それでもあんな戦いが出来るんだ。きっと前みたいに下らねえことにこだわらないで、更に進化して俺達にリベンジしてくるぜ」
「なんだかノア君楽しそうだね」
「はは、当然だろ。俺の対人戦の貴重な相手なんだ。強くなってもらわなきゃ困る。もちろん、アーサーもニーナもな」
すると、ニーナはハッとした顔をして、改めて険しい顔つきをする。
「……そうだね。もちろんノア君の実力は知ってるよ。確かにルーファウスさんの戦いは凄かった。上手く言えないけど……私もルーファウスさんに続こうと思う」
その目には強い意志が宿っていた。
「ほう?」
「ノア君が凄いのは知ってるよ。――でも、今日ばかりは敵同士。私だって負ける気はさらさらないからね……!」
みるみるとニーナの闘志が燃えていくのが分かる。
俺は何だか嬉しくなり、思わず笑みが零れる。
「いいね……楽しくなってきた。俺もニーナを侮るつもりはねえぜ。いつでも全力で相手してやるさ。油断も遠慮も一切しねえ、それが俺が最強であり続けるための絶対原則だ。――かかってこいよ、ニーナ。準決勝だぜ!」
「今日ばかりは胸を借りるつもりはないよ……! 私の召喚魔術、その全部をぶつけて勝つ!」
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