第24話 地下施設

「はぁぁ……眠い眠い」


 俺はポリポリと頭を掻きながら、だらだらとベッドへと歩く。


「はは、お疲れだねノア君」


 部屋ではルームメイトのリックがベッドに横になり、本を読んでいた。

 とうの昔に日は暮れ、この学院に来て二日目が終わろうとしていた。


「まあぼちぼちな。やっぱ人が多いといろいろあるな」

「噂は聞いたよ。Aクラス大変だったみたいだね」

「へえ、噂になってたのか?」


 リックは頷く。


自警団ヴィジランテ……彼女たちが来たらしいね」

「ああ。自警団を知ってるのか?」

「有名だからね。この学院は色んな身分や力を持った生徒たちが居るだろ? だから、結構争いごとも絶えないみたいでね……。でも、学院側は競争主義だからあまりそれに干渉してこないらしくて」

「干渉してこないねえ。学院側もそういう事態を黙認してるってか。弱肉強食であることは願ったり叶ったりって訳だ」

「まあそう言う事になるかもしれないけど……」


 リックは少し濁すように苦笑いを浮かべる。


「で、それで学生の側でせめて治安を守ろうと発足されたのがヴィジランテという訳さ。現団長は三年のハルカ・イチノセ。刀を使う美女って話だよ」


 ハルカ……あのポニーテールか。確かに刀を使った戦い方は常人離れしていたが、魔術はまだ見てないな。だが、少なくとも素であの力なら、魔術を使えばさらに強くなるだろう。


 やたら簡単に後ろを取れたが、あれは確実に俺を新入生と甘く見てた節があるな。


「あ、その顔は会ったみたいだね。なんでもAクラスの人とひと悶着会ったみたいだけど…………ノア君じゃないよね?」

「いや、俺だぜ?」

「だよね、さすがに――ってええ!? ノア君だったの!?」


 俺はベッドに横に成りながら適当に相槌を打つ。


「ま、すぐに誤解は解けたけどな」

「そ、そうなんだ……。意外とノア君って強者だったりするの……?」

「まあな」

「あはは……凄い自信だね。羨ましいよ」

「リックだって弱くてこの学院に来たわけじゃねえだろ? ま、お前の力をまだ見てないから分からねえけどよ」

「ぼ、僕は気が弱い方だからね……。すごいな、あのハルカ先輩に怯まなかったなんて」


 リックは苦笑いしながら本を閉じる。


「そんな大層なことじゃねえさ。でも、リックの言いぶりだとこの学院ならこんなことはいくらでも起こるんだろ? いちいち怯んでたら卒業できねえぜ?」

「そうだね……僕もいろいろ気を付けないと」

「あぁ……ふぁあ……」


 俺はたまらず欠伸を零す。

 薄暗い部屋が、俺の眠気を誘発しているようだ。


「あ、眠そうだね、ごめん。寝ようか」

「だな……お休み、リック」

「お休み、ノア君」


 こうして夜は更けていった。


◇ ◇ ◇


「いやあ、すげーなここ……」

「そうだね。私初めて見たかもこういうの」


 アーサーとニーナは興味深げに口をぽかんと開け、周りをキョロキョロと見回している。


 学院の地下。そこには、魔術で障壁を張られた巨大な空間があった。恐らく、転移魔術を完璧に使いこなせる魔術師が居たとしても、この空間には直接入ることは出来ないだろう。それだけ強力な障壁だ。


 この学院にはそれだけ優秀な障壁魔術師がいるようだ。さすがはエリート校と呼ばれるだけある。


 そしてこれだけ強力な結界が張られているということは、それだけ厳重にする必要があるということだ。恐らく生徒達も誰も気付いていないし、俺たちを先導する先生も二重結界としか説明していなかったが、正確にはになっている。


 生徒達にも偽の情報を掴ませる徹底っぷり。下手をするとこの先生自体この結界が二重だと信じ込んでる可能性もある。


 そして一体何がこの空間にあるか。それは――


「グオオオオアアアア!!!」

「ガアアア!!」

「グルルルル……」


 獣の唸る声と、ガンガンと響く鉄の音。生臭い匂いと、血の匂い。


「ひぃ!」

「おいおい、びっくりしすぎだぜニーナ。檻の中だぜ?」


 急に檻に衝突したモンスターにびっくりしたニーナが、慌てて身体を仰け反らせたのを、俺は両肩を掴んで受け止める。


「ノア君……。そうは言ってもこれはびっくりするよ! モンスターなんて滅多に見られるものじゃないし……」

「甘いわね。私みたいな冒険者はこんなもの見慣れてるわよ」

「そっか、クラリスちゃんはそうだよね」


 そう、この地下空間には、大量のモンスターが檻の中で飼育されていた。


 オーク、ゴブリン、ライガ、ゴーレム、トロール、サイクロプス、スケルトン、キメラ、ケルベロス、エトセトラ…………。


 あまり上位のモンスターはこの階層には居ないが、結構な種類のモンスターが収容されている。


 その用途は多岐に渡り、俺達生徒の訓練、魔術の研究、使役の研究、錬金術の研究――などなどらしい。確かに人間で実験や訓練をするわけにもいかない。そう言えば、B級のクエストでモンスターの捕獲をし、王都の卸業者に納品するというクエストを何回かやった記憶がある。こういったところに売られていたんだろうな、あのモンスターたちは。

 

 ただ、どのモンスターも矯正されているのか、野生程の荒々しさはない。ライガなんか人間を見かけると目を光らせ牙を剥き出し咆え始めるのだが、ここのライガは比較的大人しく座って居る。


 一方で、さすがにトロールやサイクロプス、ケルベロス何かは他のモンスターより厳重に檻の中に閉じ込められており、中には手錠を掛けられている個体もいる。時折中から激しい殴打の音と、低く唸る声が聞こえてくる。


「よし、好きに見学していいが、檻の中のモンスターには触れるなよ。以前ゴブリンの檻を勝手に開けたバカが居たが、どういう処分をされたかは想像通りだ。まあ、処分の前にゴブリンに寄ってたかられて……まあこれ以上は言うまい」


 その発言に生徒たちは気を引き締め、散り散りになる。

 俺たちはアーサー、ニーナ、クラリスで固まり、辺りを散策する。


「――あれはオークね。とにかく好戦的で、繁殖力も高いから群れでいることが多いわ。基本的に森に住んでいることが多いわね。モンスターの中ではかなり人間に近いけど、攻撃は単調よ。オークにさらわれるという事件が頻発しているから、オークの討伐という任務は初心者冒険者には登竜門みたいなものなのよ」

「へえ、さっすがA級冒険者。モンスターに詳しいねえ」

「当然でしょ?」


 クラリスは満更でもない様子で胸を張る。


「ニーナも召喚術を使うし、モンスターには詳しいんじゃないか?」


 するとニーナはブンブンと首を振る。


「そんなことないよ。確かにモンスターも本とかで知識はあるけど、実際に見た事は殆どないからね。それに私の契約って基本精霊系が多いから」

「たしかにな。シルフもフェアリーも精霊だったな」

「そうそう。でもモンスターには興味あるんだ。いつかは私も使役しなきゃなって思ってるから、こういう所があるのは凄い参考になるよ」

「はは、いいねえ。モンスターは油断してるといくら下位レベルだとしても殺される危険があるからな。知識を持っておくのに越したことはない」

「へえ、その口ぶりだとノアもモンスターには結構詳しいのか?」


 アーサーは檻の中を眺め、うげえっと気味悪そうな顔をしながらそう俺に問う。


「まあな。ローウッドは田舎だから、モンスターはそこら中に居たよ」

「へえ~そういうのもお前の魔術の源になってるのかねえ」


 そんなことを話しながら、しばらく散策していると、檻を見つめ、腕に本を抱える一人の女性を見つける。クラスメイトではない。ということは、恐らくは上級生だろうか。


 その女性は珍しい香りを漂わせていた。

 マンドレイクの香り……この匂いをかぎ分けられるのは俺くらいだろう。手に持った本も錬金術関連のようだ。


 すると、その女性は俺たちに気付いたのかこちらを向く。


「……あら、新入生かしら」


 長い茶髪に、虚ろな瞳。目の下には隈が出来ている


「えーっと、はい! 私達新入生で……ちょっとここを見学に……」

「あなた……レイモンド家の……」

「え、知ってるんですか?」

「この国で知らない人が居る方が驚きだわ。私は三年のセーラ・ユグドレアよ」


 その不健康そうな女性、セーラ・ユグドレアは僅かに笑顔を見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る