第61話 騙る者

「私は普通にお風呂に入ってただけよ、ねー、2人とも」

「そ、そうですけど……」

「あと、ついでに面白い情報も手に入れたからちょっとノア君に特別に教えてあげようかなあって」


 フレンはにこりと笑う。


「へえ、どんな情報っすか? 俺が楽しめるものだといいっすけど」

「ある意味楽しいと思うわよ。――その代わり、対価はいただくわ」


 対価……それ相応の情報というわけか。だがこの女の情報網からすれば、対価を払ってでも聞く価値はある情報の可能性が高いか……。


「情報によるな。ちなみに対価って?」


 すると、フレンはぺろっと舌なめずりをし、すっと俺に寄る。


「ふふ、私にちゅーしてごらん」


 そういって、フレンは垂れた髪を耳にかけ、セクシーに前屈みになる。

 フレンは目を瞑り、ちゅっと潤った唇を突き出す。


 俺はその突端な行動に、思わず面食らう。


「はっ……?」


 おいおい、モンスターが考えられないような特殊な行動しても混乱しない俺が混乱してるぞ? 何いってんだこいつは……。


「まだー?」

「だ、だめだめだめだめ!!!!」


 と、我慢できなくなったニーナがフレンの肩を掴み、ぐいっと明後日の方へと押し飛ばす。


「いたたた」

「離れてください!」

「えー、ニーナちゃん嫉妬?」

「ち、ち、ち、違うよ! ノア君にはその……そんなのまだ早いの!」


 俺にはまだ早いって何だ、子供か?


 すると、クラリスも汚物を見るような目でフレンを見る。


「早いって言い訳はどうかと思うけど……たしかになんかこの人には許したくないのはわかるわ。というか、ノアがそんな手に乗るアホとは思いたくないわね」

「んなことするわけねえだろ、情報の中身も聞いてねえのに」

「する価値ある情報だったらするんだ!」

「まあ、あればな」

「なーー!?」


 ニーナは衝撃を受けた様子でよろよろと後ろに後退し、ペタッと椅子に座り込む。


「あはははは! 面白いねえ君達は。実力も申し分ない3人なのに、どこか子供らしいところが良いわね。――対価ってのは冗談よ。ただの噂話だし。どう、こんな美人に迫られて少しドキドキした?」

「しませんよ、まったく」


 俺はピシャリと言い切る。


 そういうのはシェーラで散々慣れてるからな。


「なーんだつまらない。そんなにそっけないと逆に本気にさせたくなるわね」

「何いってんだか…………で、情報って?」

「実はね……あの皇女を救った事件。この学院の生徒って話だけど」

「だから、俺じゃな――」

「名乗り出た一年生が居たわよ」

「……!」


◇ ◇ ◇


「おいおい、あれ本当か?」

「知らねえけど、他に名乗り出てないんだろ?」

「あぁ。それに、あいつなら確かにやりかねないというか……」

「そうか? うさん臭さがすげえが……」

「いや、そうじゃなくて。魔術の実力としてはってことだよ」

「あぁ、なるほど……」


 翌朝、寝ぼけ眼で食堂に来ると、昨日大浴場から上がったところでフレンから聞かされた噂で持ち切りだった。


 昨日の朝の時点ではそんな話なんてこれっぽっちも上がっていなかったのに(レオ曰く、俺とリオ・ファダラスは話題に上がってはいたみたいだが)、これだけ広まっているのを見ると、広めたのはあのおしゃべり変態女か?


 ガヤガヤと普段の三倍は騒がしい食堂と、人だかり。奥の方には誰かを囲むように輪が出来ている。


「あ、おはようノア君」

「おう、ニーナか。……あれか?」


 ニーナは少し嫌そうな顔をして、コクリと頷く。


「ノア君を差し置いて……まったく!」


 ニーナはニーナでブレねえなあ……。


「で、誰なんだ?」

「Bクラスの男子らしいよ。名前は良く知らないけど、男爵家の人みたい」

「男爵……また貴族か」

「貴族は多いからね」


 男爵ということは、それほど位は高くないのか。

 うまく手柄を横取りできればたしかにメリットはデカそうだが……。単純にアイリス狙いの線もあるのか。


 まぁ、そこまで深く考えてようがなかろうが、嘘つきには変わりねえ。なんせ、張本人がここに居るんだからな。


 ――まあ、あの件を表ざたにするつもりはない。好きに騙ってくれればいいさ。もともと面倒ごとが嫌で黙ってたことだ。俺に害が無いならどうでもいい。


「まあいいさ。さっさと飯食おうぜ」

「う、うん……」


 俺たちはその輪から離れた席に座り朝食をとる。

 続々とクラリスやアーサーが集まってくる。


 噂好きのアーサーは、すぐさまその男の詳細を語りだす。


「Bクラスのレーデ・ヴァルドって野郎みたいだぜ」

「ヴァルド? 聞いたことないわね」

「そうか? ヴァルド家っていやあ、魔術の名家としても有名だぜ。ただまあ……」

「ただ?」

「いい噂は聞かねえな。後ろ暗い噂が多いタイプさ」


 そうぶっきら棒に話、アーサーはスープを口に運ぶ。


「でも、相当な人気みたいだぜ?」


 俺はその輪の方を指さす。


「僕何て、たまたま皇女様を救えただけさ」

「謙遜なんてそんな……」

「本当のことさ。あの時は無我夢中で……。きっと皇女様も僕の顔は見れなかっただろうね。それで音沙汰もないって訳さ。制服を着ていたせいでどうやらこの学院ということはバレちゃったみたいだけどね」

「じゃ、じゃあバレなかったら黙ってるつもりだったのか!?」

「当たり前だろ。当然のことをしただけさ。一体どこから漏れたのか……」

「でもすごいわ! さすがレーデね! 魔術も凄いし、貴方ならいつか何かすると思ってたわよ!」

「俺もだぜ! つーか、あの氷雪姫レヴェルタリアを救ったってのに黙ってるなんて、カッコつけすぎだろ!」


 そう言って、男はその輪の中にいる男の背中をバンと叩く。


「まあまあ、あんまり慌てないでよ。きっと皇女様だってあんまり公にしたくないはずさ。騒がしくするのもほどほどにね」


 なんとまあ反吐の出るセリフだ。自分がやってないのによく出てくるな。

 逆に出てきやすいのかもしれねえが。


「知ってるか? 今度の歓迎祭、皇女様が来るって噂」

「え!? まさか……レーデに会いに……?」

「顔を見てないなら、探しにくるのかも」

「こりゃすげえ……!」


 大盛り上がりの食堂。そしてその真ん中でご満悦にほくそ笑む、青い髪をした男レーデ・ヴェルド。


 俺とアイリスが顔見知りだと知ったらどうなるかなあ……ま、俺には関係ねえや。

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