第4話 VS老剣士
俺は屋根を猛スピードで伝いながら、辺りを見回す。
どこか都合のいい場所は……。
「ど、どこに向かってるの!? ハル爺から逃げ切るのは本当に難しいわよ!?」
俺の腕に抱かれながら、少女は風の音に負けじと声を張り上げる。
「逃げ切る気はねえ」
「えぇ!?」
「ここで逃げ切っても試験場に張り込まれたら詰みだろ。ちょっと考えればわかる」
「た、確かに……。ハル爺を撒くことばかり考えてたわ……」
大丈夫かこの子……。結構天然か?
「じゃ、じゃあどうする気?」
「そりゃ勿論このまま路地――――」
瞬間、俺が踏み込もうとした厩舎の屋根がバラバラに砕け散り、俺はバランスを崩して地面に落ちそうになる。
「きゃああ!」
踏み外し、身体が宙で一回転する。
世界が逆さまになる。
俺は少女をがっちりと掴んだまま、咄嗟に"フラッシュ"を発動し、壁を蹴り上げ向かい側の屋根に飛び移る。
「っと、容赦ねえな。弁償だぞこれ」
「び、びっくりした……」
厩舎の下では、剣を抜いた爺さんが俺を見上げていた。
「お嬢様を連れ帰るのが第一でな。そういう些事には構っていられん」
「些事ね……おーこわ」
「ややや、やっぱ無理よ! ハル爺からは逃げ切れない……! あんな剣技、常人じゃ避けられないよ……!」
「いやいや、まだ一発も貰ってないから」
が、少女は俺の言葉を聞こうとせず腕から降りようとする。
「このままだとあなたまで傷付いちゃうかも……やっぱり私自分で何とかするわ……」
「諦めんのか? 多分自分じゃ無理だから俺に頼ったんだろ?」
「そうだけど……。――だって……人に迷惑かけてまで自分の都合を通そうとは思えないもん……。頼っておいて都合がいいかもしれないけど、ハル爺、思ったより本気みたいだし……」
「安心しろって」
「無理よ、見たでしょ!? ハル爺は本当に強いんだから!」
「大丈夫、俺、最強だから」
「はあ!?」
俺は問答無用で少女をがっしりと担ぎなおすと、辺りに目線を飛ばす。
ここから近くて、人通りが少ない場所――――あった。
「行くぞ、女――っと、名前は?」
「ニ、ニーナ……」
「行くぞニーナ。依頼はまだ終わってない。お前には絶対に試験を受けて貰う」
「わかった……私あなたに賭けてみる……!」
「そうこなくっちゃな」
俺はそのまま一気に駆け出す。
「む! まだ逃げるか……甘いわ小僧!」
爺さんも屋根に乗り上がり、駆け出す。
よしよし、付いてきてるな。
さて、あそこの路地まで上手く誘導するとしよう。
◇ ◇ ◇
「逃げるのは終わりですかな?」
王都の裏路地。入り組んでいて、左右の大きな建物が陽の光を遮り、薄暗い。ここで叫んだとしても、声は表通りには届かないだろう。
俺は抱えたニーナを下ろすと、俺の後ろに回す。
「逃げるのは終わりだ。正直俺はあんたに何の恨みもない」
「でしたら、お嬢様を返してもらってもよろしいかな?」
俺は頭を振る。
「それは出来ない。ニーナに試験を受けさせる。そういう依頼だからな」
すると、爺さんの眼光が鋭くなる。
深く刻まれた皺や傷が、長年戦場に身を置いてきたことを物語っている。決して弱い訳じゃない。むしろ、かなり上位の部類だ。
「お嬢様を呼び捨てとは……これだから魔術師という輩は……」
「魔術師は関係ないと思うが」
「――もうよい。わざわざこんな路地に逃げ込んだということは……私と戦うのが目的であろう? はっ、笑わせる。その過信、一瞬で粉々に砕いてくれる」
「え!? そうなの!?」
すっかり俺の目的を言いそびれ、聞いていなかったニーナはここにきて驚きの声を上げる。
「あぁ。悪いが爺さんには試験が終わるまで眠っててもらう。この路地でな」
俺はスッと身体の体制を戦闘へと移行する。
身体に魔力が溢れてくるのが分かる。
対する爺さんも、腰に携えたもう一本のサーベルを抜き、二刀を構える。
「ふぅぅぅぅぅ……」
気迫が伝わってくる。有名な冒険者だったってのはその通りらしい。だが――。
「行くぞ! 小僧!!」
爺さんは一気に詰めよってくる。
酒場で見せた高速の動き。
地面を一気に蹴り上げ、高速で左右に移動する。目にも止まらぬ速さ……それを目で追い、動きを視界に捉え続ける。壁を走り、反対側の壁へ飛び移り、地面すれすれをサーベルで斬り刻みながら高速移動する。
速いな……魔術なしでこれか。確かに世界は広いな。だが……。
「おいおい、魔術師に正面突破は愚策だろ」
次の瞬間、一瞬視界から消えた爺さんが俺の真横を通り抜け、後方で飛び上がると、空中で身体を横に回転させ、その勢いで斬りかかる。
まさに回転斬り。遠心力を攻撃に転換した攻防一体の攻撃。
――だが、俺には見えている。
俺は瞬時に反応し、すぐさま後ろを振り返る。
「何っ!?」
俺は爺さんの攻撃に合わせ、手を前にかざす。
魔力が一気に溜まり、眼前に浮かぶ魔法陣が、激しく弾ける。
「しばらく眠っていろ――――"スパーク"」
刹那、俺の眼前に広がった魔法陣から、紫の閃光が一直線に爺さんに向けて放たれる。
「単純な攻撃魔術!? そんなのじゃハル爺は!」
「甘い! 若いな……そのような単純で直線的な魔術攻撃……こんなものを受け流すのは造作も――――」
しかし、その電撃は、爺さんの受け流そうとかざした剣をそのまま押し返す。
「ぬおっ……こ……れは……ッ!! グハァァッ!!」
爺さんは俺の紫電をもろにくらい、後方へと一気に吹っ飛んでいく。
路地に積み上げられた木箱に豪快な音を立てて突っ込むと、爺さんは身体からプスプスと煙を上げ、ガクッと気を失う。
「寝てな、爺さん。ニーナは試験場に連れてくぜ」
「ハ、ハル爺!?」
倒れこむ爺さんに、ニーナが駆け寄る。
「安心しろって、死なない程度に威力は抑えてるから。ま、しばらくは目覚めても痺れて起き上がれないだろうぜ。これなら試験終了まで時間は稼げる」
「ほ、本当に死んでない……?」
「安心しろって」
「……ほんとだ、息はある。……ありがとう」
そう言ってニーナは立ち上がる。
「ハル爺を安全なところに寝かせておきたいから……ちょっと宿探してもいい?」
「好きにしな。ここで寝かせてたら追剥にでも会いそうだしな」
少し歩き、俺とニーナは近くに宿屋を見つけると、部屋を一つ借り、爺さんをベッドに寝かせる。執事といい、お嬢様という呼び方といい……それに宿を簡単に借りれる財力。やっぱりかなりのいいとこの嬢ちゃんだよなあ。
「――ふぅ。ありがとう。えーっと……名前は……」
「ノアだ。ノア・アクライト」
「ありがとう、ノア君。助かったわ」
「気にすんな。暇つぶしになった」
対人戦……確かに興味深いな。
ただの剣士だったが……それでも常軌を逸している。モンスターと違い、思考を持ち技を使ってくる。これがシェーラが言っていたことか。
「でもいいのかよ、仮に試験に合格したとして、今度は通えるように説得しなきゃいけないんだぜ? 試験を受けるために強引に爺さんを寝かせたのとはわけが違うぞ」
「わかってるよ……。でも、そこは大丈夫かな」
「どういうことだ?」
「うちは魔術師の家系でもあるから。お母さんは怖いだけなんだ、受験を失敗した娘がいるっていう評判が広まるのが。だから、試験さえ受けられれば問題ないの」
なるほどな。貴族のメンツって訳か。バカらしい。だが、貴族がそう言うのを大事にしているというのは冒険者の頃に……特にA級になってからは良く見た。
見栄を張らなければ生きていけない生き物なのだろう。恐らく、政治的な意味も持つだろうしな。俺には分からない世界だ。
「そうか。平気ならそれでいい。じゃあそろそろ――」
「あぁあああああ!!!!」
と急にニーナが叫び声を上げる。
俺は咄嗟に両耳を抑える。
「……んだよ……うるせえな……」
「時間……」
「あぁ?」
「試験開始までもう殆どない……こっからじゃもう間に合わない……」
ニーナは膝から崩れ落ち、地面に両手を着け項垂れる。
「せっかく助けて貰ったのに……しかもノア君まで巻き込んじゃって……」
「おい、安心しろ。余裕で間に合う」
「無理だよ……学院まではここからだと王都の真反対側……試験開始までには……」
俺は項垂れてるニーナを強引に起き上がらせる。
「な、何!?」
「任せとけよ。一瞬で連れてってやるから」
「一瞬……?」
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