第111話 亡霊

「怪しいですね」

「そうだな。ちょっときな臭い」

「怪しんですか!? だって、被害にあった人ですよね……?」


 クラリスは困惑した様子で俺達を見る。

 

 俺たちは酒場を後にして、早速スラムの方へと向かっていた。


 酒場の店主が言っていた、二か月前にヴェールの森へ行って帰って来た唯一の生存者。彼女から話を聞ければ、ヴェールの森に潜む”黒い霧”の正体に一歩近づける。


 そうすれば、現在ヴェールの森周辺で調査しているライラとキースの方の情報と合わせて、かなり答えに近づけるかもしれない。


「怪しいだろ。彼らがヴェールの森へと入ったのは?」

「えーっと、酒場の店主の話だと二か月前ですよね?」

「その通り。だが、彼らは冒険者だ」

「? えーっと……」


 クラリスは眉を八の字にし、うんうんと唸る。

 それを見て、アリスはふっと笑う。


「なんだかんだ言ってもまだ子供ですね。冷静に考えればわかります。ヴェールの森へと生態調査のパーティが派遣されたのはいつですか?」

「えっと、三か月前ですよね? でも、その間に出入りしている人がいるかもしれないから今オーキッドで調査している訳で……」


 と、そこでクラリスはハッとする。


「――そうだ、そうでした! 三か月前の生態調査が失敗に終わって、ヴェールの森は立ち入り禁止になった。つまり、冒険者が新たに入っていくなんてことはあり得ないってことですね……!?」

「その通りだ。冒険者はギルドからの依頼でしか動かない。つまり、立ち入り禁止のヴェールの森を目的としたクエストは今現在存在しないはずだ。俺達を除いてな」

「残された可能性は彼らの独断専行……ですが、ヴェールの森の件は恐らく冒険者ギルドでも上層部の中で隠されていたはずです。B級の冒険者に情報が降りてくるとは思えないという訳です」


 確かに……とクラリスは神妙な顔で納得する。


 やっぱ、学院に居る時に比べると明らかにクラリスは聞き訳が良いよな。俺のファンだからなのか、それとも意外と自分より上だと思っている相手には敬意をモテる奴なのか。


「ということはだ。彼らの目的は恐らく無法者たちと同じ。きな臭いって訳だ」

「…………」


 そうして俺たちはオーキッドの端に追いやられたスラムへと足を踏み入れる。


 そこら中にボロボロの服を着た人間が、子供から老人まで無気力な顔で座って居る。王都にもスラムがあるにはあるが、ここまで酷いものは見たことがない。


 元が無法者たちの集まりだ、彼らはその中でもさらに弾かれた者達だ。油断していると、逆にカモにされる可能性もある。


「お、お嬢さんや……何か恵んではくれないかね……」

「え、えっと……」


 クラリスに、ローブを羽織った一人のみすぼらしい老人が話しかける。

 その手は震え、腰も曲がっている。


「放っておけ、ここはオーキッドだということを忘れるな」

「そ、そうですよね……」


 クラリスはぎゅっと目を瞑り、老人に背を向けて俺達について歩く。


「お、お嬢さん、どうか……うっ!?」


 老人は石に躓き、どてっと転ぶ。


「だ、大丈夫ですか!?」

「おい、クラリス!」


 クラリスは慌てて老人に駆け寄ると、手を取る。

 ――がしかし、出てきたのは老人の手ではなく、短剣だった。


「――ッ!?」

「死にたくなかったら金目の物を出しな、お嬢――――ウッ!」


 瞬間、老人はその場に倒れこむ。


「…………」


 俺は手刀を打ち込んだ右手をグルグルと回す。

 やれやれ。


「無法者たちを舐めるな。こんな格好でも、虎視眈々と何かを狙ってる。ただ座して待つ連中じゃないってことだ。しっかりついてこい」

「は、はい……」


 気を取り直し、更に奥へと進んでいく。

 入り組んだ路地を抜け、ボロボロの通りを抜け、酒場の店主に貰った地図通りに進んでいく。


 そして、路地を抜けた先に、二階建てのみすぼらしい建物が現れる。


「ここですね」

「外からくる悪党御用達の宿、か。スラムの奥ならより目につきにくいという訳か。入ろう」


 今にも外れそうなぼろいドアを開け、中へと入る。

 すると、タンクトップを着て、どす黒い隈を目の下に付けた若い女性が受付からちらっと俺達を見る。


「……なんか用? 身なりからしてうちに用のある連中には見えないけど?」

「人を訪ねてきた。207号室にいる女だ」


 すると、受付の女性の目つきが変わる。


「あぁ……あの亡霊ね」

「亡霊?」

「ええ。じっと壁を見たり、ドアの隙間からじっとこちらを見てたり、小さな音でも驚いたりで、正直手に余るのよ。お金は貰っているから泊めてるけど……うちは商売柄裏の人間が泊りにくるけど、ああいうのが居ると問題を起こすのも時間の問題ってハラハラしてしょうがないの。さっさと連れてってくれる?」

「話を聞くだけだ」

「あっそ、階段はそっち」


 女性は俺達の左側を指さす。

 俺たちその階段をぎしぎしと音を立てながら登る。登り切ると、薄暗い廊下が伸びており、その左側にドアが備え付けられている。


 この一番奥が207号室だ。


「さて、亡霊か……何が出てくるかな」

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