第119話 追跡
「……動きがないですね」
クラリスは路地から少しだけ顔をだし、通りの様子を確認する。
歓楽街とはいえ、ここまで奥の方だと客もはいってこないため、人通りはまばらだ。
道ゆく人々は酒に酔っていたり、女を侍らせていたり、豪勢な格好をしていたりと千差万別だが、それでもこの豪邸に近づこうとするものはいなかった。
クラリスは視線を屋敷から逸らし、少し奥の屋敷の裏側を見やると、短くため息を漏らす。
「……くっく、あっちの方が良かったか?」
クラリスの後方で木箱に座り、自身のナイフを調整していたファルバートが短く笑う。その笑いには揶揄うような色が見え隠れしている。
「えっ! あ、いやその……ごめんなさい、集中するわ」
ファルバートはまた笑う。
「今からでもあっちの小僧の方に行ってきてもいいんだぜ、そんなに気になるならよ」
にやにやしながら言うファルバートに、クラリスはイラっとした表情を出す。いい加減しつこいわよ、というやつだ。
ファルバートは軽く肩を竦める。
「気が強い女だ、でなきゃ冒険者なんてやってられねえわな」
「そうよ、私はより重要な目的があるからここであなたと仲良く居るだけであって、本来はあなたなんてすぐにでも捕縛する対象なんだから」
「おー怖い。だが妙だな。聞けばお前はA級だろ? 仮に黒い霧を追ってるのが本当だとして、お前が選ばれる理由なんてないはずだ」
クラリスはびくりと肩を揺らす。
「そ、それはもちろん私の実績が買われたのよ!」
クラリスは虚勢を張るように胸を張る。
だが、ファルバートはじとーっと薄い目で見る。
「どうだか……。ヴァン……”雷帝”か。確かに、聞いたことがあるぜ。奴の名前は嫌ってほどな」
「そうでしょ! ヴァン様は最強なんだから、なめた口きくんじゃないわよ」
「うるせえ女だなまったく。……だが、そういう噂を聞くことは多かったな。奴が精力的に活動していたときは名前を聞かない日はなかった。人殺しのような依頼は受けてなかったようだが、それでも俺たちには脅威だったぜ。なんせ奴が依頼を受ければ確実に状況が動く。奴の動きを理解してないと、先手を打てねえんだ。不確定要素のない……どんな依頼でも確実にこなしてくる完全無欠の冒険者ってのも考え物だぜ」
ファルバートはおえっと嫌な仕草を見せる。
「そりゃそうでしょう! あの人は最年少でS急になった天才なんだから!」
ファルバートは突っ込むをあきらめ、やれやれと肩をすくめる。
「奴は休止したって聞いてたんだがな……危機に併せて復活したってわけか。頼むから今後も継続して活動するなんて言わないでほしいもんだ」
「ヴァン様は学え――……いろいろ忙しいのよ、残念だけどね」
するとファルバートは目を細める。
「ふーん……なるほど、少しわかったぜ。お前の存在理由が」
「え?」
「……目的のためなら嫌われるのも厭わないと。あんたらの親玉は相当人を使うのに慣れてるな、根っからのリーダーと言うわけか」
「それはどういう……」
瞬間、ファルバートの顔が真剣味を帯びる。
「しっ……出てきた」
「!」
クラリスは頭を下げ、屋敷の方を見る。
「一人で出てきやがった、能天気かあの魔女!」
それは、明らかに異質。他の人と雰囲気が違った。
すらっとした体に、地面をこするように長いスカートのすそ。赤いドレスのようなコートまとった金髪の女性だった。
(この場にアーサーがいなくてよかったわね……)
「おい、狼煙で雷帝たちを呼べ。後をつけるぞ」
クラリスはうなずく。
片手をあげ、魔術を発動する。炎が上がり、一気に燃え尽きる。すると、黙々と煙が舞い上がる。
「予定通り前後で挟んで追跡する。俺たちが先行するぞ、ばれるなよガキンチョ」
「私も大人ですけど」
「あの魔女に比べれば子供じゃねえか。……いくぞ、鬼ごっこの始まりだ。俺の家族を酷い目に合わせたツケを払わせてやるよ、魔女……!」
ファルバートは邪悪な笑みを浮かべ、目をガラリと輝かせる。
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