第46話 格の違い

「大言壮語もいいところだな。その制服、レグラスの学生か。しかもその世間知らず感は入学したての一年生と言ったところか。……悪いことは言わない、止めておけ。ガキが気まぐれで敵う相手じゃないぞ」

「あれ、目撃者は生きて帰さないんじゃなかったっけ? えらく弱腰だな。俺と戦うのが怖いのか?」

「…………」


 男はそれまで冷静だった表情を僅かに歪ませる。

 俺の方を向き、手に持った短剣をクルクルと回し、逆手で構え直す。


「……最近のガキは調子に乗っていて好きになれんな。その癇に障る性格が仇となったな。元から貴様を帰す気などない。問いかけたのは俺の流儀の問題だ。俺は――」


 と何やら話し始めたそうな男の話を、俺は手をひらひらと振り止める。


「あぁ、いいって。あんたには興味ないね。弱い者いじめする人間の流儀なんざ聞くに値しないっての」

「余程早く死にたいようだな……」


 静かな怒りが、男から溢れ出る。


「そろそろ理解させてやる。こんな女を助けたいがために死ぬ、お前の人生の無駄さをな。――俺は"赤の翼"、No.3疾風のイディオラ」


 そう言い、イディオラは短剣を構え、腰を低く落とす。


 赤い翼? なんだそれ。組織名か?


「赤い翼……聞いたことないな」

「この国の人間に知る必要はない。もっとも、ここで死ぬんだから関係のない話だがな」

「そうっすか、じゃあお前を倒して聞くとするか」

「えらい自信だな。世界の広さを知らないか――……ならば、さっさと悔いて死ね!!」


 その言葉と共に、イディオラは一気に地面を蹴る。


 その風圧に、辺りの砂埃が一気に舞い上がる。


「き、気を付けて!!」

 

 この動き、魔術師じゃないな。純粋な短剣使い。

 殺気ダダ漏れで迷いがない。殺しに慣れてるな。


 それにしても、疾風ねえ……その二つ名にしては遅すぎる。これならまだニーナのところの爺さんの方がスピードが上だったぜ。


 俺は魔術で身体を加速させる。

 バチバチと稲妻が走り、一瞬にしてイディオラと入れ違うように交差する。


「なッ!?」


 俺と交差したことにすら気づかないイディオラは、俺を見失い急ブレーキをかける。


「弱えな」

「貴様ッ――」

「"スパーク"」


 放たれる電撃。

 脳天からもろにそれを浴びたイディオラは、身体を硬直させ、その場に佇む。


 雷鳴、電撃、硬直――。

 まさに瞬殺。


 電撃が地面に流れ、バチバチと波打つ。


「ガ……ハッ……冗談……だろ……ッ」

「冗談なわけあるかよ。最強だって言ったろ。世界の広さを知らないのはどっちだったかな」


 イディオラはふっと意識を失い白目をむくと、膝から崩れ落ちる。手に持った短剣が地面に落ちる。


 呆気ない決着に、後ろの少女達も唖然と俺を見ている。


 俺は両手をパンパンと払う。


「ふう……。口で言う以上に弱いな。これでNo.3とかその組織どうなってんだよ」

「お、終わったの……?」


 ぼろいフードを被った少女は、少しおどおどとした様子で俺に声を掛ける。


「あぁ、終わったぜ。依頼達成だな」


 俺は地面に捨て置かれた破れたぬいぐるみを拾い上げると、パンパンと埃を払い少女に返す。


 少女はそのぬいぐるみをぎゅっと強く握りしめると、パッと顔を上げる。


「あ、ありがとう……!! ――本当に……ありがとう……!」


 少女は、今にも泣きだしそうな顔で俺を見つめる。

 ほっとしたようで、少女の目には涙が溜まっている。


「気にすんなよ。で、そっちの人は?」


 隣で地面に座り込んでいる二十代くらいの女性は、よろよろと立ち上がると深々と俺にお辞儀をする。


「あ、ありがとうございます、何とお礼を言っていいか……。あなたのおかげでアイリス様を失わずに済みました……本当に……本当にありがとうございます」

「いや、たまたま通りかかっただけだし気にする必要ねえけどよ。俺も予定空いて暇してたし――――ん、アイリス……?」


 どっかで聞いた名前だな……何だっけ。

 確かアーサーが言っていたような……。


「エル……」

「あっ……!」


 女性はしまったといった顔で申し訳なさそうに少女を見る。


「アイリス……もしかして――」


 俺は二人の顔をじっと見る。


「……そうね。助けて貰ったのに正体を隠しているというのも失礼よね」

「いいのですか?」

「もうバレちゃってるじゃない、エルのせいで」


 少女はぷくっと頬を膨らませる。


「すいません……」


 少女はため息交じりにフードを外す。


 サラサラと透き通るような淡い青色をした髪。透き通るような肌。

 少し伏し目がちに、オドオドした様子で俺の方をチラと見る。


「――氷雪姫レヴェルタリア…………カーディス帝国の皇女か」

「その通りよ」

「ふーん、なるほどねえ……それでこいつらが……」


 何でこんな街中に皇女様が二人で居るのかってのはまあおいといて、明らかに計画的に狙われてたよなあ。"赤い翼"……カーディス帝国の組織か。


「お礼は……なんでも言ってください」


 アイリスは、何やら何かを覚悟したような表情でぎゅっと拳を握る。


「いや、だからいいって。暇だっただけだし」

「そう、私を嫁にしたいと…………でも私は皇女という立場があって……」

「いや、ちょっと待て、話を聞け。別にいいって」

「そうよね、やっぱり男の人はみんな――――――へ? い、いいってどういう……」


 アイリスは唖然とした顔で俺を見つめる。


「だからそのままの意味だって。つーかなんで嫁に貰う前提なんだよ……。何で俺が嫁を貰わなきゃいけねえんだ」

「だ、だって私よ!? 氷雪姫レヴェルタリアよ!? その私がお礼なんでもするっていったら、普通私を求めるでしょ!?」

「なんでだよ……皇女様ってバカ?」

「バ――」


 アイリスは唖然とした表情でフラフラと体をよろめかす。カーっと顔を赤くし、両手で顔を覆う。


「おい、大丈夫かよ」

「ア、アイリス様になんてことを……! 恩人といえども無礼は――」

「い、いいのよエル! いいの」

「アイリス様……」


 しかし、顔を上げたアイリスの顔はどこか嬉しそうだった。

 

「んで、どうすんだお前ら。今なんかうちの王様とやってんだろ? 抜け出してきたのか?」


 アイリスはコクリと頷く。


「どうりであんたらの国の騎士がうろついてた訳だ」

「やっぱり……」

「正直とりあえず捜索するかって雰囲気でやる気は感じられなかったけどな」

「とりあえず……。やっぱり私には命がけで守る価値何てないんだわ」


 アイリスは自嘲気味にそう言って笑う。


 価値がない……何か事情がありそうだな。ま、そこは俺には関係ねえ。


「ふーん、そっちの国にもいろいろあんのね」

「まあね。……わかってたことだわ。さてどうしましょう。このまま城に帰ってもいいけど、大目玉は間違いないわね」

「いいのか?」

「何がよ」

「さっきの奴ら、この国にアイリスが居る限りきっと狙ってくるぜ?」

「"赤い翼"……国家転覆を目論むレジスタンス組織です。恐らくアイリス様を拘束し、何か条件を帝国に突き付けるつもりだったのでしょう」

「ふーん……。とりあえずこいつら拘束するか?」

「そうですね」

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