第42話 寂れた魔術道具店

 魔術道具の店は王都内に何店かあり、その中でも行きつけだと言う店にニーナが案内してくれる。


 裏路地の薄暗い通りにあるその店は、ツタが生え、かなり暗い雰囲気を漂わせる店だった。普通なら見逃してしまいそうな佇まいだ。有名店というより、どちらかと言えば隠れ家的店といったところか。公爵家のニーナとしてはもう少し豪華絢爛な店を愛用していると思っていたが、意外だな。


「ふふ、ここの店主の人はもともと王宮で働いていた宮廷魔術師なんだ。だからすごい魔術に詳しいんだよ」

「へえ、見かけによらねえもんだな」

「あ、汚い店だなって思ったでしょ」

「まあさすがにこれはな」

「ふふ、そういう風に見えるようにしてるんだってさ。余計な客はいらないから、本当に自分の実力をかってきてくれる客だけでいいっていう目的でこうしてるらしいよ」

「へえ、ポリシーがあんのね。そういうのは好きだぜ」

「さ、入って入って!」


 カランカランとドアにつけられた鐘が鳴る。


 店内はこれまたこじんまりとしていた。

 しかし、置いてあるものは高級品や珍しいものばかり。


 ドラゴンの爪や牙を使う霊薬、ホルマリン漬けされた錬金術用のモンスターの部位や、古い時代の高価な魔術書、それに東方の魔術道具や、南方の魔術道具まで幅広く扱っている。


 魔術道具と一口に言っても種類は様々だ。

 俺みたいに自分の魔力だけで事足りる魔術師には割と無用の長物なのだが、そうでない人間でも、魔術の最低限の素養さえあれば使えるのが魔術道具のいいところだ。


 それで言えば、ニーナの契約に用いている魔本も分類では魔術道具に入る。モンスターを閉じ込める檻なんかも大きな括りだと魔術道具だな。


「お、ニーナちゃんいらっしゃい」


 鐘の音につられ奥から出てきたのは、ウェーブがかった紺色の髪の男性だ。

 物腰柔らかそうな雰囲気だが、確かに魔術を使えそうな雰囲気を漂わせている。


「レイデンさん!」

「久しぶりだね、ニーナちゃん。今日はどうしたのかな?」

「ちょっと彼を今王都の案内しててね」

「ほう、それでうちのこんな寂れた店に来てくれるなんて嬉しいね」

「へへ、レイデンさんの店は魔術師なら知っておいて損はないでしょ。この人が学院でお世話になってる同級生のノア君」

「どうも」

「ふーん……君がノア君ね。話は聞いてるよ」


 そう言い、レイデンはジーっと俺の目を見つめる。


「ふむ……失礼」


 レイデンはずいっと俺に近寄り、パンパンと俺の腕や足、顔なんかを触り始める。


「な、なんすか……」

「あ、ごめん、ちょっと魔術師を見るとしちゃう癖でね」

「……ニーナにもやったんすか」

「とんでもない。私の首が飛ぶ」


 そういって、レイデンはアハハと笑う。


「――うん、なるほどなるほど。面白い……君、かなり強いね」

「わかるんすか?」

「私を誰だと思ってる? 宮廷魔術師だよ」

「元ね」

「……元宮廷魔術師だよ? 数多くの魔術師たちを見てきたさ。だけど、正直驚いたよ。君は…………既にかなり完成されてるね」

「やっぱり! レイデンさんならそう言うと思ってた!」

「ニーナちゃん、彼何者? 魔術学院てこれから魔術を学ぶエリート達の学院だよね? こんな規格外がいていいものなの? その年でどれほどの修羅場を潜ってきたのやら……」


 レイデンは恐ろしいものを見たかのような表情で口元を抑える。


 オレは肩をすくめる。


「ま、俺にもいろいろあってね。でも学院は楽しいよ、いろんな魔術見れるし、同級生も上級生も面白い奴ばっかりだ。横暴な貴族も見られるしな……っとこれは失言だった」

「はは、言いたいことはわかるさ。……ちなみにファミリーネームは?」

「アクライト」

「アクライト……名家でも貴族でもないね。平民でそれほど……――いや、ちょっと待って、アクライト……?」


 レイデンは何かに引っかかる様に少し眉間に皺をよせ考える。


「どうしたの、レイデンさん?」

「……いや、気のせいだね。そんなわけ無いか。――とにかく、平民でそれとは、末恐ろしいよ。ぜひとも私の魔術道具店はご贔屓にしてもらいたもんだね」

「確かにいいものが多いみたいですしね。何か用があったらこさせてもらいますよ」


 俺は商品を眺めながら言う。


「ふふふ、助かるよ。プライドが邪魔をしてこんなところにこんな見た目の店を構えたはいいけど……結局は客商売だということを思い知らされたよ」

「えーレイデンさんのこだわりはかっこいいと思うんだけど」

「こだわりとプライドじゃ飯は食えないってね。王宮時代の貯金を切り崩す日々さ。まあ楽しいからいいけどね」


 そうしてしばらく談笑し、俺たちはレイデンの魔術道具店を後にした。


「面白い人でしょ?」

「そうだな。なんか俺の名前に引っかかってたみたいだけど」

「前の仕事柄いろんな魔術師に会ってるからね。もしかしたらどこかでノア君のご両親と会ったことがあったかもね」

「どうだかな」


 ご両親ね……シェーラのファミリーネームだぞ。

 あいつが王都に知り合いがいるとは考えられんが……。


「あ、次は出店行こう! せっかくのお祭り騒ぎだからね、何か食べよ!」


◇ ◇ ◇


「二つください!」

「はいよ! デートかい?」

「っデ……!! ち、違いますよ!」

「あはは、みんなそういうのさ。ほい、二本!」


 そういってニーナは串を二本受け取ると俺の元へと戻ってくる。その顔は少し赤くなっていた。


「なんかあったのか?」

「な、なんでもないよ! はい、これおいしいよ」


 ニーナは俺に串を渡す。


 俺は一口ぱくりといただく。


「うまいな。くどすぎない」

「ふふ! 間にはちみつが入ってるんだよ」

「へえ通りで」


 俺たちはそれを食べながら出店を見て歩く。


 本当に活気がすごく、俺が入試に来た頃や入学式に来た時より圧倒的に人通りが多い。

 見回りの騎士も多く、忙しそうにしている。


 しばらくその喧騒の中で雰囲気を楽しみ、2人であたりをぶらつく。


 ――と、不意にニーナが「あっ!」と声を上げる。


「どうした?」

「ごめん、ノア君……私ハル爺への定期連絡する約束すっかり忘れてたわ……」

「そりゃまた過保護だな」

「無理言って通わせてもらってるからね……世話係として良くしてくれてたハル爺に迷惑かけたくないし」


 まあそりゃそうか。試験を受けることすら反対してた心配性な親だしそれくらい報告させるか。……いや、ただの心配とも限らんか。


「ついていこうか?」

「ううん、今日は1人で外出してるっていってるから、大丈夫! ノア君もいるなんて知ったらハル爺怒っちゃうよ」


 そう言ってニーナは少し困り顔で笑う。


「そうか、気をつけてな」

「うん! すぐ戻る! 噴水広場でまた集合しよう! ノア君はもう少し見てて!」


 そう言ってニーナは人混みへと消えていく。


 さすがは公爵家、外に出るのもいちいち面倒なんだな。全寮制だから最低限許されてるって感じだな。


 さて……暇になったな。


 俺は何となくそのままぶらつき、徐々に人の少ない通りへと入っていく。やはりこっちの方がなんか落ち着く。少し喧騒が聞こえてくるくらいが心地よい。


 この辺りはほとんど人もいない。静かな通りだ。

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