第60話 風呂上り

 重力魔術か。かなりレアな魔術だな。今までそれを使っている魔術師は見た事がない。高ランクのモンスターは時折重力球のようなものを使って攻撃してきたりするが、あれはかなり厄介だ。


 それを使える魔術師か……。そりゃ話題にもなるな。

 そこら辺の魔術師じゃ歯が立たないだろう。


「重力魔術ねえ。確かに話題性には事欠かねえな」

「お、珍しくノアも興味があるか?」

「そりゃな。というか、俺だって魔術師には興味あるさ。もともと多くの魔術師と戦うためにここに来たんだ。結構お前らの魔術を見るのは好きなんだぜ?」

「はは、悪かったな。自分こそが最強という感じだったから意外でな」

「そこは譲らねえけどな。で、その重力を操るお嬢様ってのは?」


 レオはニッと笑い、説明を始める。

 

「"重力姫"リオ・ファダラス。宮廷魔術師の母と騎士団の副団長を父に持つ魔術の名家さ」


 宮廷魔術師に騎士団の副団長……これはまたなかなかの。


「そりゃ相当な血統だな」

「リムバでのキマイラ討伐以来、ノアの実力の真偽は新入生を中心に密かに盛り上がりを見せていただろう?」


 すると、ルーファウスはハッと鼻で笑う。


「俺様を倒したんだ、それくらい出来てもらわないと困る」


 どういう立ち位置だよこいつは。


「――それに加えて、帝国の皇女様を救ったと噂される学院生……俺だけじゃなく、それはノアなんじゃないかと睨んでる学生もちらほら居る」

「いや、だからそれは――」

「言いから聞けよ。で、その重力姫もその候補に挙げられているのさ」

「……へえ。つまり、お前達新入生の中では俺とそいつは同格扱いされてるってか?」

「という奴も居る、と言う話だ。ま、歓迎祭前の段階だ。本当に強いかなんて実績か家の名前、噂でしか測れないからな。だけど、そういうの燃えるだろ?」


 燃える……か。確かに、対人戦を極めに来た俺にとって、同じような実力とみられている新入生はなかなかにありがたい存在だ。


 ここまで多くの新入生を見てきたが、同じクラスなら数人、戦えば多少は面白くなりそうなやつはいた。だが、レオの発言からして彼らよりもその姫は頭一つ抜けているとみえる。


「くっく、いいねえ。歓迎祭で戦うのが楽しみな相手が増えた」

「おっと、そうなのか? ノアのことだから全員雑魚過ぎて興味ないかと」

「おいおい、冗談だろ? 俺はお前と戦うのだって楽しみにしてるんだぜ、レオ」

「はは、それは光栄だ」

「もちろん、ルーファウス、お前もな」


 不意の俺の言葉に、ルーファウスは苦い顔をする。


「なっ……気持ち悪いことを言うな。――ふん、せいぜい進化した俺に足元を掬われないことだな。既に俺はあの頃の俺を遥かに超えてしまっているからな」

「おぉ、怖いねえ。あれからどれだけ成長したのか、見せてみろよ」

「黙れ。今度床にひっくり返って見上げるのはお前の方だ」


 そう言うと、ルーファウスは勢いよく立ち上がり、風呂から出ていく。


「アルバート……それに平民のアクライト。貴様らは重力姫に当たる前に俺に潰されないことを心配するんだな」

「……おい、ルーファウス」

「今更平民呼びはやめんぞ」

「そうじゃなくて。忘れてたけどよ、様をつけろよ」


 そう、俺は思い出したのだ。

 負けたら様付けで呼ぶ。確かそんな約束を交わした記憶がある。


「貴様……!」


 ルーファウスの顔が一気に険しくなり、俺を睨みつける。

 その顔を見て満足した俺は、ニヤッと笑う。


「はは、冗談だよ。今更そんなちんけな約束なんてどうでもいいさ。ありゃ煽りたくて言っただけだしな。……楽しみにしてるぜ、本戦をな」

「ちっ……クソが。予選は眼中になしか……貴様はそうではなくてはな。本戦で叩き潰す、お前ら全員まとめてな」


◇ ◇ ◇


 しばらくして、レオも風呂を上がり、俺一人のんびりとリラックスした後大浴場を出ると、見慣れた声が聞こえてくる。


「まったく、アーサーの奴次見かけたらボコボコにしてやるわ」

「怒りすぎだよクラリスちゃん。特に何をされたでもないのに」

「あいつの声はいやらしいのよ、まったく。存在がなんかうざいわ」

「もう……」


 正面の椅子でニーナとクラリスが火照った体を冷ましに薄着でくつろいでいた。


 しっとりと濡れた髪に、少しはだけた服から覗く鎖骨。赤く染まった頬。

 見る人が見れば一気に欲情することは間違いない。


 ここにアーサーが居なくて本当良かったと、俺は久しぶりにほっとするという感情を覚える。


「あ、ノア君!」


 ニーナは俺を見つけると元気よく手を振る。


「おう、ニーナにクラリス」

「あんたねえ、アーサーの手綱握っときなさいよ」

「はは、随分嫌われたな」

「まったく……」


 クラリスは編んでいた三つ編みを解いており、いつもより少し大人びて見える。


「若者たちよ。お姉さんは、もう少し性に奔放でも良いと思うんだ」


 そう言いながら、不意にぎゅっと後ろから俺に抱き着く謎の女性。

 背中には、むにっとした感触。濡れた髪が、俺の肩から胸にかけて垂れる。


 良い匂いが鼻に刺さり、しっとりとした腕が俺の首の前で交差される。


「な、な、な、なにやってるんですか!?!?!?!?」

「ちょ、ちょっとふしだらよあなた!!」


 ニーナとクラリスが、慌てたように立ち上がり、全力で抗議の声を上げる。


「あんたは――」

「あら、だからもっと奔放でいいって言ったじゃない。いい魔術師を生むのもある意味血筋を重んじる魔術師の大事な責務よ~」


 と、何とももっともらしいことを言っているが、どう考えても二人を煽っているようにしか聞こえない。

 

 そう、その俺に背後から抱き着いてきたのは――


「……フレン先輩。放してもらえないっすかね」

「あら、満足しなかった? 何だか抱き着かれなれてるわね」

「慣れてる!?」


 まあシェーラで大分耐性はついてるからなあ。

 いいんだか悪いんだか……。


「……二人に殴られたくなかったらですよ。すげー怖い目してますよ」

「あら本当。ふふ、面白い関係性ね」


 そういい、フレンはパッと俺から離れる。


 この人も風呂に入っていたのか、濡れた髪を簡単に片結びし、薄手のヒラヒラとした服装で誇らしげに立っている。まるで、見たければ見なさい、私の美貌を! とでも言いたげだ。


「で、なんかようっすか?」

「用がなきゃ抱きついちゃいけないの?」

「ダメに決まってるじゃないですか!!」


 俺より早く、ニーナが声を張り上げる。

 その様子を見て、フレンはにやにやと笑みを浮かべる。


「可愛いわね、ニーナ・フォン・レイモンド……公爵令嬢ちゃん。お気に入りがベタベタされるのは気に食わないのかしら?」

「いや、その……なんというか……」

「ふふ、冗談よ冗談。そっちの元A級冒険者クラリス・ラザフォードちゃんも、そんな怖い顔しないで」

「してないわよ、まったく」


 クラリスは腕を組みながらぷいっとそっぽを向く。


 なんだか険悪なムードに、俺は短くため息をつきさっさと距離を取る。

 さっきまでのなんとなく桃色だった空気はどこへやら。こいつの登場でいっきに胡散臭くなったな。

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