第120話 二手
「隻眼の魔女……心当たりはありませんね」
「ああ。だが……」
なんとなく、その言葉の雰囲気からあの女を思い出す。
歓迎祭に来ていたあの聖天信仰の代行者筆頭魔術師、ヴィエラ・エバンス。
彼女も見方を変えれば魔女と呼べるだろう。
それに、口ぶり的に奴はシェーラと知り合いのようだった。
師匠——あの人も、大概謎の多い人だからな。
今回の魔女もその類だろうか?
「ヴァン」
アリスがぽんぽんと俺の肩をたたく。
「――っと悪い、ぼーっとしてた。狼煙だな」
屋敷の正面側から、もくもくと煙が上がる。
正面玄関の方に張り込んでいたクラリスからの合図だ。
どうやら隻眼の魔女は正面から堂々と出てきたらしい。
「魔女を追うクラリスたちを、俺たちが追う。予定通り前後での二重尾行だ」
アリスはうなずく。
「走りましょう。でないと、そもそも二人を見失いかねないです」
「いや、俺に任せておけ」
「?」
俺はアリスの前にかがむと、背中を差し出す。
「……これは何の真似でしょう」
アリスが困惑しているのが伝わるが、そうも言っていられない。
「俺の魔術で速攻追いつく」
「…………なるほど、クラリスの気持ちが少しわかりました。私、後でクラリスに怒られそうですね」
「ん? よくわからないが、早くしてくれ」
アリスは短くため息をつき、無言のまま俺の背中に乗る。
小柄なアリスの体重は、乗ってもさほど感じない。これなら速度もそんなに落ちないだろう。
「少しピリッとするけど、害はないから我慢してくれ」
「信頼しているわ」
「じゃあ行くぞ――”フラッシュ”」
瞬間、バチバチと全身に雷のエネルギーが充電されていく。
そして、一気に解放する。
地面を思い切り踏切、跳躍。
一気に体は屋敷の屋根の上へと到達する。
「すごい……いい景色」
「特等席だ、夜景でも眺めてな」
そのまま体勢を前に倒し、グッと足に力をれる。
屋敷の正面へと一気に駆け抜けていく。
目にもとまらぬ速さ。
背中のアリスは、髪を必死で押さえながら目をぎゅっとつむっている。
「それじゃあ景色見れないぞ」
「速すぎるの!!」
屋根を一気に伝い、あっという間に屋敷の正面へと辿り着く。
そうして、正面の歓楽街の通りから伸びる路地に飛び込むと、静かに着地する。
「うぅ……ちょっと、頭が……」
俺はアリスをおろし、そっと通りを見る。
「ちょうどいいな。少し前にクラリスたちがいる」
「そうみたい……ですね……」
「どうした? なんか疲れているか?」
「お気になさらず……」
さて、と改めて通りを見る。
クラリスとファルバートはうまく後をつけられているようだ。
「俺たちも追おう」
しばらく歓楽街を歩き、気が付けば通りから出る。
明るかった周りも、一気に暗闇が増え始める。
「どこへ行く気だろうな」
「どうでしょう……」
本当に奴が黒い霧に関連しているのなら、極秘の研究施設がどこかにあるはずだ。
あの森を監視できるような場所に。森の中……なんてパターンはあまり考えたくないが、なくはない。
「彼女は今朝都市外に出ていたといいます。であれば、また同じところに行く可能性もありそうですね」
「なくはないな」
少しして、魔女は建物に入ると何かやり取りを始める。
そして少しして魔女が出てきたとき、傍らには馬車が用意されていた。
その時、一瞬だけこちらを見たような気がして、次の瞬間。
魔女から膨大な魔力を検知する。
「なんですかこれ……街中で何をする気!?」
「いや、これは……!」
魔法陣が彼女を覆い、そして次の瞬間。
「二人……!?」
なんと、目の前で隻眼の魔女が二人に分身したのだ。
そして、一人は馬車に乗り込み、もう一人は路地へと入っていく。
「まずい、逃げられる!」
「ヴァン?!」
俺はすぐさま走り出す。
「俺が馬車を追う! お前はクラリスたちと合流して路地を追え!」
”フラッシュ”を発動し、俺は一気に駆け抜ける。
「雷帝!?」
「ヴァン様!?」
クラリスとファルバートの二人を追い抜き、壁を駆け抜けて屋上へ。
そして、狙いを定め、馬車の上へと飛び乗る。
馬車はそのまま門を抜け、都市を抜けた。
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