第58話 大浴場

「極楽ぅ~~~~」


 アーサーは気持ち良さそうに目を瞑り、ふぅーっと深く息を吐く。


「相変わらず気持ちいいな……。俺の住んでたところにはなかったのが不思議だぜ」

「そりゃそうだろうよ。田舎にはねえさ、こりゃ贅沢品だ」

「こんだけ貴族様が多けりゃ、これくらいの設備は整ってるってわけだ。――あぁ……本当……疲れが取れるぜ……さすがレグラス魔術学院……」


 俺は目を閉じ、立ち登る蒸気と微かに揺れる水面の振動を感じながらどっぷりと肩まで浸かる。


 そう、この学院には大浴場が備わっているのだ。

 男女に分かれており、学年ごとに時間帯は決められているが、その時間ないならば基本自由に入ることができる。


 ローウッドなんて田舎にはそんな施設なんかなかったが、金持ちはこんな気持ちの良いことをしていたのか。


 俺はとろけるような心持ちでゆっくりと沈み、首まで浸かる。


「疲れがいえるねえ……」

「そうだな……」


「あはは! ニーナちゃんたら」

「いやあ、もう……!」

「うふふ」


 と、隣の女子の大浴場から、おそらくニーナと他の女子の声が聞こえてくる。


 瞬間、ピクッとアーサーの体が揺れ、ゆっくりとこちらを見る。


 あぁ、こりゃめんどくせえやつだ。


「なあ、ノア――」

「断る」

「まだ何も言ってないけど!?」

「ろくでもねえことには変わらねえだろどうせ」

「いいじゃねえか……! 青春だろこれも!! 頼む、なんかさあ、透視の魔術とかねえのか!?」

「なんだそりゃ……」


 思いの外真剣な眼差しのアーサーに、俺は諦念のため息をつく。


「使えねえよ。てか、そんなくだらないこと考えてたらまたあとでクラリスにボコボコにされるぞ」

「されても本望だろ!!」

「お前なあ……」

「まったく、アーサーには呆れるね」


 と、その言葉とともに俺たちの隣にザブンと浸かってきたのは――


「レオ……! なんだ、聞いてたのか!? お前も興味が!?」

「はは、あれだけでかい声だったら誰だって聞こえるさ。興味はないと言えばうそになるが、さすがに部はわきまえてるさ。……というか、向こうにも聞こえてるんじゃないか?」

「なっ……」


 瞬間、怒号が響く。


「アーサー! あんたまた……風呂から上がったらぶっ飛ばすから!!」

「ク、クラリスちゃん……!?」


 女子風呂の方から響く。


「……どんまいだな」

「当然だろ」

「くそ……お、俺は逃げる!」


 そう言ってアーサーは勢いよく風呂から飛び出すと、一目散に脱衣所へと逃げ込んでいく。


 残されたのは、俺とレオ。そして、他のクラスの一年生が数名。


 少しの沈黙の後、レオが口を開く。


「……ほう、なかなかいい筋肉だな、ノア」

「気色悪いこというな」

「酷いな、褒めているんだぞ?」

「風呂場で言われるとなんか気色悪いんだよ」

「はは、悪かったよ。――で、どうだ?」


 レオは俺の方を見る。


「何がだ」

「歓迎祭さ」

「どうもこうもねえよ」

「……君の活躍は知ってる。ヒューイを助けキマイラを倒し、氷魔術の名家ルーファウスを倒し、そして、噂によればえらい大物を助けたそうじゃないか」

「…………誰に聞いた?」

「フレンさん」

「あの女…………」


 すると、はははとレオは笑う。


「"千花"のフレンさんを、あの女呼ばわりとはさすがだな」

「はっ知らねえよ、俺にとっちゃただの上級生だ」


 俺はそう言い、肩を竦める。


「君らしいな。……君はつくづく上級生の有名人と縁があるな。ドマさんに、自警団のハルカさん、加えて"千花"のフレンさんだ。みんな君のことを認めているよ」

「ま、少なくとも俺の強さを認められるのはそいつが強い証拠だな」

「はは、さすがだな。他の新入生なら彼らの名前を聞けば直立不動で恐れる強者たちだ。それをそこまで言ってのけるとは……僕のリストのトップだけはある」


 そう言ってくっくっとレオは笑う。

 イケメンのくせに、どことなく影の漂う笑い。リスト……昼間もそんなこと言ってたな。下手に突っ込むと面倒そうだから無視するが……。


「言っておくが、噂はただの噂だぜ」

「そうか。でも、噂は置いておいても、優勝、目指してるんだろ?」

「当然だ……お前はどうなんだよ? さっきから随分人のことばっかじゃねえか」

「僕か? もちろん、優勝するつもりだ。ノア、君を倒してな。他の人ばかり話すのは、僕がいろんな魔術師を見るのが趣味ってだけだ。彼らの魔術が輝くのが見たいのさ」

「変わってんな」

「君が強さを求めるのと一緒だよ。それに、優勝するならうちのクラスだけ知っていてもだめだ。確かにうちのクラスは粒ぞろいだ。でも、他のクラスにも強者がいるのは事実だ」

「そうだろうな」

「君が入学して間もない頃に倒したあのルーファ――」


 と、その時、ちょうど風呂に浸かろうとしてきた男と目が合う。


「あっ」

「貴様…………ノア・アクライト……!!」


 鬼のような形相でこちらを見つめ、睨みつける様は怒りや憎しみがこもっていた。


「お前……ルーファウスか」

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