第103話 竜殺し

 "黒い霧"――。


 ヴェールの森周辺に伝わる伝承。

 正体は不明。魔物であると言われているが、討伐記録はなし。

 具体的な目撃情報もなく、話のみが伝わっている。


 そのため一般的には創作とされてきたようだ。


 そんな何の役にも立たない説明の横に添えられているイラストには、ただ黒いだけの靄が描かれている。


「なんだよこれ情報0じゃねえか」


 俺は持っていた分厚い本を閉じ、本棚へと戻す。


 王立図書館、魔物・伝承エリア。


 俺は"黒い霧"について何か情報がないかと書物を漁っていた。

 どんな魔物でも油断していればやられるのはこちらの方。それは俺が一番良くわかっている。最低限なんらかの情報が得られればいいなとは思っていたが、ここまでとは。


 どの本にも、ただの伝承であり見た者は居ないという記述があるのみで、有益な情報は何一つとしてなかった。


 結局、直接対峙してみないと分からないと言う事か。


 実際にヴェールの森では既に生態調査を行っていた冒険者に被害が出ている。それに恐らく立ち入り禁止が実施されるまでの間に森へ入った近隣の住民たち。


 その正体が本当に伝承の"黒い霧"で、あの辺りを死の土地に変えてしまうようなSS級の災厄なのか。今は全てが聞いた話で確信が持てない。


 だが、正体が何であれ被害が出ていることには変わりはない。

 S級をこれだけ揃えての討伐だ。かなりの危険度があると上は考えてるんだろう。


「仕方ない。もう少し古い本でも――」


 と俺が他の本へと手を伸ばした瞬間。

 視界の端に、金髪の髪が写り込む。


 俺は咄嗟に身を屈め、近くの物陰へと隠れる。


 今のは……。


「ここかしら……」


 と、可愛らしい声を上げて本棚を見上げる少女。


 ミディアムの金髪に、見た事のない少しフリフリとした私服。

 気の強そうな目元。


 あれは――――クラリスだ。


 どうやらクラリスも考えることは一緒のようで、"奴"について調べに来ているらしい。


 意外とちゃんと冒険者をやっているんだな。

 まあ仮にもあの若さでA級になれる実力者だしな。


 さすがに仮面を被ってないときに会うのはマズイ。

 もし俺がここに居ればヴァンだとバレてしまう。"黒い霧"を調べに来ているなんて自ら白状するようなもんだ。


 恐らくクラリスにもヴァンが参加するという通知はいってるだろうし。


 ……ん、待てよ?

 てことは、クラリスの参加理由って……ヴァンか?


 もしかして、ヴァンが居るから一緒に戦いたくて参加したのか?


 それなら納得がいく。

 どこからかヴァンの参加を聞きつけて、このチャンスを逃すまいと立候補した。


 クラリスは筋金入りのヴァンのファンだ、辻褄は合う。


 ローマンの奴が何か仕組んだのかと思ったが……。


 いや、でもあの男のことだ。それも何らかの理由でクラリスを引っ張り出すための策略だったのかもしれない。


 もし理由があるとすれば、俺をこの任務に参加させるためだろう。

 そのために何らかの方法を用いてヴァンが参加するとクラリスに流し、自分から立候補させたわけだ。そうすれば俺が釣られると信じて。


 やっぱうぜえ、あの男。


 俺は音を立てないようにそっとその場を離れる。

 今はクラリスに会う訳にはいかない。


 どうせこの後最初に会った時みたいに詰め寄ってくるんだろうしな。


 さて時間ももう少しだ。ここを出て他で時間を潰すか。


◇ ◇ ◇


「久しいなあ、"雷帝"!」


 指定された建物の真下で、ハツラツとした声で俺に話しかけるのは大剣を背に背負った、片目が黒髪で隠れた男。


「冒険者本部以来だな。お前さん、休業してたんじゃなかったか?」

「あんたは?」

「はぁ!? おいおい、勘弁してくれよ。冗談だよな?」


 んー……誰だっけ。


「ったく、随分と生意気な後輩だっての。"竜殺し"のキース。忘れたのか?」


 竜殺し……あぁ、そう言えば俺が休業する時に本部にいた男か。


「あぁ、悪い。思い出した」

「はっ、相変わらずなこった。まあいいさ、休業したと思ってたお前さんと一緒に戦えるんだ、楽しみでしょうがねえ」

「あんたもローマンに?」

「まあな。たまに依頼がくんだよ。俺が竜殺しなんて言われんのもあのおっさんにドラゴン関連の依頼ばっか回されるからでよ。まあいいんだけどな」


 と、キースはまんざらでもない表情でそう語る。

 竜殺し。そう言うからにはドラゴン関連には自信があるんだろう。


「そういやあ、先にSS級に上がるのは俺だ、何て言ってた気がするが、まだS級なんだな」

「お、おま! そんなこと言うんじゃねえ! SSになるにはそりゃ厳しい審査があんだよ!」

「悪い悪い。そうだよな。まあよろしく頼む」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る