第41話 王都観光

 スカルディア王国の王都ラダムス。

 街は俺が入学式にやってきた時の賑わいとはまた別の、浮ついた空気が漂っていた。


 国王ハルフ・スカルディアが住む王宮が、王都の北部にこれでもかとでかでかと聳え立っている。

 

 そこから東へ行ったところには、我らがレグラス学院があり、その輪郭が薄っすらとだがここからでも見える。そして、王都南西部には俺の古巣(といってもここには一回来たきりだが)冒険者本部がある。


 長い間この王都を中心とした争いは起こっていないらしい。恐らく、この間歴史の授業で習った、今回のお祭り騒ぎにも関わっているカーディス帝国との同盟もその平和の大きな要因となっているのだろう。


「にしてもすげえな……本当にローウッドと同じ国かよ」


 王都のメインストリートは豪勢に飾り付けられ、まさに祝い事ムード一色。スカルディア王国の赤い獅子の国旗と、カーディス帝国の青い鷲の国旗が入り乱れるように掲げられている。


 至る所に出店が並び、普段は居なかった旅人や行商人、旅芸人の一座の姿などが目に入る。それに、物々しい鎧を装備した冒険者まで様々だ。


 見回りの王都の騎士もいつもより多い。王都の騎士の鎧には赤いラインが入っている。だが、今日はそれ以外にも、青いラインの入った騎士もたらほらと見かける。青い方は帝国所属の騎士だろう。


 だが、少し妙だな……。この辺りの警護だけなら普段から見回りしている騎士と、プラスで増援を送ればいいだけだ。今回は客であるはずのカーディス帝国の力を借りるってのはちょっと理解できない対応だ。王の周りを固めるならまだしも……スカルディア王国はそんなに人材不足って訳でもねえだろうし。非番の騎士達は観光でもさせてるのか? 特に警備してるって風でもねえし……。

 

 と、そんなことを考えながら俺はニーナとの待ち合わせ場所である噴水広場でぼーっと人の往来を眺めていた。


「おまたせ!」


 聞きなれた声に俺が振り返ると、そこには制服姿のニーナが立っていた。


 ニーナは少しソワソワとしながら長い髪をクルクルといじる。


「ごめんね、少し遅れちゃった」

「よっ。気にすんなよ」

「は、反応薄い……」

「いやいや、これくらいが俺の普通だろ? 普通に楽しみにしてたぜ」

「ほ、本当!?」

「もちろん。王都はマジで来たことねえからなあ。色々見てみたかったし」


 すると、ニーナは嬉しそうにパーっと笑みを浮かべる。


「ふふふ、任せて! 完璧なプランを立ててきたから!」

「はは、今日ばかりは頼りにしてるぜ」

「もー何さ、今日ばかりって!」


 ニーナは少し怒ったように頬を膨らませる。


「ははは。――んで、どうするんだ? 結構目の前でお祭り騒ぎが起きてるけど……」

「ちっちっち、あれは最後だよ。まずは実際の王都をちゃんと見て回ろうよ」

「おぉ、しっかりしてんな。アーサーならそんなの忘れて祭りに突っ込んできそうだぜ」

「ふふ、そこはちゃんとノア君のこと考えてきたからね」


 そう言い、ニーナはえっへんと胸を張る。

 ニーナはそもそも真面目だからなあ。ちゃんと俺のこと考えてくれてんだろ。いい奴だな。


「えーっと、まずは王立図書館でしょ。で、その後魔術協会の本部と冒険者本部を軽く見学して、お昼食べたら魔術道具のお店とか回ろう! 雑貨とかも見たいでしょ?」

「おお、いいね」

「よし、さあ行こう!」


 ニーナはくるっとスカートを翻し、俺を先導するように道を進む。


「まずは図書館! 西地区にあるからちょっと遠いいけど散歩がてら丁度いいでしょ?」



 大通りを抜け、出店の並ぶ通りを進む。商人達の呼び込みの声や、値下げ交渉の声など活気があふれている。


 そのまま脇道に逸れ、入り組んだ路地を抜け、掛けられた小さなな橋をのんびりと渡る。下には穏やかな川が流れ、ここだけローウッドに戻ったような景色だ。


 そこから緩やかな坂を上り、人気もあまりなくなった辺りで、真四角の巨大な建物が見えてくる。


「ここだよ!」

「でけえなあ」

「ふふ。レグラス魔術学院の図書室もかなり大きいけど、あっちは魔術関連ばかりだからね。こっちはもっといろんなものがあるよ。文芸から歴史書、ちょっと下らないゴシップ誌までより取り見取り! ――――って、どうしたの?」


 俺が後ろを振り返っているのに気付きニーナは俺に声を掛ける。


 この辺りはやや標高が高いようで、さっきまで居た噴水広場の辺りが良く見えた。

 デカいな、王都。


「――いや、悪い。いいところだな。中入ろうぜ」

「うん」


◇ ◇ ◇


 そうして、図書館や、魔術協会本部、冒険者本部などを見学し、俺達は中央通りに戻り昼食にありついた。


 さすがは王都。とにかく質が凄い。ローウッドにも図書館はあったが、これほどまでの物は見た事がなかった。興味深い本もかなり置いてあった。時間があったらまた見に来たいくらいだ。


 まったく、なんでこれだけ栄えていていろんなものも見られるのにシェーラは王都に来たがらないんだろうか。どうせならこの辺りを拠点にすりゃいいのに。


 魔術協会も冒険者本部も一度見た事はあるが改めてニーナと行くとまた違った面白さがあった。特に冒険者本部では、ニーナは目を輝かせていた。


 ちょうど俺たちが見終わって別の所にいこうとしたところで、S級冒険者の魔術師……"竜殺し"のキースが丁度冒険者本部から出てきたのだ。


 さすがにヴァンのことは知っていても俺のことは全く知らず、ただのファンかのように接してきた。どうやらこの後会談での護衛の任務があるらしい。ご指名の依頼だそうだ。


「ったく、ヴァンの野郎が居てくれりゃあもう少し楽で出来たってのによ。さっさとどっちがS級最強か決めねえといけねえってえのに……」


 っと、キースは小さく愚痴を零していた。



「――で、昼はここと」

「うん! 私のせいでここで食べられなかったでしょ? 出会いの場というか……えへへ」


 と、なにやらニーナがロマンチックなことを言ったがここは高級な食事処でも何でもない、ただの酒場だ。


 そう、俺がニーナと出会い、ハル爺さんから逃がしてやった場所だ。


「ささ、遠慮せず食べて! 奢りだよ」

「いやいいって。金はあるんだ、気にすんなよ」

「ダメダメ! これはお礼も兼ねてるんだから。それに、お金なら絶対私の方がもってるもんね」


 そう言い、ニーナはニヤッと笑う。


「……悪い顔だな」

「ふふ、ね、だからいいでしょ?」

「……ふぅ。ま、せっかくの気持ちだからな。素直に受け取っておくか」

「そうこなくちゃ!」


 俺たちはソーダ水や骨付き肉、サラダなどいろいろな庶民的な物を頼み、食事を始める。


 ニーナはニコニコしながら口一杯に頬張り、ほっぺをぷっくりと膨らませる。


 学院でも思ってたけど、ニーナは公爵家にしてはなんつーか庶民的だよなあ。いろいろ危なっかしいし。


 すると、じーっと俺が見ていたのに気付いたニーナが、ごくりと食べ物を飲み込み、声を発する。


「……な、何ノア君」

「いや、なんつうか…………いや、やっぱいいや」

「えー何!? 気になる!!」

「何でもないって。さっさと食おうぜ、午後も予定あるんだろ?」

「もう……。まあそうだね、午後は魔術の道具とか雑貨とか見て回って、その後祭り少し堪能しよ」


 そう、ニーナは満面の笑みで言う。


「はは、いいね。退屈しなそうだ」

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