第59話 意地っぱり

「ルーファウスじゃねえか。元気だったか?」


 あの決闘以来、俺たちはほとんど顔を合わせることはなかった。

 最初に出会ったころのように突っかかることもなかったあたり、少しは考えを改めたのかもしれない。……まあ、平民は認めないとか言ってたからどうかは知らないが。


 俺を見るルーファウスの目は確かに憎しみ籠っているが、それは純粋に会いたくなかったというか、そう言うタイプの物にも見える。本人はどう思っているかは知らねえが、少なくともこいつがあれ以来平民を虐げているような噂は聞かない。


「…………出る」


 ルーファウスは踵を返すと、風呂に浸からずに俺達から距離を置こうとする。

 まあ、気まずいわな。ここは追わないで――――――とその時、隣の男が声を掛ける。


「まあ待てよ、ルーファウス」


 その声に、ルーファウスがピタと動きを止める。


「……何だ貴様」

「僕か? 僕はレオ・アルバートだ」


 その時、ルーファウスの顔が僅かに動く。


「ちっ、アルバート……アルバート侯爵家の者か」

「はは、僕を知ってるのか?」

「当然だろ。貴族で名がある奴はチェックしている」

「……なあノア、彼は意外といい奴か?」

「平民嫌いなだけなのさ。別にそれ以外はどうということはねえ。ちょっとプライドが高いだけだ」

「てめえ……!」

「まあまあ、少し話そうじゃないか」


 しかし、ルーファウスはフンと鼻を鳴らす。


「貴様らと話すことはない。これから予定がある」

「魔術の修行か?」

「……なんでもいいだろ」

「はは、随分と俺との戦いが堪えたみてえだな。あのルーファウスが修行とは」


 ルーファウスは少し顔を紅くし慌てた様子で声を荒げる。


「さ、さっきから生意気な……!! 何でもいいだろう!! だから俺は貴様が嫌いなんだ!」

「相変わらず元気はありあまってんな。言い方が悪くなったのは謝るから落ち着けよ。前も言っただろ、俺は特に気にしてねえって。そりゃあ少しは気まずいかもしれねえが、別に今だって俺はお前を憎んでたりなんかしねえぜ? 下手に絡んでさえこなけりゃな」

「貴様のような平民のことなど知らん、これは俺自身の問題だ。平民が嫌いなことに変わりはない。……ただ、ムカつくことに貴様みたいな奴も中にはいると悟っただけだ。十把一絡げにするものじゃないと……だからと言って平民と仲良くするつもりは毛頭ない」


 その言葉に、レオは大きく頷く。


「結構な向上心だ! そして自分を改め始めている! 僕は君のことを深くは知らないが、聞いていたよりまともそうだ」

「うるさい。ハルバート家は確かに貴族だが、別に俺は貴族なら誰とでも仲良くするというつもりもない。魔術の出来る奴は皆敵だ。悪いが俺は出ていく。じゃあな」

「……逃げるのか?」


 俺はニヤリと口角を上げ、ルーファウスの背中にその言葉を投げる。

 まあ別にこいつと話したいわけじゃねえけど、何となく弄りたくなる性格に見えてきた。これくらいの挑発で振り返る、こいつはそういうタイプだ。


 何より、確かに平民を見下すようなクズは嫌いだが、その気配も少なくなったし、魔術に対して向上心がある奴は嫌いじゃねえ。


「……ッ!」


 予想通り、ルーファウスは苛立った顔で俺の方を睨みつけると、無言でずかずかとこちらへ歩み寄る。


 バシャッ! っと水しぶきが上がり、ルーファウスはレオの隣へ勢いよく座り込む。


 それを見て、レオと俺は顔を見合わせる。


「はは、頑固だねえ」

「黙れ」


◇ ◇ ◇


「注目している奴はいるか?」

「俺様が優勝する。それ以外に興味はない」

「とはいっても、少しは気になる奴はいるだろ?」

「しつこいぞ」

「ちなみに、僕はノアだ。もちろんアルバート家として僕もだまっちゃいないが」

「…………」


 しかし、ルーファウスは自分に益はないと判断したのか、目を瞑り話を聞こうとしない。


 やれやれ、頑固なもんだまったく。俺に煽られたから座り込んだだけか。


「なあ、レオ。貴族で他クラスにもお前達くらいの実力者っているのか?」

「もちろん。牢獄魔術を使うバラージュ家長男ハミッド・バラージュ、強化魔術を極めた大男ムスタング・オーディオン。剣収拾家としても有名なアザイル家次男、魔剣使いのリンネ・アザイル……挙げればきりがないな。だが彼らは頭一つ抜けてるかもな」


 そこで少し我慢が出来なかったのか、ルーファウスが肯定するように頷く。


「奴らは俺様同様、貴族たちの間では神童と呼ばれていた連中だからな」

「さすが貴族のこととなると饒舌だな」

「黙れ。俺はアルバートに話してるんだ」

「そうかよ」


 と俺は肩を竦める。


「そうだな……彼らは僕たちのクラスの皆と同様かなり輝いている!」

「か、輝いてる……?」


 レオの発言に、ルーファウスは若干引き気味に反応する。


「強い魔術師は素晴らしいからな。歓迎祭が楽しみだ」

「……はっ、その意見には俺様も賛成だ。……だが、今年の新入生にはやばい奴が一人いる」

「やばい奴?」


 俺の疑問にレオが答える。

 あのルーファウスが手放しで相手を警戒するとは、相当の実力者か。


「はは、ノアはそう言うのに疎そうだから知らないかもな。君が一年生で飛び切り話題になっているのは確かだが、実は一人、入学前からその存在を噂されていたお嬢さんがいるのさ」

「へえ、お前がそうまで言う奴か」

「あぁ。重力魔術を操るサラブレッドさ」

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