第135話 VS黒き竜①

「うおっと……! なんだ、風が……嵐でもくるのか?」


 オーキッドの酒場の店主は、店の中から外の様子を伺う。

 まだ人で賑わうオーキッドの通りは、夜だが人だかりが出来ている。


 少し湿った風が、オーキッドを吹き飛ばす勢いで南から吹き荒れ、ガタガタと看板や仕切りが揺れる。


「んなこたあいいからよ、あのメイドさんたちはどこに行ったんだよ!! また会いてえよちくしょう!!」


 酔っぱらいは酒をあおり、ぶつぶつと文句を垂れる。


「おいおい、だからあれは期間限定だったって言ってるだろまったく……」


 あの冒険者たちが体験入店したおかげで人が増えたが、こうして文句を言う輩が後を絶たなかった。


「けっ! 俺たちみたいな冒険者はな、酒と女がいねえとやっていけねえんだよ!」

「たく、酔うとすぐネガティブになりやがって……外で吐いてくれよ」

「冷てえなあ!」


 酔っぱらった男は険しい顔をしながら、ふらふらと立ち上がると外へと歩いていく。

 その足取りをはおぼつかないが、いつものことだ。


 すると、急に男が入口の前で立ち止まる。


「? どうした」

「いや……なんだあれ……?」


 酒場の店主は何事かと外に出る。


「どうしたってんだ」

「んん……まだ酔ってるのか? なんだか森が動いたような……」

「あぁ? バカなこと言ってんじゃねえよ。ヴェールの森がどうしたって?」


 と、その時。

 その場にいた全員がを目撃した。


 南側の森付近に、普段は見かけないような大きな影。

 それは、雲や木々などではなく、まるで異質な真っ黒な何かだった。


 夜の闇に紛れ、森から何かが広がるような、そんな不安を煽る影だった。


「な、なんだよあれ……!?」

「お、俺だけじゃねえんだよな、見えてるの!?」


 周りの人々もその陰にざわつきだす。

 この辺りの人間なら誰もが知っている昔話、伝承。


 誰かが小さく呟く。


「”黒き霧”……」


『グオアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』


 突然の咆哮。

 森までかなりの距離があるはずなのに、その声は地鳴りのように低く響く。


 身体の芯を揺らすような、根源的な恐怖を呼び覚ます声。


 その声を聴いて、オーキッドはパニック状態となった。


◇ ◇ ◇


 舞い上がった”黒き霧”は、一瞬羽を大きく広げる。そして、今までのうっ憤を晴らすように大きな咆哮を上げる。


「せ、成体……! そんな……!」


 クラリスは耳を抑えながら、空に舞い上がったそれに恐怖の視線を向ける。


 明らかに今まで遭遇してきた魔物とは存在のスケールが違った。

 その魔力量、魔力の質、威圧感。どれをとっても最強の魔物だった。


 飛び立とうした”黒き霧”は、羽を開きそのまま飛び立とうとするが、まだ不完全なのか飛び立つことはなくそのまま地面へと戻り激しい地鳴りを起こす。


「まだ完全体になったわけじゃねえ……これならなんとかなるか……!」


 もし羽まで完全に形成されていたら、俺たちなど無視して飛び立ち、この辺り一帯を焼け野原にしたかもしれない。そこは不幸中の幸いか。


 魔神の降臨は避けられたが、本来は相手にする必要のなかった災厄が目覚めてしまった。


 良く見ると、その身体はところどころに不完全さが残っていた。

 目は片方で、足はわずかに引きずっている。外殻は完全に入れ替わっているが、口周りがまだ形成途中といった様子だ。


 大量の魔力を吸収して、一気に成体となったが、あの魔女の魔力では完全な状態とまではいかなかったということか。


 だが、こいつは魔力を吸収する。放っておけば、すぐにでも周囲の魔力をかき集め、あっという間に完全体となるだろう。


 それまでに、こいつを仕留めなくてはならない。

 時間との勝負だ。


 さすがにこいつを相手にするのはクラリスやファルバートでは荷が重すぎるか。


「クラリス、他の奴を連れて少し離れてろ!」

「で、でも――」

「いいからいけ!」


 俺の必死の形相を見て、クラリスは事の重大さを理解する。


「死なないでよ……聞きたいことが山ほどあるんだから!」

「当然……! 最強だからな、俺は」

「信じてるわよ、ヴァン様――ううん、ノア……!」


 クラリスはそう言い残し、急いでアリスやファルバートの元へと向かっていく。


 目の前では、今やさっきまでの二倍ほどに大きくなった”黒き霧”――”黒き竜”が、その巨大な体躯の動きを確かめるように体を揺らしていた。


 まずはこいつの動きと状態を把握する!

 必ずどこかに突破口があるはずだ。


「”スパーク”!」


 開幕を告げる雷撃。

 紫電は地を這い、”黒き竜”の顔面を薙ぎ払うようにヒットする。


 しかし、その身体はピクリとも反応しない。


「硬えなあ、おい……!」


 まずはスパークを軸に、様々な角度から攻撃を試す!

 一番効率的にダメージを与えられる場所を見つける……!


 燃費の良いスパークを、フラッシュでの移動を駆使しながら繰り出していく。


 弾けて赤い火花が散る。

 月光に照らされ、漆黒の外殻の上を弾ける火花は、どこか幻想的だった。


 さっきまでは一定の場所に打ち込み続ければ、わずかでも傷が入り、ヒビが走っていた。しかし、成体となった”黒き竜”の体は、全くと言っていいほど俺の攻撃を寄せ付けなかった。


 幼体の時点であれだけの強度を誇る外殻を持っていたんだ、防御力特化だとは思っていたが……ここまでとは……!


「グラアアアアア!!」

「!」


 大きく羽ばたかせた翼により、ものすごい風圧が発生する。

 思わず足を止めたところへ、”黒き竜”はしっぽを思い切り叩きつける。


「フラッシュ! ……――!?」


 それを読んでいたかのように、退避した先へ”黒き竜”のブレスが襲い掛かる。


 くそ、技の出が何倍も速くなってやがる……! これでまだ完全じゃないってのか、やばすぎだろ!


 避け切れない……正面から迎え撃つしかねえ!


「”黒雷”……!!」


 俺の黒い稲妻は、”黒き竜”のブレスを真正面から飲み込む。


 よし、火力自体はまだ俺の方が上だ……! 


 そして、黒雷はそのまま”黒き竜”の右前脚を貫く。

 ――かと思われたが、その攻撃は強固な外殻の前に弾けて、霧散していく。


「まじで防御力えぐいな……!」


 どうする……!?

 外からの攻撃じゃ、俺の魔術でダメージを与えるのは難しそうだ。


 考えろ、何か策は……!


「グオアアアアアアア!」


 まるで威嚇をするかのように、”黒き竜”はその口を大きく開けて吠える。


 その時、大きく開いた口の中を見てハッとする。


「……どんな魔物だろうと体内まで強化できないはず……。だったら、俺の最大火力をこいつの口の中に……!!」


 俺の最大火力を誇る魔術である”火雷レッドスプライト”を……!


 だが、問題はある。

 ”火雷レッドスプライト”は膨大な魔力を使うから、最低でも2分は集中して魔力を練る必要がある。その間動けないから、何とかして時間を作らないといけないということだ。


「グラアアア!」

「くっ!」


 振り下ろされる腕を避け、嚙みつかれそうになるところを咄嗟に避ける。

 それを追うように、尻尾での追撃、ブレス、嚙みつきが次々と繰り出される。


 この攻撃頻度……!!

 明らかに攻撃性が増している。成体になったことでエネルギー消費が増えたのか、魔力に飢えてやがる……!


 この攻撃を避けながら魔術を完成させるのはほぼ不可能!

 どうする、一旦ここを離脱するか? いやだめだ、そうすればこいつはすぐにこの場を離れて街を襲いだす。俺がここを離れるわけにはいかない!


 それとも”黒雷”で一か八かいくか? ……それもだめだ、体内といえど恐らく”黒き竜”ならそれなりの硬度を誇るだろう。”黒雷”で失敗すれば、二度目を警戒される恐れがある。


 やるなら一回だけ、そして確実に仕留める。そのためには”火雷レッドスプライト”は必須だ。


 くそ、どうする……!

 迷っている時間はないぞ……! 時間が経って有利になるのは向こうの方だ。


 依然、”黒き竜”は臨戦態勢で、今にも次のブレスを吐こうと空気を取り込んでいる。


「戦いながら考えるしか――」


「どらあああああああああああ!!!!」

「!?」


 瞬間、”黒き竜”の下あごが吹き飛ばされる。

 そして、そのまま”黒き竜”は左の方へと吹き飛んでいく。


 それは、見事な体躯から繰り出される斧の一振りだった。


「待たせたな、雷帝……!」


 巨大な斧を振り回し、その高身長の女性はこちらを振り返る。

 ぼさっとした髪に、肌色の多い露出の高い服。


 しかし、その肉体はしなやかな筋肉で形作られている。

 この圧倒的なパワーは、SS級冒険者――


「ライラ……シーリンス!」

「少しは私にも活躍させてもらうぞ……あの時の借りは必ず返す、”黒き竜”!!」


 千載一遇の好機……!!

 ”大斧”がいるということは――


「もちろん、僕もいるさ。君だけには戦わせないよ、ヴァン」

「ローマン……! 最高のタイミングでくるじゃねえか……!」

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