第53話 帰路

 お祭り騒ぎも過ぎ去って、普段の様子を取り戻した王都。

 人々は各々の仕事や生活へと戻り、日常が再び時を刻み始めていた。


 そんな王都を出発し、土煙を上げながら進む馬車の大所帯。青い旗をはためかせながら、一向は東へと向かう。


 その長い列の中央付近。三台並ぶひと際豪華な馬車の最後尾に位置する馬車の窓から、淡い青色の髪が風に靡いている。


 色素の薄い透明感のある肌。クリっとした大きな瞳に長い睫毛。

 まさに、絶世の美少女。


 "氷雪姫レヴェルタリア"――アイリス・ラグザールである。


 往路では浮かなかったその表情だが、帰路でのそれは違っていた。目をキラキラと輝かせ、後方に離れていく街の影をひたすらと眺めている。


「アイリス様。満足そうですね」


 隣に座る侍女がそう声を掛ける。


「そう見える?」

「ええ、もちろん。この国に来るときはあんなに浮かない顔をしていたのに」

「そんなことないわよ。来るときも一緒だったわよ、まったく」


 そう言って、アイリスは少し頬を膨らませて口を尖らせる。


 とは言え、本人もその違いははっきりと理解していた。そして、その原因も侍女のエル・ウェイレー共々当然わかっていた。


 密かに王宮を抜け出して起こった小さな事件。本来ならば大事件となっていたであろう出来事だったのだが、そこで出会った少年の活躍で呆気なく解決を迎えた事件。


 その少年との出会い以降、アイリスの顔は常に生き生きとしていた。王宮を抜け出す前と後では明らかに違っていた。


 侍女エルに言わせれば、アイリスは愛想の良い方ではなく、群がる男達に対してもそれほど笑顔を振りまくでもなく、ある種自分の部を弁えた行動をする少し大人びた少女である。しかし、王宮の外で出会った少年、ノア・アクライトに対しては等身大の少女だった。助けられたという要因が大きいこともさることながら、恐らくは彼の下心のない接し方が、アイリスには新鮮に感じたのだろう。


 そして、それが一番大きく分かりやすく出たのが、彼と別れる最後の行動。


 それを思い出しては、アイリスは夜な夜なベッドで足をバタバタとさせ悶えていたのをエルは間近で目撃していた。そんな恥ずかしがるなら勢いでやらなければいいのにとエルは心の中で思っていたが、エルとしてもアイリスの素の部分が自分以外の人物に対して初めて出た行動だったような気がして、茶化すことは出来なかった。


「そうですか?」


 エルは呆れたように、それでいて少し愛おしそうに溜息を漏らす。


「……そうよ」

「まあいいですけど。スカルディア王国はどうでしたか?」


 少し間を開けて、アイリスは小さな口を開く。


「思っていたよりは楽しかった……かも」

「……ノアさんですか?」

「な!」


 名前が出た瞬間、アイリスの髪がぶわっと浮き上がり、頬がわずかに紅潮する。


 しかし、あの最後の行動を見られているとわかっているからか、アイリスは無駄な抵抗をすることを諦めゆっくりと首を縦に振る。


「女の子みたいですね」

「わ、私は元から女の子よ!」

「ふふ、私は嬉しいですよ。アイリス様が楽しそうで」

「何よもう……。いいじゃない! そりゃ気になっちゃうわよ! 世界が変わっちゃうわよ!」


 開き直ったように声を荒げる。


「そうですね。そうかもしれないです」


 アイリスは腕を組み、ふんと居直る。


「私、絶対歓迎祭応援に行くんだから」

「確かにそう約束しましたけど、皇帝陛下がお許しになるかどうか……。流石に王宮を抜け出した時のように気軽に出来るものじゃないですよ?」

「きっと大丈夫よ。私に興味ないかもしれないけど、きっとなんとかしてみせるわ! 絶対またノアに会いに来るんだから!」


 そう言い切り、アイリスはぐっと拳を握ると覚悟を新たにする。


 ここまで自分を前面に出すアイリスは、エルでさえ見た事がなかった。

 それを感慨深く思ってか、エルの顔も思わずほころぶ。


「そうですね。また会いに来ましょう。きっと彼も喜んでくれますよ」

「そうに違いないわ。私と結婚したがる男性なんて沢山いるんだから」

「自分で言いますか」

「いいもん、何とでも言うといいわ! いつかノアには私の騎士になってもらうんだから。今はまだノアは私の騎士にはなってないけど、私の友達だから! その第一歩は達成してるわ」


 アイリスは誇らしげに胸を張る。


 第一歩。アイリスにとっては本当に大きな一歩だ。

 帝国に帰れば沢山いる友達も、その殆どは政治的な関係だったりする。逃れられない宿命。そんなアイリスにとって、自分の口から友達と言い切れる関係は貴重であるのだ。


「――私、この国に来てよかったわ。……また絶対来るわ」


 その言葉には、確信めいたものが込められていた。

 アイリスは窓の外に視線を戻すと、後方に去っていく王都の景色を再び目に焼き付ける。


 自分を"最強"と言い切る未来の騎士候補との再会を願いながら、アイリスはゆっくりと頬を緩ませる。


 北の地は遠いが、またこの都に戻ってくることを夢見て。

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